弐
一方その頃、セツは久しぶりに降る雪に大喜びです。
「雪だ、雪だ! 冬が来たんだ!!」
『いけないよ、セツ。早く家の中に入らないと。そんな恰好でいるところを誰かに見られたらどうするんだい?』
「大丈夫、雪が降り始めたら村の人たちはみーんな家の中に閉じこもるんだ。晴れの日にしか外に出ないし、例え晴れていても滅多なことじゃ家からでやしない。だから、誰かに見られることなんてないよ!」
『セツ、お願いだから家に入っておくれ。今、この村にはよそ者が……』
「君が、村の人が言っていた雪女かい?」
「え?」
突然、聞こえるはずのない人間の声に驚き、セツは振り返りました。するとそこには、先日から村に滞在している若者の姿がありました。
見たことのない人間の姿に、セツは驚いて目を見開きます。
「こんなに寒いのにそんな着物一枚で外にいるなんて!」
「え、あ、えぇっと……っ」
「あ、待って!」
とても驚いたセツは、そのまま逃げるように走り出しました。若者は、後を追おうとしましたが、足を怪我しているためそのままセツを見送ることしかできません。
セツはそのまま走って家に入ると、一つ大きく深呼吸をしました。
「び、びっくりしたー」
胸がドキドキとうるさくなっていたので、セツはもう一度、大きく深呼吸をして、ようやく少しだけ落ち着くことができました。
『だから言っただろう? 今、この村にはよそ者のあの男がいるんだ。いつも以上に、気をつけなくちゃいけないよ?』
「う、うん……でも、あの人……」
『どうかしたのかい?』
「……ううん、なんでもない」
ウサギの問いかけに、セツはふるふると首を振りました。
なんだかよくわからないけれど、なんだか不思議な感じがしたけれど、セツはその不思議な感じを言葉にすることができませんでした。
もどかしい想いを抱えながら、にこりと笑ってから、もう一度ウサギに言いました。
「なんでもないよ」
と。
「やぁ、また会ったね」
次の日、セツは昨日のように家の外に出ていました。今日は昨日よりも雪が降っていて、昨日の若者も外には出てこないだろうと思ったのです。
ところが、そんなセツの考えとは裏腹に、若者は昨日二人がであった場所の近くで待っていました。
大変驚いたセツはまたもや走って逃げました。
次の日も、またその次の日も、若者はセツを待つように、二人が出会った木の下で佇んでいます。
どうして、あの人はずっとあそこにいるんだろう? そんな疑問を抱いたセツは、ついに、勇気を出して、すぐに走って逃げるのをやめました。少し距離を開けて若者を観察することにしたのです。
「……」
「あ、今日は逃げないの?」
少し離れたところにある木に隠れているセツの姿を見つけた若者は、にっこりと笑い、セツにゆっくりと近づきます。しかし、若者が近づくとその分セツは逃げ、若者が歩くのをやめるとセツも逃げるのをやめました。
そこで若者は、セツが逃げない距離を探るように、そっと足を止めました。
「僕はカゲツ。君の名前は? 聞いてもいい?」
「………………」
若者はカゲツ、と名乗りセツに名前を聞こうとしましたが、セツはそのままカゲツをじぃー、と見つめるだけで全く動こうとはしません。
それでもカゲツは、にこにこと笑ったまま、話を続けます。
「この村はとても寒いね。山が近いせいかな? 雪も多くって、確かにこの足では途中で立ち往生していたよ」
「…………」
「この山には雪女が住んでいるというから、そのせいで雪も多いのかな?」
カゲツはセツが一言も喋らなくても話しかけ続けていましたが、セツは雪女の話題になると急に走り出していきました。
足を怪我しているカゲツは、やはり追いかけることはできません。
次の日、昨日よりも雪は激しく降っていましたが、カゲツはいつも同じように木の下でセツを待っていました。
流石に今日は来ないかな、と思っていたカゲツは、セツの姿を見つけて驚きに目を見開きました。そしてすぐに、嬉しくてニッコリと笑いました。
そして、セツも同じく今日はいないだろうと思っていたのに、いつもの木の下でカゲツの姿を見つけて大変驚きました。
「よかった。昨日、怒らせてしまったと思ったから、今日は来てくれないと思ったよ。ほら、雪もこんなに降っているし」
「……んで」
「ん?」
「なんで……いるの? 雪、こんなに降ってるのに。村の人は、雪の日は何があっても絶対、外に出ない、のに」
「なんでって、君に会いたかったから。迷惑だった?」
カゲツの言葉に、セツは考え込むように下を向いてしまいました。
迷惑だったのか。セツは自分に問いかけます。
ゆっくりと顔を上げてからふるふる、と首を振りました。そもそも、迷惑だったらセツもここには来ていないのです。
「……セツ」
「え?」
「セツ」
なんだろう? とカゲツは一度首を傾げましたが、それがすぐに名前であることに気付きました。
「そっか、君はセツというんだね。素敵な名前だ!」
ずっと知りたかった女の子の名前を知ることができて、カゲツは嬉しそうに笑いました。
そのカゲツの笑顔を見て、セツはなぜか、とくん、という心臓の音を聞いた気がしました。
その日、初めてセツとカゲツは話をしました。その距離は開いたままでしたが、セツにとっては大きな進歩となった日でした。
ところが、家に帰るとウサギが待っていて、セツに言いました。
『セツ、あの男は危険だよ。もう、近づかないほうがいいよ』
「でもね、なんか、気になるんだよ。どうしてかな?」
『……セツ。あの男は、セツとは違う。春になればこの村を出て行ってしまうんだよ。近付き過ぎてはいけないよ?』
「……うん、わかってるよ」
セツは、悲しそうに笑ってそう言いました。
それでもセツは次の日も、その次の日も、カゲツと色々な話をして、その距離を少しずつ近くしていきました。会う約束をしているわけではなかったけれど、いつも同じ木の下で二人は話をしていました。
――冬が終われば、カゲツはいなくなる。それを理解していても、セツはカゲツに会いに行くのが止められませんでした。
『セツ』
「わかってる、わかってる! でもね、だって、カゲツは初めて、優しくしてくれた!」
『セツ……』
ウサギは、困ったような、寂しそうな、そんな表情でセツの家を後にしました。




