覚悟を示した者
先制したのは、俺だった。
考えるより早く、意思が先に走る。
『……黙って話を聞く義理はねぇ』
影が弾け、熱が集束する。
【焔炎天】
膨大な熱量を孕んだ焔が、空間そのものを焼き裂くように収束し──一直線に、ドルマンへと放たれた。
爆音。
轟炎が街路を薙ぎ、瓦礫を溶かし、空気を赤く歪める。
直撃すれば、並のモンスターどころか上位個体でも消し飛ぶ威力だ。
『当たれ』
殺意ではない。
止めるための、最大出力。
だが──。
「おっと」
軽い声。
次の瞬間、焔は“何か”に阻まれた。
否、阻まれたのではない。
焔が触れた瞬間、ドルマンの目前で軌道を歪められ、まるで存在を拒否されたかのように拡散していく。
『……は?』
着弾点には、焦げ跡一つ残っていない。
煙の向こう。
ドルマンは、無傷で立っていた。
白衣の裾すら揺れていない。
「いやはや……」
ドルマンは肩を竦め、困ったように息を吐く。
右手には俺と同等のエネルギーを放つ炎を纏っていた。俺のものじゃなく、完全にドルマン自身の能力である。
……うっそだろ。
こいつ、アグニの能力を獲得したのか?しかももう使いこなしてやがる。
「いきなりとは、ずいぶん短気だね。だが悪くない判断だ。会話を試みる敵ほど、危険なものはない」
……クソ。また最悪が一つ増えた。
『冗談はそのムカつく顔だけにしとけよ……ちっ』
近接を挑もうと近付くが、今度は元人間たちが立ちはだかる。ドルマンとは違って焔に対する抵抗力はないみたいだが、そのせいで手出しができない。
モウガン達が誰か一人でもいれば助かるんだが……未だに都市の暴走モンスターたちは沈静化されていないのだ。応援は期待できないだろう。
アルマにお願いした保護施設のモンスターの脱走の手引きが上手くいけば合流できそうだが。果たして上手くいくかは分からない。
「ははっ、口の悪いモンスターだな。しかし、無理に戦う必要はないと私は思うんだがね」
ドルマンは、相変わらずその場から動く気配がない。まるで何かを待っているようだ……一体何をするつもりだ?
俺を包囲する“駒”だけを、淡々と進めてくる。
「君は実に優しい。だからこそ、ここでは勝てないんだよ」
『……っ』
一歩、下がる。
その瞬間、背後の元人間が踏み込んだ。
なるほどな。どうやら俺が元人間相手に躊躇している事が完全に読まれているらしい。
嫌らしい男だ。
だからこそ気に食わない。
「っぐ!?」
踏み込んできた元人間を触手で絡め取り、思い切り殴り飛ばす。コンクリートの壁をぶち破りながら吹き飛んで行ったが、おそらく死んではいないだろう。
敵の数はドルマンを合わせて三十一。
それに暴れ回るモンスターを含めて、一人で何十と対応しなければならない。
──詰み、か?
「ふ、ふは、ふはは……!甘いな君は。そのまま動けないうちに殺されるといい」
ドルマンの右手に紅い焔が渦巻く。
どうやら部下ごと俺を殺すつもりらしい。俺の種族的に焔のダメージは喰らわないが、痛みで精神的に殺すつもりのようだ。
あれだけモンスターを毛嫌いしながら、結局はモンスターの力を借りて攻撃してくる。その力もアグニール由来の力だ。
自分で俺を倒す力がないから、最後にはモンスターの力に縋るしかない。
……滑稽だとは思わないか?
