第十二夜 高い塀の家 ⇆ 遊園血3
コーヒーカップの入り口に近づくにつれ菖蒲の目に恐ろしい姿が飛び込んでくる。
襤褸襤褸の詰め襟を身に纏い、目深に帽子を被った職員……
それがチケットの半券を求めてカチカチと改札鋏を鳴らしている。
カチ……カチカチ……
カチ……カチ……カチカチ……
服の隙間から僅かに覗く皮膚の色は灰褐色で、香水のにおいに混じって腐臭がする。
明らかにこの世の者ではない職員に向かって、蒼馬は旧知の仲にするような軽い感じで声をかけた。
「お仕事ご苦労様。乗りたいんだけどいいかな?」
腐乱した男は改札鋏を掲げてカチカチと鳴らした。
チケットを出せ……
そう言いたいらしい。
「蒼馬さん……引き返しましょう……?」
「ダメだよ。ここまで来たんだから。それにチケットがないとこの先何もできない。それともずっとここにいたいの?」
「うぅ……」
蒼馬は菖蒲から手を解き、さらに男に近づいていった。
ポケットに両手を差し入れ堂々と近づくその姿に、恐怖の色は微塵もない。
「チケットはどこで手に入るかな?」
蒼馬がにこやかにそう言うと、男はポケットに手を入れた。
ここで売ってくれるのだろうか……?
というか、通貨は同じなのだろうか……?
そんなことが菖蒲の頭を過る間に、男はぬっ……と手を突き出した。
蒼馬の眉尻がぴくりと動く。
菖蒲も蒼馬の背後からそれを覗き込み、心底自分の行動を後悔した。
「ひぃぃいいい……⁉ こ、これって……」
「うん。指だね。それも《《子どもの指》》だ」
蒼馬は冷ややかな笑みを浮かべて男の方に視線を上げた。
「これ以外のチケットは?」
それを聞いた男の肩がプルプルと震え出した。
まるでゼラチンのような動き。跳ね回り、波打って、脈動する。
到底人にできる動きではない。
「無ぁい。これ以外の代価は認め無ぁい」
ごふっ……ふふ……ゴプゴプ……ゴプるゅ……
嗤い声と同時に男の口から黒い汁が溢れ出す。
男は指を立てると園内をぐるりと指さした。
「ガキはいくらでもいる……捕まえて指を捥ぐといい……」
菖蒲はそれを聞いて血の気が引いた。
涼しい顔の蒼馬を見上げて、さらに血の気が引いていく。
「ふふふ……ふふふふふふ……」
蒼馬が肩を震わせて笑った。
「あの安藤とかいう男、良い趣味してるなぁ……攫った子どもをここに閉じ込めて、狩りの標的と通貨の役目を果たさせているのか……⁉ 一体何があの男をそうさせるのか……少しだけ興味が湧いてきたよ」
蒼馬はくるりと回って、菖蒲を方を向いた。
残忍な笑みを浮かべた蒼馬の顔を見た瞬間、頭の中でアナウンスが鳴り響く。
『不幸がお出でになりました♪』
蒼馬は菖蒲の手を取り引き寄せると、背後に回り耳元で囁いた。
「子どもを狩ってその指で先に進むか、この男をここで殺すか、どっちにする……?」




