ヘンゼルとグレーテル。お菓子の家に住むお婆さんの事情。
人里から離れた森の奥よりまたその奥に、魔法の家がありました。
そこに住むのは魔法使いのお婆さん。
お婆さんはメガネをかけないと目がよく見えません。
昔、竜と戦った時に呪いをかけられたせいです。
お婆さんは、いつか竜に仕返ししてやろう。そう思って今まで生きてきました。
目が良くないお婆さんですが、魔法が使えます。
家事は全て魔法を使ってする事にしました。
まず部屋の掃除。
お婆さんはゴミ箱とホウキと車輪を用意し、魔法の呪文を唱えます。
すると、ゴミ箱とホウキと車輪は一つになりました。
「それだけじゃあゴミがどこにあるか見えないね」
そう言ってゴミ箱に目をひとつ付けました。
そして「サンバ」と名付けたゴミ箱に仕事を頼みました。
「お前の仕事は部屋の隅々を動き回り、部屋を綺麗にする事だよ。さあサンバ、部屋を綺麗にしておくれ」
ひとつ目のゴミ箱はこくりと頷き、くるくると部屋を動き回りました。
お婆さんが出かけて留守でもくるくると掃除してくれたので、お婆さんの部屋はいつも綺麗でした。
そして洗濯。
「小さな桶でも良いけれど、シーツも洗いたいからねぇ」
そう言って大きな樽を用意しました。
樽の中を水で満たし、シーツを入れて風魔法をかけます。
「小さな竜巻で水を回し、小さな竜巻で絞って、小さな竜巻で乾かすまでしておくれ」
するとあら不思議。
水の中でシーツがくるくる回り出しました。そしてきゅっと絞られた後、樽の中に暖かい風が吹いてシーツがあっという間に乾きました。
必要な家事をゴミ箱と樽に任せたお婆さんは、魔法の練習をします。
次こそは竜に負けたくありません。
甘いものが大好きな竜をおびき寄せるために、家をお菓子に変える事にしました。
「屋根は竜が大好きなクッキーにしよう」
お婆さんはクッキーをたくさん焼きました。
「あの竜が大好きないちごの匂いをぷんぷんさせよう」
煙突からいちごの香りの煙がもくもくと上がりました。
窓は飴で、扉は全てチョコレート。
仕上げに玄関の入り口に、甘い香りのバナナの皮を敷き詰めました。
たくさんの魔法を使ったので、お腹が空いたお婆さん。
キッチンに行き、氷魔法がかかった白い箱から凍らせたスープを取り出して、黒い箱に入れました。
「黒い箱、スープを温めておくれ」
そう言って黒い箱に魔法をかけました。
少し待つと、ちょうど良く温められたスープの出来上がりです。
「魔法が使えるって便利だねぇ」
お婆さんはニコニコとスープを口へ運びます。
スープを半分ほど食べた時、森の小鳥やリスたちが慌ててお婆さんを訪ねてきました。
『お婆さん!お婆さん!子どもが2人こっちに向かっているよ!』
『おとこのこ!』
『おんなのこ!』
『迷子なの!』
小鳥もリスも騒ぎます。
『僕たちに美味しい食べ物をくれたの!』
『美味しかった!』
『助けてあげて!』
早く!早く!と言う小鳥とリスたちの言葉を聞きながら、お婆さんはメガネをかけ、手元にあった魔法の本を開きました。
魔法の本は光り、迷子になって怯える子どもたちを映し出します。
お婆さんはゆっくりと前のページをめくります。
この魔法の本はめくるページに合わせ、過去も未来も見えるのです。
子どもたちの過去を見てみると。。。
子どもたちは親に捨てられたようでした。
最初に捨てられた時は家に帰る道調べとして小石を落とす事が出来ましたが、2度目に捨てられた時は小石が用意出来なかったようで、持たされたパンをちぎってぽとぽとと落としています。
そして…
子どもが落としたそのパンを…
小鳥やリスたちが嬉しそうに食べていました。
「子どもたちが迷子になったのは、お前等のせいじゃねーか!」
お婆さんが小鳥やリスにジロリと目線を向けると、小鳥は口笛を吹き、リスはどんぐりをカリカリカリカリカリカリカリカリ…と頬張りました。
「もう……仕方ないねぇ。子どもたちをこちらへ導いておいで。そして美味しいものをたくさん食べさせておやり…」
そう言うと魔女らしい悪い顔で「いひひ」と笑いました。
小鳥やリス、ウサギたちに導かれた子どもは、思う存分お菓子の家を食べました。
