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雪は嘉月を俟って散る。  作者: 不知火螢


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 そうして、春がやってきました。

 まだ雪は残っていますが、雪が降るよりも晴れている時間の方が長くなってきたのです。


「いやー、今年の冬は長かったな。あの化け物め、とっとと眠りにつけばいいものを!」

「しっ、まだ雪が残っているから、まだ起きている可能性がある。言葉には気をつけろ」

「おっと……ったく、なんだって俺たちがこんな目に合わなくちゃいけねぇんだ……お、あんた、怪我はもう大丈夫かい?」


 春になって雪がやむと、閉じこもっていた村の人たちが徐々に家から出てきました。

 カゲツに気付いた一人の村人が気安く声をかけ、カゲツもそれに応えるように手を上げます。


「あぁ、冬の間にすっかり良くなったよ。ところで、この村に住むには誰の許可を得ればいいのかな?」

「村長に一声かければそれでいいとは思うが、あんたここに住むのかい? 旅の途中だったんじゃ」

「あぁ、そうだったんだけどね。大切な子ができたんだ」

「……大切な子?」

「うん、そうなんだ」


 カゲツはにっこりと笑いました。


「……それは、この村の子かい? でも、この村の人間は冬の間は……まさか」

「ん? どうかしたのかい?」

「……いや、なんでもない。すまない、ちょっと用ができたんだ」


 そう言って足早に駆けていく村人の背中を見送って、カゲツは首を傾げます。


「どうかしたんだろうか。ま、いいか。さて、セツとは今日はどんな話ができるかな」


 そう、カゲツはウキウキといつもの木の下まで行きました。しかし、そこにセツはいませんでした。

 どうしたんだろう、そう思って首を傾げていると、一羽のウサギがやってきました。


「あれ、いつもセツと一緒にいるウサギだ」


 ピョコピョコとカゲツの元までやってきたウサギは、少し離れてはカゲツを振り返り、また少し進んでは振り返り、を繰り返します。

 それはまるで、ついて来いと言っているようでした。

 カゲツがウサギの後をついていくと、一軒のあばら家を見つけました。セツの家です。


「……カゲツ?」

「セツ! セツ、まさか、ここはセツの家?」

「そう、だけど、君が呼んだの?」

『セツ、村の人間が外に出だしたよ。このままじゃぁ、カゲツが危険だ。早く村を出るように言わないと!』

「え、村の人たちが? ……でも、カゲツはこの村に住むって……」

『セツ、セツは知らないけれど、セツの父親はこの村の人間に殺されたんだ! 主様と心を通わせてセツが生まれたのに、主様のことを理解しないこの村の人間が、セツの父親を雪女に通じた裏切り者だとか言い出して、殺したんだ、この村の人間が!』

