5話 歪み
——変化が現れたのは、この頃からだった。
いつものように、うどんを注文して学食の席につく。
いつもの四人。いつもの光景。
「次のコマのテスト、全然勉強できてねぇわ。どうしよう」
大野がうどんを啜りながら言った。
不安半分、諦め半分みたいな顔。
「先輩に聞いたら、あれノー勉でも余裕らしいよ」
後藤が、安心させるように笑う。
「まじか! よかったー」
大野が大げさに胸を撫で下ろす。
その横で高瀬はずっとスマホをいじっていた。最近あまり会話に入ってこない。
「そもそも予習復習してれば、簡単じゃね?」
透が何気なく言うと、大野がぴくりと眉を動かした。
「俺はお前みたいな優等生じゃねぇんだよ」
吐き捨てるような声。目も合わせない。
透は言葉の続きを飲み込む。
沈黙が、席の上に落ちた。
いつもの騒がしい学食の音だけが、不自然に聞こえる。
「じゃ、私先行くわ」
高瀬がサッと席を立つ。
それに続くように、大野も立ち上がった。
「美咲も来いよ」
「うーん。私はもう少しゆっくりしてから行く」
「そっか」
二人はそのまま教室へ向かっていった。
——居心地が悪い。
最近は、こういうことが多い。
透は空になった器を見つめた。
何かしたのか。傷つけたのか。
理由がわからないまま、置いていかれる。
「透。大丈夫?」
後藤の声で、はっとする。
「……最近、二人とちゃんと話せてない気がする」
「そう? 気にしすぎじゃない?」
後藤は不思議そうに首を傾げた。
「拓海も栞も、色々あるんだと思うよ。学生生活が全部じゃないし」
「しんどいことがあって、少し参ってるだけかもしれない」
優しい声で、丁寧に。
「悩みを打ち明けてくれたときに、相談に乗ってあげればいいと思う」
「相手が嫌がってるところに踏み込むのは失礼だし、無粋だからね」
なるほど。確かにそうだ。
後藤はいつも明るくて、何も考えていないように見える。
けれど、たまにこういうことを言う。自分よりずっと大人に見えた。
「何その意外そうな顔」
後藤が少しだけ不貞腐れて、こちらを見る。
「私だって色々考えてるんだからね!」
「いや、知ってる。悪い悪い」
透は自然と口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
透は現状維持を選んだ。
人間関係の歪みというものは、決まって厄介だ。
対処療法で済むこともあるし、真正面から処理しなければ致命傷になることもある。
けれど大抵は、そのどちらも難しい。
「話せば分かる」ほど単純じゃない。
「放っておけば治る」ほど優しくもない。
透は、“時間が解決する”という選択をした。
そして歪みは、静かに広がっていった。
あれからしばらくして、四人での会話はなくなった。
会うこと自体が、なくなった。
透が大野や高瀬に声をかけようとすると、避けられる。
あるいは、無視される。
それだけじゃない。
大野や高瀬以外の、仲が良かった友人たちからも避けられるようになった。
——なんなんだ。俺が何をした。
自問自答だけが、頭の中で繰り返される。
そんな中で後藤だけは、常にそばにいた。
「大丈夫? 最近元気ないね」
「二コマ空いてるよね? カラオケでも行こう!」
心配そうに、柔らかい雰囲気で話しかけてくれる。
——美咲には、感謝しかない。
「そうするか。ぐだぐだ悩んでてもしょうがないし」
「うん! そうそう! 行こ!」
美咲はカラオケがあまり好きじゃない。
それでも誘ってくれるのは、透がカラオケ好きだと知っているからだろう。
本当にいいやつだ。
透は不満をぶちまけるようにマイク越しに声を出し、美咲は笑顔で盛り上げる。
ふたりだけの空気が、妙に心地よかった。
そして歪みは、思ってもみない方向へ波及していく。




