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ヒツジさん! この先【奇怪領域】です!  作者: 深川我無@書籍発売中
【奇怪領域】です!

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18/23

第十八夜 高い塀の家 ⇆ 遊園血9

 

 心臓が凍るようだった。

 

 甘い顔、優しい声、頬を撫でる滑らかな指、いつの間にか腰に回された腕。

 

 そのどれもが丁寧で柔らかく、愛しむような……猛毒。

 

 甘い接吻(くちづけ)で窒息死させるような、愛撫の真似事で引き裂くような、悪意。

 

 菖蒲は思わず蒼馬を突き飛ばした。

 

 どくんどくん……と音を立てる心臓が、全身に送る血は冷たい。

 

「そんなの……絶対ダメです……」

 

 菖蒲が声を振り絞ると、蒼馬は肩をすくめる。

 

「じゃあ三人揃って死ぬのかい? ヒツジさんしか、不幸の気配が薄いカップは分からないから、僕らに逃げる手段は……」

 

 その時だった。

 

 蒼馬を脇に押しのけ、一真が前に出る。

 

「一真さ……」

 

 口を開きかけた菖蒲までも押しのけて、一真は空のカップに乗り込んだ。

 

「俺が乗る。ゲロ女は蒼馬と一緒に安全なカップにしがみついてろ」

 

「ダメです……! そんなことしたら一真さんが……! 痛っ……⁉」

 

 駆け寄った菖蒲の額に痛みが走った。

 

 どうやら一真のデコピンを食らったらしい。

 

「この阿呆。俺はちょっとやそっとじゃ死なない。てめえの命も守れねえ奴が、簡単に命張るんじゃねえ。それに、この体も所詮……」

 

「え……?」

 

 スピーカーからのメロディに重なって最後の言葉はよく聞こえない。

 

 聞き返した菖蒲を無視して、一真は蒼馬に怒鳴った。

 

「蒼馬! ゲロ女を頼む。それと初回でこれ以上いじめるな」

 

「優しいね兄さんは」

 

 蒼馬はそう言って微笑むと、迷うことなく不幸の気配がしないカップに向かって歩き出した。

 

「なんで⁉ わたしにしか分からないってさっき……⁉」

 

「ここが終始一番人気だった。子どもたちはこれが安全だと知ってたんだ。他の子を蹴落としてでも乗りたいカップ……誰だってお仕置きは嫌だからね?」

 

「うっ……」

 

 お仕置きのところにアクセントが置かれた言い方が妙に気になる。

 

 それにもまして、息を吐くように嘘をついていたことに衝撃を受ける。

 

 この人を信用してはいけない……

 

 けれど……

 

 この人は今まで出会った誰よりも、邪悪で美しい頭脳の持ち主だ……

 

 菖蒲は蒼馬を見つめた後、もう一度一真に目をやった。

 

 あしらうようにしかめっ面で手を払う一真に一礼して、菖蒲は蒼馬のもとに駆けていった。

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