第三十二夜 高い塀の家 ⇆ 遊園血23
「Ladies&gentleman! ようこそ! 恐怖と悦楽の迷宮へ! 今から君たちが挑戦するアトラクションは~〝椅子取らないゲーム〟ダ!」
その言葉と同時に、菖蒲の肘掛け椅子から鉄の枷が飛び出しきつく体に食い込んだ。
「それなのになんたる不幸! すでにお嬢さんが椅子を取ってしまっているようだねぇ~? あ~かわいそ」
気持ちのこもらない身振りと言葉が菖蒲の神経を逆撫でした。
けれど蒼馬と一真は薄笑いを浮かべて安藤を見据えている。
「本体じゃねえな? そんなに俺たちが怖いか?」
「安っす~? 挑発安っすぅうう⁉ 今時子どものアニメでもそんな安っすい薄っすい種なしの精液みたいな挑発聞いたことねぇえええ⁉」
空中をバンバンと叩きながら安藤は一真を指さして叫んだ。
「ふふふ。兄さんはお子様なんだ。本気で言ってるんだからあまり虐めないであげてほしいな?」
「てめえ、ディスってんのか……?」
「庇ってるんだよ? それで、わざわざ出てきて道化が何の用かな? 今のところずっと滑ってるよ?」
冷笑の奥に牙をちらつかせて蒼馬が言った。
道化の顔から笑みが消え、くちゃくちゃ……と、ゆっくりと唾液を噛む音が数度響いた後だった。
「ルールを説明するぅううう……! 椅子取らないゲームは文字通り、椅子に座っちゃいけないゲームだよお⁉ でも不思議! 椅子は安全地帯なんだ! 迫りくる脅威から身を守りつつ、この部屋の何処かに隠された鍵を見つければ、次の部屋に進めるよぉ? 準備はいいかなぁあああ?」
安藤が指を鳴らすと、天井や壁に開いた直径三〇センチほどの穴からゴトゴトと木箱が降ってきた。
木箱に目を凝らすと、その表面がうぞうぞと蠕動しているのが分かる。
蛭と毒虫まみれの木箱が散乱する小部屋に安藤の声が響きわたった。
「It’s Show Time……!」
叫び終わらないうちに一真が五指を安藤に向けた。
黒い帯が五本、安藤目掛けて蛇のように迫っていく。
しかし安藤は両手の人差し指を口に差し入れて口角を横に引き伸ばしながら、ゲラゲラと下卑た笑い声を残して消えてしまった。
先ほどまで安藤のいた虚空で、五本の帯が蜷局を巻く。
空しく虚無を縛り上げた黒い帯は、そのまま煤のように崩れて消えた。
「無駄だよ兄さん。本体じゃないって自分で言ってただろ?」
「うるせえ……それより鍵を探すぞ。お前は毒虫にやられるなよ? ゲロ女! 奴の言葉が本当ならそこは安全だ。不幸中の幸いってやつだな。どの箱が怪しいか指示しろ……!」
「は、はい……!」
菖蒲は部屋い散らばる箱を順に目で追った。
禍々しい気配のモノ、そうでない物、よく判らぬもの、ざっと見てその三種に大別される。
中でもひと際邪悪な気配を放つ箱と、全く邪悪さを感じられない二つに注目し、菖蒲は叫んだ。
「あっちの小さい箱、凄く危ない気配がします! そっちの変な飾りのついた箱は邪悪さを感じません!」
「どっちかが大当たりで、どっちかが大外れってか?」
一真が飾り付きの箱に向かうと、蒼馬が突然口を開いた。
「さっきの通路、ヒツジさんは死よりも拷問に不幸を見出してたね?」
「ああん……?」
一真が振り向き眉を顰める。
「死ぬより辛い苦痛の箱と、安らかな死の箱かもしれないよ?」
そう言って蒼馬は菖蒲の方に目配せした。
「っ……⁉」
菖蒲は自分の早計を思い知り言葉に詰まる。
そんな菖蒲を見て残酷な笑みを浮かべた後、蒼馬は一真に振り向きあっけらかんと言い放った。
「ふふふ……ちゃんと鍵が見つかるといいね? 兄さん」
ぬちゃぬちゃ…カサカサと、毒虫たちの出す命の音だけが、薄暗い小部屋に木霊した。




