再誕
戦況が変わった。
アルマが引き連れてきたモンスター達が各区画に分散し、暴れているモンスター達を沈静化し始めている。
『待ってたよ。まさかこんなに連れて来るとは思わなかったけど……ありがとう』
「ふふん。私、頑張ったんですよ?後でご褒美ください」
『任せろ!何でも言う事聞いてやる!』
「……今何でもするって言いました?」
デカイモンスターの上で何故か顔を赤くしているアルマをよそに、戦場の空気は明確に変わったのを感じる。
「ふむ……まさか保護施設からモンスターを連れてくるとはね」
ドルマンも顔を歪ませ、己の不利を悟ったようだ。
なぜなら、今まで俺とアグニ達が分かれていたのはモンスターの沈静化のため。
その縛りがない今──。
『さぁ、出番だぞ。お前たち』
──俺たちの勝利は揺るがない。
各々に忍ばせていた触手を経由して、アグニ達を召喚する。
地面に黒い紋様が浮かび上がり、まるで都市が呼吸を始めたかのように脈動する。影が影としての役割を放棄し、立体的に盛り上がっていく。
最初に現れたのは、焔。
ゴォ……ッ!
炎が、地面から立ち上がった。
燃えるのではない。そこに在ると主張するように、赤金色の焔が人型を成し、その中心から、鋭い視線がドルマンを射抜く。
「ん、準備運動には……ちょうど、よかった」
その次に現れたのは、巨大なハルバードを肩に担いだ牛コス美女。
恵まれた体型を惜しげも無く晒すモウガンは、大粒の汗を滴らせながら俺の隣に並ぶ。
「アイツがご主人様の仇ね……ぶっ潰してやるわ」
最後に現れたのは、特徴的な狼耳と長い尻尾を揺らしたケモナー大歓喜の美少女であるフォス。
毛を逆立たせながらドルマンを睨む血走った瞳に、鋭い犬歯を覗かせてぐるぐると唸っている。
「グルル……」
役者は揃った。
『さて、モンスターバトルと行こうか、ドルマン』
「……貴様らで、私を止められるならやってみろ」
開始のゴングは鳴らない。
だが、いち早く飛び出したフォスによって強制的に始まった。
「ドルマン様!!!」
「私たちがお相手します!」
相対するのはドルマン率いる元人間たち。
モウガンもフォスを援護するようにハルバードをクルクルと回しながら、真正面から突っ込んでいく。
フォスの凶爪と元人間──デミモンスターと仮定する──の肥大化した爪が交錯した。
──ギィンッ!!
と金属同士がぶつかるような高音。
火花が散り、両者が弾かれる。デミモンスターは弾かれた衝撃で僅かにたじろいだ。
「……硬いっ!」
その瞬間を見逃すフォスじゃない。
地面を削りながら後退した後、次の瞬間にはもう踏み込んでいた。
凄まじい膂力と運動神経だ。
「グルァァッ!!」
獣の咆哮と共に、フォスの身体が低く沈む。
四肢に近い姿勢からの突進。
人間の動きじゃない。理性と本能を両立させた、完成された捕食者の動きだ。
爪が、喉を狙う。
だが──。
「調子に、乗るなァ!!」
デミモンスターが腕を交差させ、無理矢理受け止める。肉が裂け、黒い血が飛び散るが、致命傷には至らない。
だが、その瞬間。
──ズドンッ!!
