デモンロリムへの進化
勢いのまま駆け出した。後悔はなかった。
そんな俺を後押しするように、身体が疼き出す。
───《進化を開始します》
視界が裏返るような、俺の根底がひっくり返るような感覚。
溶けかけていた身体が一気に引き締まり、粘液だった感触が“肉”へと変わっていくのが分かる。痛みはない。
あるのはそう、充足感だ。
身体の構造が変わったように高くなった視線で、蛾の害獣へ目掛け突進。思いきりパンチをすれば、軽く後方へ吹っ飛んでいき、背後の壁へと叩き付けられる。
その光景を眺めながら、自身の色素の薄い体が徐々に人型へ変わるのを感じた。
(もしかして、進化してるのか?)
いや、そんなまさか。
だって敵を倒すのはおろか契約すらしてないんだ。さすがに進化できるわけがない。
そう思っていたのだが、突如として俺の周りに光の膜が出現。驚いた俺を覆うように取り囲み始めた。
やがて───。
「きゅ、きゅっきゅ〜〜〜!?」
(し、進化した〜〜〜!?)
進化できちゃった。
もう一度言おう、なんか進化できちゃった。
膜をバリッと勢いよく剥がせば、そこには懐かしの手と足が生えている。
……いや、どゆこと?
なんかここでいい感じに進化してくれないかなー、なんて思ってたが本当に進化すると思わないですやん。
しかもどうやら、身長的に“エンジェロリム”に進化出来たっぽいし。
エンジェロリムの格好は、法衣を着たお清楚なロリである。いつの間に進化条件を満たしていたのか分からないが、進化できたのなら問題ないな。
元おっさんのロリというややこしい奴の誕生だ!
こんなロリっ子を生み出した製作者は、ロリは清楚であるからこそえっちであるとか宣っていた変態だが、なるほどこの服はなかなか……ん?ちょっと待て。
なんかこの服、黒っぽくね?
あとスースーするというか、お清楚のカケラもない黒い服装というか、なんか進化先違う気がするんだが。
胸元も布一枚巻かれてるだけだし、へそも脇も太腿も丸見えだ。
清楚というより、どちらかというとメスガキ臭がする格好に、俺は思わず立ちすくんでしまった。
「……きゅきゅ」
ま、まぁ考えても仕方ないか。
姿形は後で見ればいいし、今はあの蛾の害獣を倒す事が先決だ。
何よりご主人様も見てる訳だしな。
「き、君は……」
「ワゥン?」
どうやら進化した俺の姿に見惚れているらしいヴェスティを庇うようにして前に立ち、構えをとる。
ふっ、見とれるなよ。でもしょうがないよな。
だって俺、可愛いだろ?
と、これでもかと調子に乗る俺だが、これでも前世では格闘技を嗜んでいた身だ。レベル1になった影響で動きやすい上にステータスも上がっていることだろう。
ゲームじゃないから、ステータスは視認できないんだけどな。
だが位相だけは、自分の意思で感じ取ることができる。
ステータスアップに加えて更に【溶解性粘液】が進化して【粘液操作】へ。そして新たに【触手】と【衝撃吸収】、【微再生】の3つを獲得したようだ。
それぞれ“目的位相”である【溶解性粘液】から、上位の“欲求位相”である【粘液操作】になった。他の3つは“生存位相”に分類される位相だ。
位相のランクは上から順に欲求、目的、生存の順だがまだまだ上がある。しかしレベル1で欲求位相はかなり破格だ。
俺はその力を存分に振えてしまう。
「きゅ!」
(さ、初陣だ!)
ご主人様の前でダサい格好は見せられない。
「 U U U A A A A ! ! ! 」
攻撃されて怒った蛾の害獣が、叩きつけられた壁から起き上がって鱗粉と共に襲い掛かる。スライムの頃ならいざしらず、あっさりと躱せた攻撃。
ふっふっふ、どうやら結構余裕そうだ。とはいえ、ご主人様の体調が心配だから長引かせるわけにはいかない。
ちょうど【触手】とかいう位相を獲得したみたいだし、これでコテンパンにしてやろう。
さぁ行け!触手!
「きゅっ!………ぅきゅ!?」
(おらっ!………え!?)
