第十五夜 高い塀の家 ⇆ 遊園血6
泣きべそをかく菖蒲を抱えた蒼馬が異形の男から距離を取る。
涼しい顔の奥で、その眼は油断なく男のことを観察していた。
二回ともヒツジさんの後ろに現れた。
不幸体質がマーカーになってるのか、あるいは別の条件があるのか……
ヒツジさんを囮にすれば答えはすぐに分かるけど……兄さん怒るだろうしなあ……
「ねえヒツジさん、囮にしてもいい?」
「駄目に決まってんでしょうがぁあああ……⁉」
「ふふ……」
「その笑いの意味は……?」
菖蒲が蒼馬の笑顔に青褪めていると、一真の方から再びアーケードの破砕音が響いた。
砂煙が上がり、そこから異形の手が伸びる。
一真はそれを躱し、真っすぐに伸びきった前腕に肘を叩きつけた。
同時に下から膝を当てがったその一撃は、異形の腕をあらぬ方向にへし折ってしまう。
灰褐色の皮膚から飛び出した骨を目にして菖蒲は思わず嘔吐した。
「おやおや。拭ってあげようね?」
「いいえ……! 結構です……!」
慌てて菖蒲は態勢を整えハンカチを構えてにじり寄る蒼馬から後ずさった。
そんな二人を見て一真が舌を鳴らす。
「蒼馬! 今はゲロ女よりこいつに集中しろ!」
「げ、ゲロ女⁉」
「邪魔くさい腕は無くなったぞ……? ってうお……⁉」
その時、折れた腕が直角に曲がり一真を襲う。
異形の腕は一真の首を掴むと遊具の方に向かって投げ飛ばした。
「一真さん……‼」
レーザービームのような軌道を描いて一真が遊具に激突する。
砂埃が一真を覆いつくし安否は確認できない。
それなのに蒼馬は顔色一つ変えずに菖蒲の腕を掴んで一真と反対の方に駆け出した。
「ちょ、ちょっと蒼馬さん⁉ 一真さんが……!」
「あれくらいじゃ一真は死なない。それより確かめたいことがあるんだ」
逃げる二人を追うように異形が腕を振り回しながら駆け出した。
蒼馬はその音を背後に感じながら思案する。
やはり追ってきた。
でもどうして瞬間移動を使わない?
背後に一瞬で現れることが出来るなら、瞬間移動で追えばいい。
マーカーがヒツジさんの不幸体質ならなおさら……
その時、蒼馬の目にあるものが飛び込んできた。
あれはさっき兄さんが蹴り飛ばした時の……
「うふふ……」
漏れ出したその残虐な嗤い声に、菖蒲の身体が総毛立つ。
固まる菖蒲をよそに、蒼馬は口元を邪悪に歪めて振り返った。
蒼馬の目が男を捉える。
次の瞬間、改札鋏を振りかぶった異形が、蒼馬の背後に現れた。
やられる……
菖蒲が思わず目を瞑ると、蒼馬のつぶやく声が聞こえた。
「残念でした♪」
その直後、獣のような咆哮が赤茶けた空に響き渡る。
恐る恐る菖蒲が目を開くとそこには、折れ曲がった鉄柱で背中から貫かれた異形が血を流しながら呻き声をあげていた。
「なんで? どうなって……?」
「ふふ……彼の瞬間移動を利用したんだよ」
「利用……?」
「そう。最初はヒツジさんの不幸体質に引き寄せられてるのかと思った。けれどそれならすぐにヒツジさんを追って瞬間移動すればいい。でも彼にはそれが出来なかった。別の要素で瞬間移動していたからだ」
蒼馬はそう言って菖蒲の目に手を伸ばした。
「種明かしはもう少し後で、まだ見ちゃだめだよ?」
蒼馬は菖蒲の目を覆ったまま男に声をかけた。
「君の序列は? このパークで何番目に強い?」
男は貫通した鉄柱から逃れようと身を捩った。
そのたびに黒い血がアーケードに溢れて染みを作っていく。
「おいおい。死なれちゃ困るんだ。僕は殺さない約束になってるんだから」
蒼馬は血溜まりを見つめて笑った。
「君も血を失うのはマズいんじゃないのかい? 何しろ神の言葉に縛られてるんだから」
地の底から響くような男の叫び声が聞こえ、菖蒲の身体に力が入る。
しかしそれよりも、異形の怪物を前に微塵も恐怖を感じないどころか、手玉にとっている蒼馬が恐ろしい。
「ふふ……答えないか……死にかけでも僕より強い魂を持っているんだね。もういいよヒツジさん」
そう言って蒼馬の手が顔から離れた。
同時に頭の中で声がする。
『不幸がお出でになりました♪』
「ぎゃぁああっ」
菖蒲は足元に伸びた血溜まりに滑り、大きく態勢を崩した。
その瞬間、鉄柱に貫かれた異形の姿を目撃する。
刹那、異形は姿を消して、菖蒲の背後に現れた。
ぽっかり空いた傷口から、大量の黒い血の雨を降らしながら。
異形の断末魔は黒い雨の音にかき消され、やがて辺りは静かになった。
そこには血を失った異形が、人の姿に戻った男が、大の字になって伏している。
「彼の能力は自分の視線の裏側に回り込むことだ。実に単純な理由だけれど、醜い顔を見られたくなかったんだろう」
そう言って蒼馬は男の帽子を取り去った。
男の顔には数々の縫い後があり、目鼻や口の位置が普通とは違っていた。
「死んじゃったんですか……?」
菖蒲がぼそりとつぶやくと、蒼馬は満面の笑顔で言う。
「いいや。君が止めを刺したんだ! 彼を見て、瞬間移動させて、大量出血に導いた。彼は死んだんじゃない。君の不幸が彼を殺したんだよ」
菖蒲は自分の心臓がきゅぅ……と縮むのを感じた。
その時の顔を見た蒼馬は、今までで一番美しく、残酷な笑みを浮かべていた。




