第二話 マジで、このおせっかいおばさん、大変なことをしてくれた
「領地に行かせてください」
翌週、私は父に直訴した。
我がエルンスト公爵家の領地は、王都から馬車で三日ほど離れた北方にある。
国境近くの山あいの土地で、冬は雪が深いが、夏は涼しく緑が豊かで、農産物が豊富に採れる。
そして何より、社交界からは遠い。
「ふむ。悪くないな。だが管理人が最近老齢でな」
「勉強になります」
「……お前、本当に行く気か」
「本当に行く気です」
父はしばし私を見つめ、それからため息をついた。
「わかった。ただし冬の前には戻ってこい」
「ありがとうございます」
こうして私の、国境近くでのスローライフが始まった。
領地の主邸は小さなものだったが、清潔で気持ちよかった。
裏庭では野菜が育っており、近くの川では魚が釣れた。
朝は鶏の声で目が覚め、昼は野菜を収穫し、夜は本を読んで眠る。
これでいい。これが最高だ。
心の傷は、土の匂いと共に少しずつ癒えていった。
ラルシェンのことも、婚約破棄のことも、夜会でのあの光景も、だんだんと遠い記憶の霞の中に溶けていく。
そんな穏やかな生活が三ヶ月ほど続いた、ある秋の午後。
「フローラちゃーん!ちょっといい?」
隣村の農婦人が、ずかずかと庭に入ってきた。
この方は五十代のふくよかな女性で、善意というものを人間に凝縮したような性格をしている。
要するに、すさまじいおせっかいおばさんである。
「なんですか?」
「いやね、実はね!隣村のゲルハルトさんとこの息子さんがね、今年で二十五になるんだけど、まだ独り身で、農地もそこそこ持ってて、フローラちゃんはどう思う?」
「……遠慮しておきます」
「なんで!?いい子よ?」
「私は今しばらく、そういうことを考えたくないので」
「でも年頃の娘がひとりでこんな辺境にいるのもねぇ……」
婦人は唇を尖らせた。
しかし私の顔を見て何かを察したのか、「まぁ、今日はこれだけ」と言って帰っていった。
この時、婦人はまた帰っていったけれど、その後も、信じがたい速度で縁談を持ち込んでくる。
私はため息をついた。
「私は貴族なので、縁談というのは家同士の話でして」
「そりゃそうよ!だから私はね、フローラちゃんのお父上に手紙を書いたの!」
……え。
「そ、それで、お父様から何か?」
「まだ返事はないけど、もうすぐ来ると思うわ!」
マジで、このおせっかいおばさん、大変なことをしてくれた。
父からの返事は十日後に来た。
『フローラへ。手紙を確認した。なかなかおもしろいことが書いてあった。折を見て良縁を探してみよう。お父様より』
おもしろいこと。
父の手紙はたったそれだけで、詳細は何も書かれていなかった。
あの父の考えること、絶対にろくなことにならない……私は頭を抱えた。
そこからの展開は、今思い返しても悪夢のようである。
農婦人の「でも議員の息子じゃ公爵令嬢には役不足よねぇ」という一言から、縁談が不思議な競り上がりを始めた。
最初は伯爵令息。次は辺境伯。そのまた次は侯爵家の三男。次期宰相候補とされる文官。
婦人が次々と「もっといい縁談があるはず!」と言いながら各方面に手を回すうちに、王都にいる父が「そういう話なら私にも心当たりが」と言い出し、さらに話が膨らんで——
ある朝、私のもとに父から分厚い封書が届いた。
開けると、父の字でこう書かれていた。
『フローラへ。いろいろあって王太子殿下との縁談が浮上した。お父様より』
いろいろあって、の部分が雑すぎる。
『いろいろあって』ではわからない。全然わからない。
なぜ辺鄙な北方の領地で野菜を育てている公爵令嬢に、王太子との縁談が浮上するのか。
でも、どうせ王太子殿下が断るでしょう。
比較的落ち着いて考えた。
王太子といえば、国の次期国王である。
公爵家令嬢とはいえ、北の辺境でスローライフをしている娘に興味を持つはずがない。
先方からお断りの返事が来て、それで自然と縁談は消えていく。
そのはずだった。
返事が来たのは半月後だった。
『謹んでお受けいたします。——ラルフリード・フォン・クレスト王太子』
「…………」
父からの付け紙には「良かったな」と書いてあった。
良くない。全然良くない。何も良くない。
なんで断らないんですか王太子殿下!?
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