「きゅ……きゅきゅっ……ぎゅぐふふ…!」
「む、何がおかしい?」
『いやぁ、何でもない。ただ気になったんだ。お前は、モンスターと人間──一体どっちなんだろうってな』
「……ほう?」
ドルマンの笑みが、ほんの僅かに歪んだ。
紅い焔が右手で脈動する。
だが、その動きが一瞬だけ鈍ったのを、俺は見逃さなかった。
『だってそうだろ?』
包囲されたまま、肩を竦める。
人間のためにモンスターを改造して。
モンスターの力を使って人間を支配して。
都合が悪くなれば、人間をモンスターにする。
『……一体どっちの味方なんだよ、なぁ?』
元人間たちが、微かにざわついた。
命令待ちの獣のはずなのに、身体が反応している。
だよな。
やっぱりおかしいよな。
「……くだらない詭弁だ」
ドルマンは吐き捨てるように言う。
「私は“進化”を与えているだけだ。弱い人間に、選択肢をな」
『はは』
思わず、笑いが漏れた。
コイツさ、自分で言ってて矛盾してるのに気付いてないのか?
選択肢もクソもないだろ。
弱い人間が今逃げ惑っているのは誰のせいだ?
弱い人間を守るべきモンスターが居なくなってるのは誰のせいだ?
お前の発言は全て矛盾してるんだよ。
そんなだから、ネットユーザーからドングリマンなんてネタにされるんだぞ。
『いいや、違うね』
一歩。前へ踏み出す。
『それは人間が進化した姿なんかじゃない。
その姿──はお前自身が毛嫌ってきた“モンスター”そのものだよ。そんな姿で、モンスターの上に立つつもりか?』
……笑わせるな』
「……違う。モンスターと一緒にするな」
『違わないさ。むしろ、モンスターよりよっぽど悪辣なバケモンだ』
「減らず口を……」
図星を言い当てられたのか、ドルマンの声が一段低くなる。
「いいだろう、今すぐ私がこの手で殺してやる」
その言葉と同時に、ドルマンの右手の焔が質を変えた。
ただの熱じゃない。
赤黒く、脈打つような焔。
生き物の臓腑を思わせる、不快な揺らぎ。
食らったら痛みでショック死してしまいそうだ。
だがそれは同時に、奴が本気を出そうとした証拠でもある。俺もビックリだ。まさか土壇場で、こんなに上手くいくとは思わなかった。
「あの世で後悔しておくんだな──」
『お前がな』
直後、俺の触手から情報が更新される……受信完了。
届いた情報を見て、思わず笑みが零れてしまった。
信じてたぞ──。
『会話に付き合ってくれてありがとう。お陰で時間が稼げた』
「おーーーい!メルちゃーーん!助けに来ましたよぉーーー!」
──アルマ、ベストタイミングだ。
全くヲタク君さぁ……最高かよ。
大手を振って巨大なモンスターに跨るアルマを見て、俺はアルマの言うことを何でも一つ聞いてあげようと心に誓った。
───☆
アルマは死を覚悟した。
振り抜かれそうになる鋼鉄のような爪を見て、身体が竦んでしまったからだ。
しかし、このままでは肩に乗っているフルにも被害が及ぶ。辛うじて動かせた右手でフルを落とし、両手を広げて庇う形を取った。
──やっぱりメルちゃんに着いてきてもらえば良かった。
脳裏に浮かぶのは、優しげな顔を浮かべているメルの顔。きっと今頃、都市を守るために戦っているだろうスライム少女は、もし私が死んだら悲しむだろうか?
目の前で私が殺されたら、フルは悔やむだろうか?
そんなことが頭に張り付いて離れない。
スローモーションにも見える振り下ろされる瞬間。
「……え?」
その爪がピタリと、アルマの頭上スレスレで停止した。
『なるほどな。貴様、自分のパートナーを守ったのか』
アルマは恐る恐る、目を開く。
頭上で停止しているのは、鋼鉄のような巨大な爪。
振り下ろされていれば、間違いなく即死していた距離だ。
「……え、あ……?」
喉が震えて、声にならない。
目の前にいるのは、明らかに“危険”なモンスターだった。
筋骨隆々の巨体。全身を覆う装甲のような鱗。人を容易く引き裂ける、暴力の塊。
それなのに。
ソルガという名を与えられた強力なモンスターは、アルマを見下ろしながら爪を引いた。
『愚かな行為だ』
冷たい言葉。
思わず肩が竦む。
……やっぱり、殺される?
