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喫茶エイト  作者: 西園寺ゴリラ
第1章 狐
4/8

4話 帰り道

それが起きたのは、一ヶ月くらい前のことだった。


放課後。

講義が終わって、四人で帰るはずだった日だ。


大野はサークルがあると言って先に帰った。

高瀬もレポートがあるから図書館に寄ると、手を振って別れた。


「じゃあ、透もまたね」


高瀬の背中が人波に紛れていく。

残ったのは透と後藤だけだった。


二人きりになるのは、初めてじゃない。

学食でも帰り道でも、いつも自然にそうなる瞬間はあった。


でもこの日は、空気が違った。


校門を出たあたりで、後藤が歩幅を落とした。

いつもならくだらない話が始まるのに、今日はそれがない。


春の夕方はまだ少し冷える。

制服の袖が手の甲に触れて、透は無意識に指を握った。


「……ねえ、透」


後藤が呼ぶ。

いつもみたいに軽い声だ。けれど、どこか硬い。


透は立ち止まった。

後藤も止まる。


街の音が遠くに感じた。

遠くで自転車のベルが鳴った気がした。


「なに?」


「ちょっとさ、言いたいことがあって」


後藤は笑っていた。

笑っているのに、目が笑っていない。


透の胸の奥が嫌な予感でざわついた。

名前のつかない違和感。けれど、それが何かは分からない。


「透ってさ」


後藤は、言葉を選んでいるみたいに間を取った。


「ほんと優しいじゃん」


「……またそれ?」


透は笑って返そうとした。

いつもならそうできた。


でも後藤は笑わなかった。


「ううん、そうじゃなくて」


その一言で、透の背筋が少し伸びる。

体が勝手に警戒する。


「私ね、透のこと好き」


言い切った。


「ずっと」


後藤は笑った。

今度はちゃんと、いつもみたいに。


なのに透は、動けなかった。


胸が熱い。

頭の中が白くなる。

口の中だけが乾く。


「……え」


「驚くよね」


後藤は肩をすくめる。


「でも、言いたかった。言わないと多分ずっと後悔するし」


透は息を吸う。

ゆっくり吐く。


美咲は好きだ。

それは間違いない。


一緒にいると楽しい。

空気が軽くなる。

自分が少しだけちゃんとした人間になれる気がする。


でもそれは、恋愛の好きなのか。


透は分からなかった。


それよりも先に頭に浮かんだのは、四人の顔だった。


大野の笑い声。

高瀬の淡々としたツッコミ。

そして後藤のうなずき。


この居場所を壊したくない。


その気持ちが、強すぎた。


「……ごめん」


声がかすれた。


透は自分でも驚くほど素直に言っていた。

そしてその言葉が相手を傷つけると分かっているのに止められなかった。


「美咲のこと、大事だよ」


後藤の表情が一瞬だけ止まる。

けれど、それはまばたきの一瞬みたいにすぐ消える。


「でも、そういう意味で見られない」


透は目を逸らした。

相手の顔を見て言えるほど、強くなかった。


「……そっか」


後藤は笑った。

笑って引いた。


「うん、分かった」


あまりにもあっさりしていた。


「ごめんね。変なこと言って」


「いや……」


「いいよ。全然」


後藤は手を振るように軽く言った。


「透が悪いわけじゃないし。今の関係、壊したくないしさ」


透の胸がきゅっと痛くなる。


ごめん。

申し訳ない。

でも助かった。


自分勝手な感情が混ざって、透はどう返せばいいか分からなくなる。


「……ありがとう」


透が言うと、後藤は笑った。


「なにそれ。ふふ」


その笑顔は、完璧だった。


いつも通りの後藤美咲。

誰にでも好かれる、輪の中心の彼女。


そのはずなのに。


透はなぜか、その笑顔が怖かった。


ほんの一瞬だけ。

彼女の目が、深く暗い場所を見ている気がした。


「帰ろっか」


後藤がそう言う。


透はうなずいて、また歩き出す。


並んで歩く距離は、昨日と同じはずなのに。

足元だけが少し頼りなく感じた。


——この日を境に、何かがズレ始めた。


そのことに透はまだ気づいていなかった。

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