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喫茶エイト  作者: 西園寺ゴリラ
第1章 狐
6/8

6話 憑依


——変なことが起き始めたのは、その頃からだった。


最初は、ただの偶然だと思った。


美咲とふたりで会うことが増えた。

そして逆に、拓海と栞と顔を合わせることは減っていった。


透は気にしないようにしていた。


気にすればするほど、空気が壊れていく気がしたし

壊れていくものを自分の手で確かめるのが怖かった。


そんなとき、美咲は決まって“都合よく”現れた。


「透、今日空いてる?」

「今から行ける? ちょっとだけでも」


——助かる。ありがたい。

透はそう思った。


救われている、とも。


なのに。


その“救われているはずの毎日”に

少しずつ、ズレが混ざり始める。


◇ ◇ ◇


ある日のことだ。


「今日、駅前の店でパスタ食べよ。予約しといた」


美咲がそう言った。


透も頷いた。スマホで店名も見た。確かに予約完了画面も見た。


それなのに。


夕方になって店に行くと、店員が首を傾げた。


「ご予約…入ってないですね」


「え?」


透は固まった。


「いや、予約しました。……ほら、これ」


履歴を見せようとして、スマホを開く。

しかし、そこには何も残っていなかった。


予約完了のメールも通知も履歴も。


最初から存在しなかったみたいに、綺麗さっぱり消えていた。


「ごめん、私がミスったのかも〜」


美咲が笑って流した。


笑って流されたから、透も笑って流した。


——そういうこともある。

予約って、うまくいかないときもある。


そう納得しようとした。


けれど。


納得しようとしている自分の胸の奥に

小さな針みたいな違和感が残った。


◇ ◇ ◇


似たことが続いた。


美咲と約束していた日に限って、連絡が途切れる。


「ごめん、寝てた!」

「ごめん、今気づいた!」

「ごめん、通知来てなかった!」


美咲が謝るたび、透は「大丈夫」と返した。


本当に大丈夫だった。

少なくとも、美咲を疑う理由なんてなかった。


それなのに。


透のスマホからは、メッセージの一部が消えることがあった。


“既読”がつくはずの時間に、つかない。

送ったはずの文章が、送信されていない。


逆に、押した覚えのないスタンプが送られていたりする。


——指が当たっただけか。


自分に言い聞かせた。

でも、その“言い聞かせ”が追いつかない速度で、ズレは増えた。


◇ ◇ ◇


極めつけは、履修登録だった。


春学期の授業。

透は、美咲と同じ授業を取ったはずだった。


同じ教室。

同じ教授。

同じ時間。


一緒に受けよう、と話して

そのためにわざわざ空きコマも合わせた。


なのに。


ある日、教室の前で立ち尽くした。


履修一覧から、その授業が消えている。


「……は?」


透はその場でスマホを何度も更新する。

何度ログインし直しても、ない。


履修登録をした形跡が、ない。


まるで最初から

透だけが“その授業を取っていなかった”かのように。


美咲に連絡すると、返事はすぐ来た。


『え? 透も取ったよね?』

『おかしくない?』


美咲の履修画面には、その授業が存在していた。


透の画面にだけ、ない。


ありえない。


——いや、あるのか。


システムの不具合。

ログインのミス。

登録確定を忘れたとか。


理由を探そうとするほど、頭が冷えていく。


その冷え方が、嫌だった。

冷えるたびに、心臓が強く鳴る。



そして、SNSもおかしくなった。


美咲のフォローが外れている。


拓海のフォローが外れている。


友人のアカウントが勝手にブロックされている。


気づけば、グループで繋がっていたはずの“輪”が

少しずつ、削られていた。


削られる、というより——


“切り取られていく”感じだ。


社会から。


自分だけ。


少しずつ。


◇ ◇ ◇


その頃から、視界の端に影が走るようになった。


黒い、細い影。


人の足元をすり抜けるような動き。

でも、目を向けると何もいない。


猫かと思った。

この辺りは野良も多い。


けれど、それは猫にしては妙だった。


影は、いつも透から少し離れた場所を走る。

決して近づいてこない。


そして、誰も気づかない。


透だけが、気づく。


透だけが、追ってしまう。


◇ ◇ ◇


夜。夢を見るようになった。


明確な映像ではない。


ただ、匂いがある。


土と、草と、湿った風。


それから——

あたたかい毛。


気配だけで、胸の奥が締めつけられる。


懐かしい、と感じた。


でも同時に、怖かった。


「……なんだよ、これ」


目を覚ますと、枕元が妙に冷えている。

窓が開いているわけでもないのに。


寝汗のはずなのに、背中がぞくりとした。


◇ ◇ ◇


透は、思い出してしまった。


昔、祖母が言っていた言葉。


「狐には気をつけなさい」

「狐は恩も返すけど、執着もする」

「優しい子ほど、憑かれるんよ」


——憑かれる。


その言葉が、頭の中で音を立てた。


透はスマホで調べた。


狐憑き。

憑き物。

憑き物筋。


学術的には迷信。

精神医学的には錯覚やストレス反応。

でも地方の伝承では“ある”とされている現象。


そして、そこに並んでいたのは

“孤立”や“排除”や“家系”といった言葉だった。


透はスマホの光の中で、ひとり呟いた。


「……俺、憑かれてる?」


その呟きが、部屋の壁に吸われた瞬間。


視界の隅で、何かが揺れた。


黒い影が、じっとこちらを見ているような気がした。


透は息を止める。


そして、次の瞬間。


影は、すっと消えた。


まるで——

「気づくな」と言うみたいに。

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