アルマとソルガ
アルマ=メイソン。彼女は普通の一般人だ──数日前までは。
ソルガに乗って街の危機を救った内気な少女は、今では街の宣伝旗に掲げられるほどの有名人となってしまったのである。
「……ひ、ひえぇ。なんで、私の顔が……こんなに……」
通りの角を曲がった先。
ひらひらと風に揺れる布地に、どーんと描かれた自分の姿を見上げて、アルマは思わず固まった。
凛々しい横顔にマントを羽織り、背景には謎の光と爆炎。どこぞのニチアサに登場してそうなほど祭り上げられてしまっている。
──誰?
「こ、これ、誰……ですか?」
自分で自分を見失いかけたところで、通行人の会話が耳に入った。
「いやー、アルマ様は本当に勇敢だったよな!」
「あのデケェモンスター完全に制御してたらしいぜ」
「しかも眼鏡外したら、めっちゃ美少女なんだって!憧れるわよね!」
「……あ、あの……それは……」
訂正しようとして声を出した瞬間、別の方向からまた黄色い歓声が飛んできた。
「アルマちゃーん!!」
「今日もかわいいー!!」
「ひっ……!?」
条件反射で壁際に避難するアルマ。
だが、逃げ場はない。なぜなら──。
「お、本人だ!」
「本物!?近くで見ると普通なのにすげぇ!」
「普通なのがいいんだよ普通なのが!!」
普通って何!?
褒めてるの!?
貶してるの!?
『こいつらご主人のこと貶してるのか褒めてるのかわからんのニャ……』
肩に乗ったフルの意見に全力で首を縦にふりつつ、内心パニックになっていたアルマは、「ご、ごめんなさいぃ〜!」と逃げ出してしまった。
しかもこれが毎日である。
通りを行き交うモンスター達も、アルマを見つけると頭を垂れていくのだ。
小心者のアルマからすれば、それが堪らなく恥ずかしかった。
人々の視線を必死に避けながら、細い路地へ、裏道へと逃げ込む。
息が切れ、足がもつれ、頭の中は「どうしてこうなった」でいっぱいだ。
『ま、まるで獲物に群がるハイエナみたいだったニャア』
「はぁ……はぁ……も、もう無理……」
壁に手をついて立ち止まった、その瞬間。
「む、アルマよ。吾輩がアイスを喰ろうてる間にどこかに行くな。迷ったではないか」
背後から声を掛けられた。
パッ、と振り向いて声の先を確認すれば、180センチはありそうな美女がアイスを片手に近付いてくる。
そんな彼女を見てアルマは──。
「“ソルガ”さぁ〜〜〜んっ!!!」
涙目で抱き着いたのである。
そう、このワイルド系長身美女は、保護施設の王として君臨していた獅子種のモンスター。ソルガその人である。
なぜ彼女が人型なのか、なぜしれっとアルマと一緒に居るのかについては、ドルマンとの戦いの結果と言わざるを得ない。
元々ソルガは、飼い主が死去した元パートナーモンスターだ。見た目の威圧感と恐ろしい覇気により、これ幸いと彼女を恐れた周りの人間たちによって保護施設に預けられた。
そんな時に出会ったのがアルマである。
小心者で内気な少女が、自分の命を投げ出してでもパートナーを守ろうとする強い意志に引かれたソルガは、アルマについて行くことにしたのだ。
ついでにアルマが、メルさんと慕う例のモンスターにも会ってみたいという気持ちもあった。
結果としてソルガは──メルに一目惚れしてしまった。
美しい容姿と、レベル4のソルガが震え上がりそうな程の強さを兼ね備え、しかも自身の子を孕んでくれそうなスライム種と来た。
逆に惚れない方がおかしいと、ソルガは開き直っている。
「んむっ、いきなり抱き着くな。アイスが零れてしまうではないか……って、零れてる……」
「あ、ご、ごめんなさい!」
「しゅん……」
お陰で今は飼い主のいないソルガと、英雄として囃し立てられるアルマの奇妙な旅路が始まったのである。
高い進化レベル(ソルガは4次進化)に成っている動物系統は、獣形態と人間形態を切り替えられるため、現在は人間形態で共に過ごしている。
正直、威厳たっぷりなあの姿から、ケモ耳長身美女になったソルガはギャップ萌えが凄い。とアルマは考えていた。