「え、おっとぉが……!?」

「セツ、さっきからどうかしたんだい? まさか、ウサギと話ができる、とか?」


 ウサギの言葉は、山の主、雪女の娘であるセツにしか聞こえません。

 そして、そのウサギから聞かされた話に、セツは驚いてカゲツの言葉も耳に入りませんでした。


「……セツ?」

「……カゲツ、早く、この村を出て」

「え?」

「早く、カゲツのためなんだ。お願い、早くこの村を出て……!」


 きっと、このままセツとカゲツのことが村の人に知られては、カゲツに危険が及ぶでしょう。そう判断したセツは、カゲツに村を出るように言いました。

 しかし、突然村を出ろと言われても、カゲツはすっかりこの村に住むつもりだったので、はいそうですか、とは言えません。

 ただ、あまりにもセツが真剣な顔をしていたので、とりあえず「わかったよ」と返事をして村へと戻っていきました。


 カゲツの返事を聞いてセツは安心しました。あぁ、よかった、これでカゲツは無事だ。カゲツが死ぬことはないんだ、と。

 ところが、カゲツは本当に村を出るつもりはありません。セツの様子がおかしかったら、ひとまず今日は戻って、明日、改めて話を聞こうと思っていたのです。


 このすれ違いは、セツはカゲツ以外の人とはまともに接したことがないため、カゲツはそんなセツの状況を知らないために起こったものです。


 ――この悲しいすれ違いが、すべての原因だったのでしょう。



『セツ、大変だ! カゲツが、カゲツが村の人に襲われた!!』

「な、なんで? だって、すぐに、村を出るって!!」

『出て行かなかったんだ! 明日、セツともう一度話をするつもりだったみたいだ!』


 セツは急いで村へと向かいました。カゲツの無事だけを祈りながら。

 しかし、村へとついたセツが見たものは、血まみれで倒れているカゲツの姿でした。


「カゲツ!」

「セ、セツ……」

「おい、やばいぞ、化け物の娘が来た」

「ふん、あれはまだ雪女の力はない、ただの寒さに強いだけの小娘だ。問題ない……何だ?」


 まだ雪は残っていようとも、最近では雪が降ることはなかったのに、チラチラと雪が降り始めました。


「お、おい、まさか……」

「だから俺はやめようって言ったんだよ」

「最初に言い出したのはお前だろう!?」


 チラチラと降る雪に、村の人たちは怯えだします。それは、かつてセツの父親を殺した時と同じ光景だったからです。


「なんで? なんで、放っておいてくれないの? カゲツが何をしたの? おっとぉが、何をしたの? ねぇ、なんで?」


 ゆっくり、ゆっくりとセツが足を進めるたびに、雪の降る量は多くなり、風も強くなりました。

 それは、まさしく雪女としての力でした。


「だめだセツ! 僕は大丈夫だから!!」

『セツ、だめだよセツ、このままじゃセツは人として生きれなくなってしまうよ!!』


 しかし、怒りに支配されてしまったセツにはカゲツの声もウサギの声も届きません。 

 

「悪かった、俺たちが悪かった!! だから頼む、命だけは――」

「みんな、みんなだいきらいー!」


 それが、村人の最後の言葉となりました。

 人も、家も。村のすべてが氷に包まれ、カゲツとウサギ以外の生きている人は村にはいません。

 

「セツ……」

「……ごめんね、カゲツ。一緒に居られて、幸せだったよ」


 そう、氷の涙を流しながらセツは山へと姿を消しました。

 こうして、「幸せ」を知った悲しい雪女が一人、誕生したのです。


「あぁ、セツ、私とあの人の愛しい子。可哀想に、こんなに泣いて」

「おっかぁ……」


 山へと姿を消したセツを待っていたのは、もうじき眠りにつくセツの母でした。


「あぁ、やはりあの時、村の人間を一人残らずに凍らしておくべきでした。可哀想に、さぁ、いらっしゃい、私とあの人の愛しい子。そして、希望を胸に、ともに眠りにつきましょう」

「……希望?」

「えぇ、あの若者はあの人と違ってまだ生きています。次の冬が来たとき、まだあの若者が村に住んでいたのならば、再会できるでしょう」

「……居て、くれるかな?」

「それはわかりません。ですから、希望を胸に、眠るのです。さぁ、おやすみなさい、愛しい子」

「……おやすみなさい、おっかぁ」


 ――おやすみ、カゲツ。








「すまない、少し足を怪我してしまったのだが、このあたりに休めるところはあるだろうか?」

「あぁ、空き家ならここから少し行ったところに廃村があるから好きに使うといいよ。ただし、このあたりは冬には雪と氷で包まれてしまうから、少しでも動けるのなら先に行った方がいいかもしれない」

「廃村? 民家は、ここだけってことかい?」

「あぁ。このあたりに住んでいるのは僕一人かな」

「なんだったって、こんなところに一人で?」

「……とても大切な子に会うため、かな」

「大切な子?」

「そう、冬にしか会えない、大切な子がいるんだ」

「ふーん……でもそうか。じゃあ、先に行こうかな。雪が降るまではまだ少しあるだろうし。すまない、じゃましたね」

「いや、大丈夫だよ。僕は早く雪が降ることを祈っているけれど、このあたりは本当に雪に囲まれてしまうから」




 ――冬は好きだ。だって、あの子が帰ってくるから。

 ――春は嫌いだ。だって、あの子を僕から奪ってしまうから。



「ね、だから早く帰っておいで、セツ」





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