横合いから、巨大な衝撃がデミモンスターを襲う。
「ぎっ……!?」
モウガンのハルバードが、デミモンスターの胴を薙ぎ払った。
刃ではない。柄だ。
それでも、装甲のような肉体が歪み、数メートル程吹き飛ぶ。
「戦闘中によそ見してんじゃないわよ」
モウガンが肩を回し、にやりと笑う。
「一人で相手にするつもり?アンタたち程度で、図に乗らないことね」
ハルバードが唸りを上げる。
重量、膂力、技量。
三つが揃った、正面突破型の暴力。
デミモンスターたちが、一瞬たじろいだ。
その様子をドルマンは少し離れた位置から眺めている。自分の部下が一人倒されたのに、まるで気にしている様子がない。
その間にも、モウガンとフォスが動揺したデミモンスター達に更なる攻撃を開始した。
俺より容赦なくデミモンスターを打ち倒していく二人。その後ろには焔を纏うアグニが依然とドルマンを睨んでいる。
──今なら、準備してもいい頃合だな。
俺の触手は基本的に八つまでしか出せない。
その内、アグニ達とアルマに合計四本。この戦闘用に二本ほど残している。デミモンスター相手に苦戦していたのは、それが原因だ。
なら残りの二つは?──答えは決まっている。
ご主人様とその兄。本ストーリーの主人公である男に持たせている。
モンスターが暴れているさなかに呼び出しては危険なため、都市のはずれに避難させていたのだ。
昨日、俺はカフェで主人公と話をしていた。名は、“モルド=クラウニア”。
ヴェスティが男になり、大人らしさを兼ね備えたらモルドのような顔になるだろう。
「君は俺に、何を望む?」
ゲームでよく見た顔を歪ませながら語りかけてくるモルドに、俺はこう答えた。
「んきゅ、きゅきゅ」
(ご主人様を生き返らせたい。それを手伝ってくれ)
そんな意思を込める。
きっと言っている意味は分からないだろう。だが、ゲームの主人公は何となくだが、モンスターの言葉が分かるという能力を持っている。
アルマの聞き上手とは比較にならないが、伝わっているはずだ。
果たして俺の言葉は……。
「もちろんだとも」
モルドに届いていた。
ご主人様の遺体は粘液によって頭と身体を覆っている。【構造再設計】は自身以外に使用できないため、身体を繋げることが出来ないからだ。
とはいえ、そのままでは復活できない可能性がある。
そのためモルドにお願いしたのは、回復草による身体の修復だ。
「任せてくれ。ただし、元通りになるのは体だけだ。それ以上のことは──君の役目だろ?」
「んきゅ」
身体の修復にはそこまで時間が掛からなかった。獣性転写症候群の因子が宿るチョーカーを首に着けたままであるため、他のモンスターがいる場所で復活させる訳にはいかなかった。
だが、今は違う。
信頼できる仲間たちと暴走を止めてくれる他のモンスターがいる──今ならできる。そんな確信があった。
『最後の役者だ』
白く滲むような光と共に、空間が静かに裂ける。
そこから現れたのは、ニヤニヤとした笑みを浮かべるモルドと、俺のご主人様……命を失った、その遺体だった。
「くぅ〜〜〜!!!やっぱりモンスターは凄いな。実質どこで○ドアだろ」
「んきゅ」
(だろ?)
顔を見合せて笑う。
ご主人様をお姫様抱っこで抱えているモルドから受け取り、その顔を優しく撫でた。
最期に見た時とは違って、綺麗に繋がっているご主人様。首には黒いチョーカーが存在を示している。
そして……肩からチョーカーのある首にかけて広がるのは、タトゥーのような黒い紋様。
最初は全く気付かなかった。
ご主人様が死んで動揺したのもあるが、まさかチョーカーを付けているだけでそうなると思わなかった。
当たり前だ。
まさかご主人様が──“獣性転写症候群”に罹っていたなんて。
「っ、貴様。何をする気だ」
急に現れた人影と、どう見ても死んでいる人間を見てドルマンが警戒を顕にする。右手に顕現させた紅い焔の玉がゆらゆらと揺らめきながら、無防備な俺たちへ向けて放たれた。
俺はともかく、モルドとご主人様は無事ですまないだろう。