「え、えと!後でまた買いますから!」
「……本当か?本当の本当だな?」
「は、はい!」
「よかろう、今の言葉を忘れるではないぞ」
『前の威厳は何処に行ったニャア……?』
念を押すように指を立てるソルガに、アルマは何度もこくこくと頷いた。フルはアイスに釣られる獅子という残念な姿に、やれやれと首を振る。
「はい……!絶対、忘れません……!」
「うむ。ならば良い」
満足そうに頷いたソルガは、溶けかけのアイスの棒を見下ろし、小さくため息をつく。
「……しかし、この姿になってからというもの、妙な視線を向けられるな」
「そ、それは……」
『どう見てもその見た目にゃんよ』
フルの口を塞ぎながら、アルマは言葉に詰まった。
だって仕方がない。
長身、引き締まった体躯、褐色寄りの肌に鋭い眼光、揺れるケモ耳。
そこに無造作な服装とアイス片手という組み合わせは、どう考えても目立つ。
ここにメルが居れば、“歩くエロス”という不名誉な二つ名を付けていただろう。
しかも本人はまったく自覚がない。
「……ソルガさん、あの……」
「なんだ?」
「その……さっきから、周りの人たち……」
アルマが恐る恐る指差すと、通りの端や建物の影から、ちらちらとこちらを見ては顔を赤らめる人々の姿があった。
「……ほう?」
ソルガは一瞬だけ周囲を見渡し、理解したように鼻を鳴らす。
腕を組み、豊満な胸が押し上げられると、より一層視線が強まった。
「なるほど。吾輩が強そうだから警戒しているのだな」
「ち、違います!!」
『違うにゃ』
アルマはとフル即座に否定した。
「む!?そ、そうなのか?」
「そうです!ぜ、全然違います……!」
「……ふむ」
少し考え込むような素振りを見せた後、ソルガは腕を組み、堂々と言い放つ。
そこには獅子としての風格が感じられる、が。見事に勘違いしてしまっているせいで、イマイチ格好が付かなかった。
「まあよい。吾輩はアルマの護衛だ。見られるくらいで動じていては務まらぬ」
「ご、護衛……」
「それに、だ。メル殿と交尾するためには、この程度容易く受け止められる心も必要だろう」
「あ、ありがとうございます───って交尾!?」
アワアワと慌てるアルマの脳内では、大きな胸を互いに押し付け合いながらくっ付くメルとソルガの姿があった。
しかもスライム種となれば、どんな系統のモンスターとも相性がよく、強いモンスターを生み出す上で必要になってくる種族なのだから、種族的に交尾出来ませんという言い訳はできない。
本当にソルガをメルに紹介していいものか、アルマは判断に困った。
「ど、どうしましょう……」
メルに助けを求めるべきだろうか。
しかし、こんなことで『何でも言うことを聞く権』を使ってしまうのは勿体ないと思う思考もある。
アルマの中では、メルとデートに行きたいという願いを聞いてもらうつもりだった。そのためには会いに行かなければならないのだが、この人の多さで英雄とバレずに動くのは難しいだろう。
そうなると、ソルガの力が必要になってくるわけで……紹介するのは避けられない。
ならば今のうちに、倫理観を教えておくべきだ。とアルマは考えた。
「あ、あのー、ソルガさん?メルさんは……その……優しいですけど……急にそういう話をすると、び、びっくりすると思います……!」
「……ほう」
ソルガは顎に手を当て、真剣に考え込む。
「なるほど。清楚、というやつか。ならば段階を踏むことにした方がいいだろうな」
「っ、そうです!流石ソルガさ──」
「まずは挨拶。次に信頼。そして交尾……うむ、完璧だ」
「順番がおかしいです!!」
『諦めた方がいいにゃよ……』
アルマの悲鳴が、路地に響いた。
通りの向こうから「今の叫び声、英雄様では?」という声が聞こえ、アルマは再び青ざめる。
教えたいのにモンスターと人との認識の差が凄すぎて、冷静に教えられない。とは言っても、密かに気になっているメルが他のモンスターとイチャイチャしてるのは見たくない。
そんな二律背反を抱えたアルマは、今日もメルに会いに行くことが出来なかった。