そしてお腹がいっぱいになると、2人で肩を寄せ合い眠ってしまいました。
そこに忍び寄る影一つ。
「さぁて、どうしたもんかね…」
お婆さんはすやすやと眠る子どもたちをどうしようか考えました。
このお菓子の家は、竜をおびき寄せるための家です。
人間の子どもをここに置くわけにはいきませんし、ここにお菓子の家がある事を他の人間に知られても困ります。
そこで、この家であった事を誰にも言わないよう、子どもたちに恐ろしい夢を見せる事にしました。
兄と妹、親に置いて行かれた森の奥。
さらに奥の深い森に魔女の家を見つけます。それはお菓子で出来た家。
お腹が空いていたため、悪いと思いながら魔女の家を壊して食べます。それに怒った魔女が兄を牢屋に入れ、妹を働かせます。
2人はこのままでは自分たちは魔女に殺されると思い、殺される前に殺してやる!と魔女を火あぶりにして殺しました。
そして魔女の家から金目のものを盗むと父と母のもとに戻り、みんなで幸せに暮らしました…
そんな夢を二人に見せました。
そして魔法で2人を家に帰します。
夢の通り、宝石を少し持たせて…
お婆さんは無実の罪で死んだ自分が可哀想で少し泣きました。
「なんか疲れた…」
食べられてしまった家を直し、少し休もうとしたその時。
ドーーーーーーンッッ!!!
と、大きな音を立てて竜が舞い降りてきました。
「久しぶりだな、グレーテル」
昔、グレーテルに呪いをかけた竜がやってきたのです。
「うまそうな家だな。俺が全部食ってやろう」
そう言うと竜は、みるみるうちに人間の青年に姿を変えました。
その姿はたくましく、黄金の髪がキラキラと風に靡いています。
「っっ!!おのれ!ヘンゼル!!………っ…。はぁ…その前に少し休ませてくれ。お前にはわからないだろうが…80才を超えた人間の体は動くのも一苦労なのだ。心は変わらず…ともだ…」
そう言ってお婆さんはヨロヨロと家に入りました。
お婆さんの様子を心配したヘンゼルが慌てて後を追い、家に入ろうとしたその時。
つるん!!!
ヘンゼルは、玄関の入り口に敷かれたバナナの皮で滑って尻もちをついてしまいました。
「しまった!!」
青い顔をしたヘンゼル。
同時に家の中が強く光ました。
「やったーーー!!!今回は私の勝ちね!!」
そう言って家の中から飛び出してきたのはグレーテル。
呪いが解けたグレーテルのその姿は、若く魅力的な女性の姿になっていました。
ブルーのドレスに銀色の長い髪をサラサラと揺らし「やっと80年前の雪辱を果たせたわ!」と喜びます。
ヘンゼルとグレーテル。
竜の二人は幼馴染。
会うたびに「尻もちをついたら負け。勝った方の呪いを受ける」という競い合いをしていたのです。
80年前…と言っても、竜の80年は人間の一年みたいなもの。その間老婆として過ごしたグレーテル。
「さっきも言ったけど、人間の80才は大変だったわ。目は見えにくいし、気持ちはあっても体は思うように動かないし。でも、色々な知恵はついたわね」
右手を左肩に当て、首をコキコキと鳴らすグレーテルは、ヘンゼルを見下ろしてニヤリと笑いました。
「ふうん…で?どうするの?」
負けた事に不満そうなヘンゼルに、グレーテルが呪いをかけます。
「だから、ヘンゼルにも同じ思いをしてもらうわ」
そう言って呪文を唱えると、若かったヘンゼルの姿はあっという間に老人に変わりました。
「なんか寒いのう…」と、頭に手をあて「ああっ!!ワシの毛がぁ……」と驚くヘンゼルの顔ったら。
「私の時と同じく、話し方も老人になるからね」
「くそう…次は絶対ワシが勝ってやるからな!グレーテル!待っておれよ!」
ヘンゼルはポヨンと音を立てて、年老いた竜に姿を変えました。
そして一度、愛おしそうにグレーテルを見つめると、ふよふよと飛び去りました。
グレーテルはヘンゼルの姿が見えなくなるまで見送ります。
「またね。待ってるね」
二人はじゃれあいながらも学び、成長しているのでした。
お読みくださりありがとうございました。
こちらは霜月透子さま、鈴木りんさま主催のひだまり童話館「またねの話」参加作品になります。




