第五夜 高い塀の家
蒼馬に連れられ、菖蒲は屋敷の裏手に向かっていた。
どうやらそこにガレージがあるらしく、シャッターの中には何台もの高級車が止められていた。
「凄い車ですね……」
菖蒲が言うと蒼馬は微笑を浮かべて静かに答える。
「ぜーんぶ曰く付きだから気を付けて?」
「え……?」
「この黒いジャガーは人を轢いてる。もちろん故意にね? あっちの赤いアルファロメオは中で二人死んだ。お楽しみ中だった旦那さんとその相手が何者かに殺されたんだ。そして今から乗るこちらのベンツは……」
蒼馬はクスクスと笑って助手席のドアを開けると、恭しく菖蒲をエスコートした。
「わかってからのお楽しみだよ?」
ぞくりと冷たい気配が背中を撫ぜた。
黒いワンボックスタイプのベンツ。
後部座席にはシートが無い。
ぽっかりと冷たく空いた空間が、異様な気配を孕んでいる。
「あの……今からする仕事って……どういうものなんでしょう……?」
運転席に座った蒼馬に向かってか菖蒲が尋ねた。
「この車の持ち主のところに行って車を返すんだよ。それと、ヒツジさんの査定かなー?」
「査定……」
「僕はね、人の見た目、美人とかそうでないとかはあまり興味がないんだ。僕が愛するのは人間が有する本当の美。鋭く尖った特異性。平たく言えば才能だよ。それは神が与えたその人の本性と言ってもいい。まあ、悪魔でもいいんだけどね」
そう言って笑う蒼馬の顔は恐ろしく綺麗で、同時に途轍もなく邪悪に見える。
菖蒲は言葉を失い、ただただエナメルのパンプスの先を見つめて小さく頷く事しかできなかった。
才能……
頭の中で回り続けるその言葉の意味を考えていると、車は山道を抜けて市街地に出た。
どうやらそこは高級住宅が立ち並ぶ一等地らしい。
その中でもひと際立派な建物前で、蒼馬は車を止めた。
「さあ着いたよ。行こうか?」
不安を抱えたまま菖蒲が車を降りると、蒼馬はまるで友人宅にでも入るように敷地に上がり込む。
すると、センサーライトが点り庭を明るく照らし出した。
蒼馬の細くしなやかな指がインターホンのベルを押すと、男の声がした。
「どちら様ですか……?」
「夜分に失礼します。車を一台失くしたかと思うのですが、それをお届けに参りました」
インターホン越しにも空気が変わったのを菖蒲は感じた。
それはブラック企業に勤めていた時に幾度となく感じた暴力的なハラスメントの気配に似ていて、その場にいるだけで胃が苦しくなるような冷たく重たいものだった。
「わかりました……どうぞ……」
その声と同時にカチと音がしてシャッター脇のドアの施錠が解除される。
「どうも」
重苦しい空気をいとも容易く払いのけると、蒼馬は口笛でも吹き始めそうな軽やかな足取りでドアをくぐった。
「ほら早くおいで? 面白いものが見られるから」
菖蒲はもう一度建物全体を見上げた。
四角く高い塀で囲まれたその家は、まるで外部からの視線を遮断しているように見える。
あるいは入った者を逃がさぬ為の造りにも見えなくない。
何もわからぬまま、ただただ不安だけを胸に宿し、菖蒲は主人の後を追って駆け足で塀の内側に足を踏み入れた。