だが、アグニがそれを許さない。
「させ、ない……ドルマン。お前の相手は……わたし」
焔が、応えた。
意思を持ったかのように——否、意思そのものとしてうねり、アグニールの背後でゆっくりと円環を描く。
それは回転していない。ただ、そこに在るだけで周囲の熱量を支配していた。
巨大な火輪。
いや、火という概念を円環として固定したかのような、圧倒的存在感。
ドルマンが放った紅い焔の玉が、その領域へ踏み込んだ瞬間。
熱圧に晒された、という表現ですら足りない。
上下関係を理解させられた焔は自ら燃えることをやめ、意味を失って崩壊した。
シューという情けない音と共に、霧のように消える。
「……ちっ、致し方ないか。久方ぶりだね、アグニ。研究の件では色々お世話になったよ」
「……殺、してあげる」
ドルマンの相手はアグニだけで事足りそうだ。あいつも散々ドルマンに酷い目にあっているだろうし、イライラが募っているだろう。
それを証拠に、アグニの浮かんでいるコンクリートは柔らかい豆腐のように溶けだしてしまっていた。
モウガンとフォスは依然としてデミモンスター達を圧倒している。アルマは大型モンスターに乗りながら、指示を飛ばしていた。
みんなが皆、己のやるべき事をしている。
ならば俺もすべきことをしよう。
触手の上に、ご主人様の遺体を寝かせる。穏やかな顔で目を閉じている姿は、いつぞやのマーキングの件を思い出させた。
──そのマーキングも、今はもう消えてしまっている。
そう考えると、何だか腹が立ってきた。
ご主人様が居ないとダメにさせておいて、俺を残して勝手に死んで。
『なんで俺のご主人様の癖に勝手に死んでるんだよ、ばーかばーか』
顔を撫でながら文句を宣う。
マーキングなんかしやがって。
お陰でご主人様の顔を見ないと、最近寝れなくなってるんだぞ。
モウガンも最近は俺に当たり強めだし、アグニは何でもない顔してるけど、あぁ見えて元少女だぞ?気にしてない訳がないだろ。
何よりフォスは、あれからめっきり落ち込んじまったよ。
でもそれも、全部ご主人様が生き返れば終わる話なんだ。
言いたいことが山ほどある。やりたいことも、文句も沢山ある。
だから、頼む。
戻ってきてくれ。
胸の奥で、言葉にならない願いが脈打つ。
逃げ場のない祈りみたいに、鼓動がやけに大きく聞こえた。
俺は、そっとご主人様の顔に近づく。
一瞬、迷い。
それでも、もう一歩。
触れるか触れないか、その距離で息が止まる。
そして──唇が、重なった。
ちゅっ、と。
音がするほど、軽く。
確かめるような、壊れ物に触れるみたいなキス。
冷たい。
生きていた頃とは違う、ひんやりとした感触が唇に伝わり、胸がきゅっと締め付けられる。
それでも離そうとは思わない。
今、この瞬間だけは。
生きていてほしいと、願っているのは俺だけじゃないと信じたかったから。
鼓動が、早くなる。時間が止まったみたいに感じられた。
お願いだ。
戻ってきてくれ。
溢れ出しそうな想いを、すべて胸の奥に押し込めて。
俺は、小さく息を吸った。
『……ごめんね、ご主人様』
声が、震えそうになるのを必死で堪える。
『ちょっと……熱いかもしれないけど』
言葉の裏に込めたのは、謝罪と、信頼と、そして覚悟。
俺の腕から、焔が静かに立ち上った
荒れ狂うような暴力的なものじゃなく、ただ、祈りを受け取るように、優しく、確実にご主人様の身体を包み込む。形をなぞるように燃やしていく。
肉も、骨も、痕跡すら残さない。
獣性転写症候群に感染した人間は、パートナーモンスターによって殺されることで、新たな“モンスター”として復活することが出来る。
それを証明したのは、他ならないアグニール。
もちろん上手くいくかは分からない。
もしかしたらダメかもしれないし、不完全な復活となってしまうかもしれない。
あるいは……と、だめな考えが浮かんでしまう。
だが俺は、この可能性に賭けるしかなかった。
腕の中の焔が、消えた。
