第八夜 高い塀の家4
目の前で繰り広げられる光景を、ただただ立ち尽して見ているうちに、それは静かな終わりを迎えた。
三人の亡骸とその上に立つ蒼馬の姿。
蒼馬は何事もなかったかのように死体を踏み越え安藤の消えていった戸口へと向かう。
「何してるんだい? 早くおいで?」
菖蒲はその言葉に思わず身震いした。
「蒼馬さんは……何ともないんですか……?」
口の中がカラカラで、舌が上あごにへばりつく。
それでもなんとか絞り出した声は、案の定かすれて頼りないものだった。
それなのに、菖蒲の中の何かが、蒼馬に向かって叫べと騒ぐ。
かすれ切った声で、菖蒲は何かの訴えに応えた。
「ああ……心配してくれているのかな? 僕はどこも怪我なんて」
「そうじゃない……そうじゃないんです……人が死んで……」
菖蒲はその言葉を呑み込んだ。
そうじゃない……
そうじゃないんだ……
「人を殺したんですよ……?」
気に障れば自分も殺されるかもしれない。
そんな恐怖で声が震える。
それでも、ここで立ち向かわなければ、自分が自分でなくなってしまう。
菖蒲は涙でぼやける目を拭い視線をあげた。
そこには、目を輝かせてこちらを見つめ返す蒼馬の姿がある。
「凄い……」
「え……?」
「この期に及んで自分を殺そうとした人たちの死を悼んでいるのか? そしてそれを殺した僕の魂を案じているのか? 不幸極まりない運命を歩みながら?」
蒼馬は再び死体を踏み越えて菖蒲の前までやってきた。
そのまま流れるような動作で菖蒲の手を握り、漆黒の目に喜色を携えて告げる。
その手は陶器のように美しく、そして冷たい。
「金のために人生を売った彼らはもはや人じゃない。自らの才能を信じられない者に価値なんてないんだ。でも、君は違う。不幸という類稀なる特異を身に宿しながらも、それに抗い闇に堕ちない君は……」
美しい……
瞳の奥に感嘆の炎を揺らしながらそうつぶやいた蒼馬の最後の言葉に、菖蒲は言葉を失った。
不覚にも胸の奥が熱くなる。
そんな自分を咎める自分もまた存在する。
常識と異常、生と死、幸福と不幸。
それらが綯交ぜになった奇怪な空間の中で、菖蒲は息ができなくなる。
その時、低い声がした。
「馬鹿野郎。説明不足なんだよ……」
それは一真の声だった。
「おい女。こいつの言ってることは無茶苦茶だが、嘘でもねえ。まず、こいつらは《《もう》》人じゃない」
「そういうこと。皮袋に糞が詰まったようなものさ」
「台無しだ……お前は黙ってろ……」
「どういうことですか……?」
一真は小さく舌打ちすると、蒼馬に変わって死体の方へと歩み寄った。
その中の一人を掴み、持ち上げる。
思わず目を逸らした菖蒲に一真が言った。
「よそ見するな……これを見ろ。見なきゃわかんねえだろうが?」
菖蒲は恐る恐る死体に目をやった。
「ひぃぃいいいっ……⁉」
掴み上げられた死体には目も口も無かった。
まるでゴム人形のようにぐにゃりと折れ曲がった足には、骨も筋も無いように見える。
「こいつらは、文字通り金で魂を売ったんだ。低級霊にな……結果肉体が侵食されてもう人間には戻れねえ。この様子じゃ十年は経ってるな……」
「でも……さっきまではちゃんと……」
「そういう契約なんだよ。人間のふりしてご主人様を守るようになってんだ。さすがの蒼馬もそう簡単に人は殺さねえよ」
「機会がないだけだよ?」
「お前が言うと洒落になんねえ……」
ヘナヘナと床に崩れ落ちた菖蒲にすっと手が差し伸べられる。
菖蒲はまとまらぬ思考のままにその手をとった。
その手は、蒼馬の細くしなやかな手と違い、大きくて、ゴツゴツしていて、どこか暖かかった。




