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喫茶エイト  作者: 西園寺ゴリラ
第1章 狐
5/8

5話 歪み

——変化が現れたのは、この頃からだった。


いつものように、うどんを注文して学食の席につく。

いつもの四人。いつもの光景。


「次のコマのテスト、全然勉強できてねぇわ。どうしよう」


大野がうどんを啜りながら言った。

不安半分、諦め半分みたいな顔。


「先輩に聞いたら、あれノー勉でも余裕らしいよ」


後藤が、安心させるように笑う。


「まじか! よかったー」


大野が大げさに胸を撫で下ろす。

その横で高瀬はずっとスマホをいじっていた。最近あまり会話に入ってこない。


「そもそも予習復習してれば、簡単じゃね?」


透が何気なく言うと、大野がぴくりと眉を動かした。


「俺はお前みたいな優等生じゃねぇんだよ」


吐き捨てるような声。目も合わせない。

透は言葉の続きを飲み込む。


沈黙が、席の上に落ちた。

いつもの騒がしい学食の音だけが、不自然に聞こえる。


「じゃ、私先行くわ」


高瀬がサッと席を立つ。

それに続くように、大野も立ち上がった。


「美咲も来いよ」


「うーん。私はもう少しゆっくりしてから行く」


「そっか」


二人はそのまま教室へ向かっていった。


——居心地が悪い。

最近は、こういうことが多い。


透は空になった器を見つめた。

何かしたのか。傷つけたのか。

理由がわからないまま、置いていかれる。


「透。大丈夫?」


後藤の声で、はっとする。


「……最近、二人とちゃんと話せてない気がする」


「そう? 気にしすぎじゃない?」


後藤は不思議そうに首を傾げた。


「拓海も栞も、色々あるんだと思うよ。学生生活が全部じゃないし」

「しんどいことがあって、少し参ってるだけかもしれない」


優しい声で、丁寧に。


「悩みを打ち明けてくれたときに、相談に乗ってあげればいいと思う」

「相手が嫌がってるところに踏み込むのは失礼だし、無粋だからね」


なるほど。確かにそうだ。


後藤はいつも明るくて、何も考えていないように見える。

けれど、たまにこういうことを言う。自分よりずっと大人に見えた。


「何その意外そうな顔」


後藤が少しだけ不貞腐れて、こちらを見る。


「私だって色々考えてるんだからね!」


「いや、知ってる。悪い悪い」


透は自然と口元を緩めた。



◇ ◇ ◇


透は現状維持を選んだ。


人間関係の歪みというものは、決まって厄介だ。

対処療法で済むこともあるし、真正面から処理しなければ致命傷になることもある。


けれど大抵は、そのどちらも難しい。

「話せば分かる」ほど単純じゃない。

「放っておけば治る」ほど優しくもない。


透は、“時間が解決する”という選択をした。


そして歪みは、静かに広がっていった。


あれからしばらくして、四人での会話はなくなった。

会うこと自体が、なくなった。


透が大野や高瀬に声をかけようとすると、避けられる。

あるいは、無視される。


それだけじゃない。

大野や高瀬以外の、仲が良かった友人たちからも避けられるようになった。


——なんなんだ。俺が何をした。


自問自答だけが、頭の中で繰り返される。


そんな中で後藤だけは、常にそばにいた。


「大丈夫? 最近元気ないね」

「二コマ空いてるよね? カラオケでも行こう!」


心配そうに、柔らかい雰囲気で話しかけてくれる。


——美咲には、感謝しかない。


「そうするか。ぐだぐだ悩んでてもしょうがないし」


「うん! そうそう! 行こ!」


美咲はカラオケがあまり好きじゃない。

それでも誘ってくれるのは、透がカラオケ好きだと知っているからだろう。


本当にいいやつだ。


透は不満をぶちまけるようにマイク越しに声を出し、美咲は笑顔で盛り上げる。

ふたりだけの空気が、妙に心地よかった。


そして歪みは、思ってもみない方向へ波及していく。

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