跡形もなく、灰すら残らず。そこにあったはずの身体も、温もりも、重さもすべてが、きれいに無へと還っていた。
『……頼む』
何もない空間を、俺は見つめ続けた。
成功したのか、失敗したのか──判断する材料すら、まだない。
その時だった。
コトン。
乾いた音が、静寂を打ち破る。空中から何かが落ちてきた。
触手が反射的に伸び、それを受け止める。
黒いチョーカーだ。
先ほどまで、ご主人様の首にあったそれだけが、まるで“核”のように残されていた。
『……っこれは』
次の瞬間。
チョーカーが、脈動を始めた。
ドクン。
ドクン。
まるで心臓の鼓動みたいに、規則正しく。
それに呼応するように、チョーカーから伸びた黒い線が走り、重なり、絡み合い、まるで巨大な魔法陣のように再構築されていく。
「……何だ、これは」
離れた位置で、ドルマンが初めて明確に焦りを見せる。
アグニが、低く息を吐く。
「……始まった、みたいだね」
誰もが戦いの手を止めて、この光景に夢中になっていた。
チョーカーの中心から、淡い光が溢れ出す。白でも赤でもない、名付けようのない色。それはゆっくりと形を取り始めた。
最初は輪郭だけ。
次に、骨格。
筋肉。
皮膚。
一つずつ、世界が「そうあるべき形」を思い出すみたいに。
『……戻って、きてる』
声が、自然と零れた。
チョーカーから溢れる光が、ご主人様を形作っていく。
──そして。
まぶたが、わずかに震えた。
「……っ!」
俺は思わず息を呑む。
形成されきった身体、その胸が微かに上下したのが分かったからだ。
ドクン。
チョーカーの鼓動と心音が完全に重なる。
ドクン、ドクン。
黒い紋様が血管のように全身へと走り、次の瞬間、それらは一斉に沈む。まるで身体の内側へ溶け込むように、痕跡すら残さず消えていった。
その代わりに、ご主人様の肌に“生”の温度が戻ってくる。
『……っ、ご主人様……!』
触手越しに伝わる体温。
さっきまで確かに“無”だったはずの重さが、今ははっきりと存在している。
そして。
「……ん」
小さな、かすれた声。
間違いない。
聞き間違えるはずがない。
ご主人様の、声だ。
俺の大切で大事で世界で一番可愛い、俺のご主人様。
ゆっくりと、まぶたが開かれる。
焦点の合っていない瞳が宙を彷徨い、やがて俺を捉えた。
数秒の沈黙の後、ご主人様が口を開く。
「……あれ。私、そんなに寝てた?」
その一言で。
胸の奥に溜め込んでいたものが、全部、決壊した。
『──は?』
思考が一瞬、真っ白になる。
次の瞬間、触手が勝手に動いて、ご主人様を思いきり抱き締めていた。
「きゅきゅきゅう!!!!」
(寝てたとかそういうレベルじゃねぇんだよ!!)
「ちょ、ちょっと!? なに、なに!?」
突然の圧迫に、ご主人様が慌てて身じろぐ。
だが、離すつもりなんて欠片もない。生き返ったご主人様の鼓動をもう一度刻みつけるように、ぎゅうと力を込めた。
とぼけた顔して!!
俺が一体どんな思いでご主人様を復活させようと頑張ったことか!
それをご主人様は寝てた?なんて軽い一言で済まそうとしやがって!
本当に……本当に……っ!!
「すきゅ!!!」
(好き!!!)
「……え?」
抱き着いた勢いのまま、ご主人様の頬を抱き寄せて顔を見つめる。それでもやっぱり惚けた顔をしてるから、ぐいっと軽く引っ張った。
唇と唇が重なる。
びっくりして離れようとするご主人様を触手で縛り付け、何度も何度もキスを重ねた。
距離が何度もほどけていく。音もなく、理由もなく。
ただご主人様へのイライラと嬉しさをぶつけるように。
交わす呼吸と呼吸のあいだに、言葉にならなかった想いだけが漂っていた。
「……い、いきなり何するの。メルのえっち。へたくそ」
「うきゅきゅい」
(うるさい。黙ってキスされてて)
「っ、まだ続け──んぐ」
重なるリップ音。
顔を赤くして避けようとしているご主人様だが、俺の腰に手を回して、
ちゃっかりおしり触ってるのがバレバレだ。
でも許す。
だって俺のご主人様だもん。




