第十夜 高い塀の家 ⇆ 遊園血
菖蒲はその光景にたじろぎ、そこから溢れ出た臭気に口を覆った。
「何……これ……?」
顔を顰めて思わずこぼすと、蒼馬が肩に腕を回したまま、ゆっくりと前へ歩き始める。
「さっき説明しただろう? 君の才能が扉を開いたんだ。奇怪領域へと続く禁断の扉を」
「ま、待ってください……⁉ まさかここに入るつもりじゃ……⁉」
「当然入るよね?」
「もうわたしの仕事は終わってますよね……⁉」
「まあ、そうだね?」
「じゃあ……なんでわたしを連れて行こうとしてるんですかっ……⁉」
必死で抵抗する菖蒲をズルズルと引きずっていた蒼馬の足が止まった。
頬に人差し指をあてて、赤茶けた空を見上げる蒼馬の顔はあどけない。
やがて蒼馬は菖蒲の方に向き直り、爽やかな笑顔でこう告げた。
「一緒に行きたいじゃん?」
「っ……⁉」
思わぬ返答とその表情に、菖蒲はつい赤面する。
しかしすぐに理性が菖蒲を叱責したので激しく頭を振って《《トキメキモドキ》》を振り払った。
爽やかに言われても嬉しくないっ……!
いくらイケメンだからって……
ちらりと廃遊園地に目をやると、視界の端に影が走った。
電柱の上方から四方に向けられた園内放送用のスピーカーからは、音質の悪いBGMが流れていた。
楽しさと不気味さが同居したような、アメリカ南部を思わせるソプラノ。
さらに耳を澄ますと、そこかしこから子供の甲高い笑い声や悲鳴が聞こえてくるのがわかり、菖蒲の全身に鳥肌が立った。
「絶対絶対絶対無理……! お願いです! 何でもします! ドアの外で待たせて下さい……!」
それを聞いた蒼馬の目が、玩具をもらった子供の様に輝いた。
ヤバい……不味いこと言ったかも……
「本当に何でも? やったー! じゃあとってもエッチなことでもいいよね?」
「うっ……それは……」
「どうしようかなあ? 恥ずかしがるヒツジさんの顔、もう一度見たいけど、独り占めするのも悪くないなあ……冷たい地下室に閉じ込めてさあ……」
恍惚の表情を浮かべながら、蒼馬は試すように菖蒲を見下ろした。
その目に当てられて、先ほどとは種類の違う寒気が菖蒲の背筋を駆けあがる。
「や、やっぱり何でもは……!」
「あ、でもごめんねー」
蒼馬は菖蒲の言葉を遮ると、穏やかな笑みを浮かべて背後を指さした。
そこには朽ち果てた扉がポツリと立ち竦んでいた。
そして菖蒲は理解する。
いつの間にか自分が遊園地の中にいたことを。
ザラザラ……と音がして、背後の扉が崩れ去るのを見た菖蒲は、顔を両手で覆って思わず悲鳴をあげた。
「ぎゃあぁああああ……⁉ 蒼馬さん……⁉ 扉がぁあああ……⁉」
「だからゴメンって言ったでしょ? 出口、無くなっちゃった♪」
「ノォォオオオオオオオ……!!!!!!!!」
菖蒲の絶叫は錆びた鉄と臓物の臭いを乗せた風にさらわれて赤茶けた空に昇っていった。




