第十八夜 高い塀の家 ⇆ 遊園血9
心臓が凍るようだった。
甘い顔、優しい声、頬を撫でる滑らかな指、いつの間にか腰に回された腕。
そのどれもが丁寧で柔らかく、愛しむような……猛毒。
甘い接吻で窒息死させるような、愛撫の真似事で引き裂くような、悪意。
菖蒲は思わず蒼馬を突き飛ばした。
どくんどくん……と音を立てる心臓が、全身に送る血は冷たい。
「そんなの……絶対ダメです……」
菖蒲が声を振り絞ると、蒼馬は肩をすくめる。
「じゃあ三人揃って死ぬのかい? ヒツジさんしか、不幸の気配が薄いカップは分からないから、僕らに逃げる手段は……」
その時だった。
蒼馬を脇に押しのけ、一真が前に出る。
「一真さ……」
口を開きかけた菖蒲までも押しのけて、一真は空のカップに乗り込んだ。
「俺が乗る。ゲロ女は蒼馬と一緒に安全なカップにしがみついてろ」
「ダメです……! そんなことしたら一真さんが……! 痛っ……⁉」
駆け寄った菖蒲の額に痛みが走った。
どうやら一真のデコピンを食らったらしい。
「この阿呆。俺はちょっとやそっとじゃ死なない。てめえの命も守れねえ奴が、簡単に命張るんじゃねえ。それに、この体も所詮……」
「え……?」
スピーカーからのメロディに重なって最後の言葉はよく聞こえない。
聞き返した菖蒲を無視して、一真は蒼馬に怒鳴った。
「蒼馬! ゲロ女を頼む。それと初回でこれ以上いじめるな」
「優しいね兄さんは」
蒼馬はそう言って微笑むと、迷うことなく不幸の気配がしないカップに向かって歩き出した。
「なんで⁉ わたしにしか分からないってさっき……⁉」
「ここが終始一番人気だった。子どもたちはこれが安全だと知ってたんだ。他の子を蹴落としてでも乗りたいカップ……誰だってお仕置きは嫌だからね?」
「うっ……」
お仕置きのところにアクセントが置かれた言い方が妙に気になる。
それにもまして、息を吐くように嘘をついていたことに衝撃を受ける。
この人を信用してはいけない……
けれど……
この人は今まで出会った誰よりも、邪悪で美しい頭脳の持ち主だ……
菖蒲は蒼馬を見つめた後、もう一度一真に目をやった。
あしらうようにしかめっ面で手を払う一真に一礼して、菖蒲は蒼馬のもとに駆けていった。




