第十四夜 高い塀の家 ⇄ 遊園血5
蒼馬の影より這い出た一真に菖蒲は言葉を失う。
深紅の瞳に、夜の天蓋を彷彿させる天鷲絨の髪が、灰褐色の肌には不似合いだった。
それでもなお、その眼の輝きと、流れる髪は美しい。
蒼馬とは異なる野性的な身体つきと鋭い目。
猫背な姿勢のせいで実際より低く見えるものの、身長は蒼馬よりも一〇センチほど高いだろうか?
筋肉質な体にぴったりと纏わりつくボディコンシャスな身なりが、言い難い色気を放っていて菖蒲は目のやり場に困ってしまう。
胸元に大きく切れ込みの入ったレオタードのような黒いソレは、見たことのない材質でできていた。
胸筋は言わずもがな、その上に覗く鎖骨と、筋肉質な二の腕をより一層強調する意匠。
揃いなのだろうか?
黒いレザーパンツのようなズボンも、臀部と太ももに張り付き、そのシルエットを鮮明に浮かび上がらせる。
「クスクス……目のやり場に困っちゃうよね?」
蒼馬が耳元で囁いたせいで、菖蒲の全身にゾクゾクと鳥肌が立った。
「そ、そんなんじゃありません……!」
「顔、真っ赤だよ?」
「だって……! さんざんわたしのことを変態呼ばわりしたくせに……! 一真さんだってハレンチじゃないですか……⁉」
「兄さんハレンチだって」
一真は紅い瞳で菖蒲を一瞥するとぼそりと言う。
「お前、次のコスプレ覚悟しとけ……エグいのを用意してやる」
「ノォォオオオオオオオ……!!!!!!!!」
崩れ落ちる菖蒲と、笑い転げる蒼馬を残し、一真は異形の男に近づいていく。
長身の一真よりも二回りも大きく肥大した上半身。
服から不格好にはみ出した首や腕にはどす黒い血管が浮かび上がり、無数の縫い目が露わになっていた。
今にもはち切れそうなその縫い傷痕からは、粘土の高い黒ずんだ血が滲んでいる。
「律儀に待っててくれたお前には悪いんだがよお……先を急いでんだわ……そこ、退けよ?」
「イシシシシシシシシシシシシシ」
男は大きく開いた手で口元を覆い不気味に笑った。
次の瞬間、巨大な姿が消えうせる。
「消えちゃった……?」
「馬鹿野郎……蒼馬!!!!!!!!」
「わかってるよっ……!」
蒼馬が菖蒲を抱き上げ横に飛ぶ。
刹那、異形の男が振り下ろした改札鋏がアーケードを粉々に砕いた。
「ノータイムで女狙いたあ……清々しいほどの屑野郎だな……!」
一真の飛び蹴りが異形男の脇腹に直撃した。
男は地面を転がり立っていた電柱に激突する。
ひしゃげた電柱を見るに、相当の力で吹き飛ばされたらしい。
しかし男は平然と立ち上がり、べろりと自身の頬を舐めた。
「おい蒼馬! この化け物は何だ? 本気で蹴ったのにビクともしてねえぞ?」
「さあ。兄さんの蹴りが甘かったんじゃない?」
一真の問いかけに蒼馬は首をかしげて微笑んだ。
「てめぇ……」
二人がそんなやり取りをしていると、再び異形の姿が消えた。
「一真さん……! また消えた……!」
菖蒲が叫ぶの当時に、再び異形が姿を現す。
菖蒲を抱えた蒼馬のすぐ後ろに。
「なるほど……」
蒼馬は再び跳躍して男の一撃を躱すと不敵な笑みを浮かべて菖蒲を見つめた。
「ヒツジさん。君って本当に魅力的みたいだね。化け物を惹きつけて離さない」
菖蒲の背中に冷や汗が伝った。
菖蒲はまだ、その言葉の本当の意味を知らない。
それでも、この嫌な予感だけは自分を裏切ったことが一度もないということを、菖蒲は嫌というほど知っていた。
「大丈夫。命だけは絶対守るから」
「色々引っかかる言い方な上に、じぇんじぇん嬉しくありましぇん……」