触手の出し方がわからず、力をえいっと込めた瞬間、太ももの周囲を何かがぐるりと縛り付ける感触がした。
驚いて下を見れば、そこには俺の太ももでとぐろを巻く触手の姿が。
俺自身から生えている訳じゃなく、どうやら俺の影から生えてきているらしい。こんな位相あったか?とゲームの知識を思い出しつつ、触手を少し撫でた。
ちょっと後悔した。
見た目が完全に──ふーん、えっちじゃん。である。
粘液でヌラヌラしてて、形状も非常によろしくない。なんならちょっと恥ずかしいぞコレ。
さすがに触手で恥ずかしがってる姿を見られたくなく、ご主人様の方を振り向けば、何故かゴクリと生唾を飲み込んでいるご主人様がいた。
なんで?
「っ……!」
「んきゅ?」
「あ、あぁいや。なんでも、な……い」
さ、さいですか?
すごく視線を感じるんだが。特に太ももに巻きついた触手やらおへそやらに……まぁ、ご主人様が気のせいって言うなら気のせいか!
前を振り向き、怯えている蛾を見据える。
(んー、どうやって攻撃しようか)
攻撃の仕方が分からず、取り敢えず触手を撫でていると太腿から離れていってくれた。
お、もしかしてイケるのでは?
その考えは正しいようで、試しにあの蛾を攻撃して欲しい!と思念を送れば、蛾の影から現れた触手が勢いよく蛾を拘束した。
逃れようと暴れているが、ビクともしない触手達。
……こ、これぶっ壊れでは?
同じレベル1同士とはいえ、ここまで拘束力強いとかほんとに生存位相か?強いに越したことは無いが、ちょっと自分の位相の強さに引く。
「うきゅっ!」
拘束されている蛾へ目掛け、【粘液操作】によって可能になった粘液をぶっかければ、ジューっと音を立てて蛾の害獣が溶けていく。
見かけは結構グロいが、害獣は数十秒ほどで完全に溶けて消えてしまった。
ふふふ、圧倒的じゃないか我が力は!
これがレベル1パワーである。そしてハッキリした。
完全に俺の想定している“エンジェロリム”とは、全く違う進化をしちゃってることに。
だが、取り敢えず今は。
「……んきゅ」
ゆっくりと後ろを振り向いて、ご主人様を見つめる。
依然としてモウガンを庇うように座り込んでいるが、そこに警戒の色は見られない。
ようやく、ようやくこうして対面できた。
モウガンとイチャイチャしてるのを見せられて、何度か脳が焼けそうになった事とか色々言いたいことはあるが。
「きゅっきゅーーー!!!!」
(会いたかったーーー!!!)
座り込んでいるご主人様に抱き着く。
身長的は俺の方が圧倒的に小さく、小学生の高学年ほどしかないが抱き着くには十分な大きさになれた。
やっとこうしてちゃんと対面できたんだ。抱き着くくらい許して欲しい。
「っ、あっ、え?」
混乱しているご主人様もしばらくフリーズしたのち、ゆっくりと抱き締め返してくれた。
はい、ヒロインレースは俺の勝ちです。お前の出番はないぞモウガンめ。
でも俺の代わりにご主人様を守ってくれたから、ちゃんと大事にするからな。俺が1番なのは譲らないけど。
モウガンの頭を触手で撫でながら、ご主人様の首元でふっと息をつく。
気付けば俺の頭に手を置かれていたが、気にせず撫でられることにした。
「私はロリコンじゃない……私はお姉さんの方が好き。うん、さすがに対象外だ。そのはず、だよね」
ん?今ご主人様なんか言った?
パッと顔を見れば、ちょっと顔を赤くした綺麗な顔が見える。
やっぱり気のせいか。
納得した俺は、再び抱き着いて安息の時間を過ごした。もちろん生存位相によって取得した【微再生】をご主人様に付与して、鱗粉の脅威を取り除くことも忘れない。
「……えっと。助けて、くれたんだよね?」
「んきゅんきゅ」
「ふふっ、そっか!ありがとうね。でも何でだろ、君と私会ったことがある気がする」
「んきゅ!」
「会ったことあるって?ふふ、だったら嬉しいな」
どうやらヴェスティは俺がスライムだと気付いてないらしい。
数分ほどハグをした後、気づいて欲しいがためにスライムへ姿を変えた俺に、非常に驚いた反応を見せたヴェスティ。
その顔がほんとに面白くて、思わず笑ってしまうのだった。




