第三夜 お着替えタイム
菖蒲は真鍮の猫足が生えたバスタブの中で放心していた。
靴を脱がされストリップ……ではなく、スリッパに履き替え案内された部屋には、トイレとバスルームが完備されていた。
「この部屋は好きに使うといい」
そう言われたところで着の身着のまま拉致された菖蒲の所持品は何もない。スマホすらない。
当然着替えもないわけで、憧れだったアンティークのワードローブは何の役にも立ちそうになかった。
「はあ……現実感無いなあ……」
「すぐに現実を思い知るさ」
「そうですかねえ……って⁉ ええええええ……⁉」
誰もいないと思っていた部屋から返ってきた蒼馬の声に菖蒲は思わず悲鳴をあげる。
「な、なんで蒼馬さんがこの部屋にいるんですか……⁉」
「そりゃ、ここは僕の屋敷だからね。どこにいても問題ないはずだよ?」
「でででで、でも……!」
「それに服が無いと困るだろう? 着替えを持ってきたんだ」
「え、あ、ありがとうございます……」
それから菖蒲は耳を澄ませて蒼馬が出ていく気配を探っていたが、一向にそんな気配は感じられなかった。
仕方なく覚悟を決めるとバスタオルを身体に巻き付けてバスルームの戸を開けた。
顔だけ出して部屋に目をやるとソファに腰かけて足を組んだ蒼馬がニコニコと笑ながらこちらを見ているのと目があった。
そしてその背後には恐ろしいモノが並んでいる。
SM用の拘束衣、バニーガールの衣装、ハート形に胸元が開いたナース服、そういう店かビデオでなければお目にかかれないような卑猥な衣装の数々がハンガーに掛けられて吊られていた。
「今からさっそく出かけることにした。さあ! 好きなものを選びたまえ。下着はそこに」
そう言って蒼馬が指さした先を見ると、頼りない紐のようなものがキャビネットの上に置かれていた。
「無理無理無理……絶対無理です! 三十過ぎてこんな格好で出かけるなんて。捕まっちゃいますよ⁉」
「おや? てっきり二十代だと思っていたけれど……?」
「えへ……じゃなくて……! 二十代でもアウトです……!」
「やれやれ……君に人権は無いんだから我儘はやめてもらいたいね……」
シマエナガみたいな可愛い顔してさらっと恐ろしいことを……
「じゃあ、どうする? 裸で行く?」
「行くわけないでしょうが……⁉」
その時、イラついたような一真の声が部屋に響いた。
「蒼馬、遊んでないでさっさと行くぞ……女、お前もガタガタ言ってねえでさっさと着替えろ」
威圧的な声に、菖蒲は思わず身が竦んだ。
そうだ……可愛い顔でニコニコしていても、蒼馬さんがいつまでも優しいとは限らない……
機嫌を損ねれば、命だって無いかもしれないんだ……
菖蒲は自分の置かれた状況を再確認すると、壁に掛かった衣装の中から一番マシそうな一着を手に取ってバスルームに引き返えそうとした。
「ここで着替えないの?」
その言葉でドキリと肩が跳ねる。
菖蒲はこわごわ振り返り、微笑む蒼馬に向かってつぶやいた。
「出来ればお二人に見えないところで……」
「僕は気にしないのに」
そう言って蒼馬はクスクスと笑う。
菖蒲は違和感を覚えながらもそれを許可の一種と受け取り、急いでバスルームに駆け込んだ。
手に持った衣装を見て顔を引き攣らせつつも、菖蒲は覚悟を決めて紐のような下着を身に着けるのだった。