『だが──嫌いではない』
次の瞬間、小さな影がアルマの前に割り込んだ。
『にゃぁぁあ!!!』
ガンッ、と鈍い衝撃音。
フルが毛並みを逆立たせて、ソルガの前に立ちはだかっていた。
自身の飼い主を傷付けられそうになって、怒らないパートナーはいない。力の差は歴然であったとしても、逃げる理由にはならないのだ。
『ご、ご主人に手を出すならただでおかないにゃよ!!!』
それがパートナーと飼い主の関係性。ひいては、アルマとフルの絆だった。
『下がれ。もう吾輩はお主の飼い主に手を出すつもりはない』
短い命令。
アルマは反射的に一歩下がり、フルを抱き寄せた。
未だに警戒を解かないフルも少しだけ体を恐怖で震わせていた。
怖いのをひた隠しにして、アルマを守ろうとしていたのがわかる。
「あ、ありがとうフル。助けてくれて」
『怖かったにゃ……ご主人も何やってるにゃ!全く……おしっこチビりそうだったにゃよ!』
「だから濡れてるんだ……」
『気の所為にゃ!!』
やいのやいのと騒ぐ一人と一匹を見て、ソルガは快活に笑う。
その鳴き声や、まさに轟音。
周囲の空気が震え、別のモンスターたちの動きが一斉に止まった。
『よし、皆ども……よく聞け』
放つ一声は、やはり命令だった。
理屈ではなく、本能に直接叩きつける威圧。この短時間で施設のボスに君臨するほどの力を持つモンスターである彼の言葉は、それ以上の重みを伴う。
『この者は、パートナーを守った。恐怖の中で、己を捨てた。この行為を無意味だと言う者は──前へ出ろ』
果たして──沈黙。
誰一人として動くことはなかった。
『ふむ、居ないだろうな』
ソルガは満足げに鼻を鳴らす。
『恐怖の前で己より他者を選ぶ。それは弱さではない。それを理解できぬ者は、元より“誇り”を持たぬ。我々モンスターの誇りを舐めてくれるな』
ゆっくりと、ソルガが方向を変える。
その視線の先にあるのは──都市の中心。焔と影が衝突する、戦場。
『吾輩は決めた』
低く、しかしはっきりとした声。
威圧感は滲み出ているが、どこか優しさが籠る。
アルマにとっては、これ以上なく頼り甲斐のあるモンスターの風格を感じさせた。
『この者の導く先へ行く。そして──スライムの少女に、力を貸す』
アルマは息を呑んだ。
まさか、本当に力を貸してくれるのだろうか?
「……え?」
『名を聞いている。メル、と言ったな』
ソルガは僅かに口角を上げる。
獣のそれでありながら、どこか誇らしげな笑みだった。
肯定するように、周囲のモンスターたちが一斉に反応する。重い脚が地面を踏み鳴らし、爪が、牙が、角が──一斉に向きを揃え始めた。
アルマの背後から、次々と頭を垂れる影。
「……え、えっと……?」
困惑するアルマをよそに、ソルガは吼えた。
『行くぞ、皆ども!己の力を、己の意思で使う時が来た!』
応えるように、轟音が返る。
咆哮。
咆哮。
咆哮。
都市の空気が震え、瓦礫が跳ねる。
アルマは、震える手でフルを抱き締めた。
大変なことになってしまった。自分が思っている以上に大成功してしまったせいで、この数のパートナーモンスターが街に溢れることになる。
これで処刑されちゃったりしないだろうか?
降り出した嫌な妄想を、メルの顔を思い浮かべることによって打ち消す。
「……メルちゃん」
その名を呼ぶと、不思議と恐怖が薄れていく。
「私たちが助けに行くよ」
『にゃ……いい顔になったにゃんね』
フルも、小さく頷いた。
やり取りを眺めていたソルガは背を低くし、自身の大きな背中に視線を向けた。
『乗れ。振り落とされるな』
「は、はいっ!」
慌ててアルマが背に跨ると、視界が一気に高くなる。
次の瞬間──群れが、動いた。




