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雪は嘉月を俟って散る。  作者: 不知火螢


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1/4

 ――冬は好き。だって、世界が優しくなる。

 ――春は嫌い。だって、世界から嫌われる。


 道を歩けば石を投げられる。

 立ち止まれば殴られる。

 家にいれば怒鳴られる。


 この村のどこにも居場所がないことを分かっていても、他に行くあてのないセツは、どうして自分が嫌われているのかも分からないまま、村の外れに一人で住んでいました。

 家と呼ぶのも憚られるようなあばら家に、セツはいつも一人きり。それでもセツは寂しくはありませんでした。何故なら、山の動物たちが遊びに来てくれるからです。


 ある冬の日の朝、ウサギがセツを訪ねて来て言いました。


『おはよう、セツ。今日はとても寒くなりそうだ、吹雪になるかもしれない。決して外に出てはいけないよ?』

「どうして? オラ、寒いのは平気だよ?」

『セツは大丈夫でも、他の人間はそうじゃないんだ。平気な顔して外を歩いているところを見られでもしたら大変だろう? 春になったら前よりももっと、酷いことをされてしまうかもしれない。そんなの、セツも嫌だろう?』


 ウサギの言葉にセツはこくりと頷きましたが、「でもね」とセツは言葉を続けます。


「冬の間はみんな優しいよ? 石も投げられないし、立っていても殴られない。みんな、とっても優しくなるんだ」


 セツに優しくない村の人たちは、何故か冬の間だけ、セツには何もしないのです。だから、セツは冬が大好きでした。

 しかし、ウサギは悲しそうに首を振りました。


『違うよ、セツ。本当に優しい人間は、石を投げたりしないし、殴ったりもしない。うるさく怒鳴ったりしないし、そもそも一人暮らしの子供を村中で放っておいたりしないんだよ』


 そうなの? とセツはこてりと首を傾げました。

 そんなセツに、ウサギはますます、悲しそうに言いました。


『……セツ、今の暮らしは幸せかい?』

「幸せって、何?」


 幸せが分からない。そんなセツの言葉にウサギはついに、大粒の涙をこぼしました。


『主様は、一体何時まで、セツをこのままにしておくおつもりなんだろう』


 ウサギの小さな小さな呟きは、雪に溶けてセツに届くことはありませんでした。




 月日が経ち、幼い子供だったセツも大人と呼べる年頃になりました。大人になっても、村の人たちの態度は変わりません。それでも、セツは村の外れに一人で暮らしていました。

 ある日、村に怪我をした一人の若者が運ばれてきました。旅人が、途中で怪我をしてしまったようです。


「すっかり腫れているね。もう間もなく山の主が目を覚ます。そうなると、その足では立ち行くまい。この冬の間はこの村でじっくりと養生するといい」

「それはありがたい。しかし、山の主とは?」

「……あの山には雪女が住んでいてね。冬の間、この村は雪で完全に閉ざされてしまうのだ」


 若者は驚いて目を丸くしました。


「雪女! それは珍しい。是非とも一目会いたいものだな!」

「何を馬鹿なことを! 雪女に魅入られでもしたらどうするんだ! 氷漬けにされてしまうぞ!?」

「そんなことがあるのかい?」

「あぁ、過去にこの村の男が実際に雪女に魅入られて、それで」

「おい!」


 村人が何かを言いかけて、それを別の村人が止めました。


「それで、何かあったんですか? まさか、実際に氷漬けにされたとか!?」

「……いや、氷漬けにはされんかった」

「氷漬けには? その人はまだ、生きているのですか?」

「……いいや、死んだ。もう何年も前にだ。さぁ、これで分かっただろう、死にたくなくば、決して山には関わらんことだ」


 村人はそう言って、話を無理やり終わらせてしまいました。

 若者はどうしても雪女の話が気になって続きを聞きたいのに、これ以上は話を聞かせてもらえそうにはありません。

 実はこの村、かつて山の主と関わって怒りを買い、村の半分を失ったことがありました。それ以来、この村にとって山と必要以上に関わるのは禁忌となり、山の主が起きている間は、決して山には入ってはならない、という掟が作られたのでした。

 こうして春までの間、若者はこの村に留まることとなりました。山には決して入らない、という約束をして。

 しかし、人というのは自らの好奇心を上手く抑えることができません。若者は機会があったら山に入ろうと、密かに心に決めて「わかったよ」と村人たちに答えました。

 そして、若者が村に来て一週間ほどたったころ、ついに雪が降り始めました。

 しんしんと降り積もる雪は止む気配もなく、村の人々は家に閉じこもって外に出てくることはなくなりました。

 若者はこれ幸いと山の方へと歩いて行きました。


「行くなと言われたら余計に行きたくなるのが、人間の性ってもんさね」




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