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覚悟はあるか

アルマは危機に陥っていた。

現在彼女が訪れている場所は、凶悪なモンスター達が渦巻く保護施設の中である。


もちろん先日の一件で預けられたモンスター達が、現在その殆どを占めているのだが……モンスター好き故、モンスターの危険性も理解しているアルマからすれば、命の危険を感じる場所でもある。


それはそれとして珍しいモンスターがいれば、すぐさま写真を撮りまくったが。


「う、うぅ……やっぱりちょっと怖いです。メルちゃんからの“お願い”じゃなければ、今頃怖くて逃げ出してますよぉ……」


『ご主人って面のいいメスに弱いにゃんね』


「っ、フ、フルちゃんは黙っててください!」


怖がりながらも恐る恐る保護施設の中を進む。それは偏に、悪い女(メル)から上目遣いで「お願い、俺にはアルマしかいないんだ」と言われてしまったからだ。


酷い美人局である。


ちなみに、上目遣いで弱音を吐くというあまりの可愛さとギャップにキュンと来て、鼻血が出そうになったのは末代まで持っていくつもりである。


そんなこんなで、今朝モンスターによる襲撃で施設の職員が逃げ出している中、アルマただ一人が赴くことになったのだ。

本来ならばメルも、あまりにも危険だからと自分かモウガンと一緒に行くことを提案したのだが、女としての矜恃でそれを拒否した。


そう、拒否してしまったのだ。


面のいい女に弱い癖に、くだらないプライドによって己の命をより危険に晒してしまっている。おもしれー女である。


まぁメルも流石に心配だったのか、密かに小さな触手をアルマの服に忍ばせている。

何かあればすぐさま飛んでいけるようにだ。


『にゃーあ、怖いなら怖いって着いてきてもらえば良かったのにゃ』


「うっ……いいとこ見せたくて」


『……ご主人って、将来ホストとかに貢ぎそうだニャ』


「ぐふっ!?」


フルの的確な口撃がアルマを襲う。

自覚があるのか、重いボディーブローを喰らったかのようにアルマは崩れ落ちた。


効果 は ばつぐん の ようだ!!!


だが、こうして巫山戯られているのも今のうちである。一匹のモンスターが唸りをあげながら、ゆっくりと近づいて来たからだ。


……否、一匹だけではない。


アルマが顔を上げると、視界の端、奥、左右──檻、簡易区画、仕切りの向こう。そこかしこに、不安げな目があった。


唸る者。

落ち着きなく歩き回る者。

檻に鼻先を押し付け、外を探す者。


どれも共通して、暴走はおろか憤っているモンスターはいなかった。


ただ、帰りたい。

そんな想いが、顔や尻尾や身体の模様に現れていた。


「……こんなに」


アルマの喉が小さく鳴った。そして同時に、後悔の思いが走る。

怖いと思ってしまった自分の弱さと、メルが思い描く作戦を成功させるために。


小さく、だが確かな一歩をアルマは踏み出した。


「みんな……怖いんだよね」


保護施設。

人間にとっては安全な場所。

でもモンスターにとっては、理由も分からず引き離された檻でしかない。


彼らには帰るべき家があるのだ。


『……ご主人』


フルが、珍しく真面目な声を出す。

自分とは違って豪胆な心を持つフルの存在は、今のアルマにとってありがたかった。


『この数を連れて動くのは、正直無茶にゃ』


「うん……分かってる」


アルマはゆっくり立ち上がる。


足が少し震えている。怖い気持ちを恥と思っても、やはり身体は思うように動かない。


何がモンスターは嘘をつかない、だ。

私の嫌いな人間と同じ尺度になって、嘘をついてまでモンスターの目線に立つ?


それは嫌だ。

本当の自分の気持ちを、モンスター達に伝える。それこそが自分の役割だと、アルマは認識していた。


だから。


「でもね」


アルマは、施設の中央──いくつもの檻と簡易柵が見渡せる位置に立つ。

大きく深呼吸をした後、いつもは絶対に出さないような大勢さ声を張った。


「みんな、聞いてください!」


びくり、と何匹かのモンスターが反応する。パッと見では、こちらの話を聞いていると思わないだろう。


そっぽを向いて、退屈そうに檻の中から外を眺めているだけだ。


だがアルマには分かる。

モンスターは嘘をつかないから、耳や目が自身に集中しているのを感じ取っていた。


「ここは……あなたたちのお家じゃない。急に連れてこられて、不安で、怖くて……帰りたいと思う」


アルマは、胸に手を当てる。


「それは、当たり前です」


これは本音だ。

自分がもしモンスターで、大好きな家族から離れ離れになって、しかもいつ会えるか分からない状況に置かれてしまう。


想像したくない。


「でも」


さっきより多くの目としっぽが自身に向けられている。


「外は今、危険です」


遠くから、微かに聞こえる爆音。

咆哮。街の悲鳴。


アルマでも分かるのだから、間違いなくモンスターたちもそれを感じ取っている。


「あなたたちのパートナーは今、外で必死に逃げてます。誰かを守ろうとしてる人も、逃げ遅れてる人も……たくさんいます」


アルマは、そこで一度言葉を切った。

喉がきゅっと鳴る。怖さは消えていない。だが目の前の視線は、確かにこちらを見ていた。


「……だから」


彼女は、胸に当てた手を、今度は前へと差し出す。


「私が、連れて行きます」


ざわり、と空気が揺れた。

檻の中で伏せていた獣が顔を上げ、尻尾を丸めていた個体が、わずかにそれを動かす。


「あなたたちのお家に……あなたたちの“帰る場所”に」


アルマは震える声のまま、はっきりと言った。


「一緒に、帰りましょう」


沈黙。


数秒か、あるいは永遠にも感じられる間。

手応えは……あまり感じない。


それもそのはずだ。

危険だからと隔離したのは人間の方だ。それなのに今更、どの面を下げて一緒に帰ろうと言うのか。


そしてどうやら、モンスター達もアルマと考えていることは一緒だった。


『いやだ』


『マスターは私を裏切った』


『なぜ協力しなければならない?』


口々に重なる拒絶の感情が、空気を重く塗り替えていく。

その中で、一際低く、重い唸り声が響いた。


ごり……と床を削る音。


アルマが視線を向けた先、簡易柵の奥でソレが立ち上がる。


巨大だった。

天井の照明に背が触れそうなほどの体躯。

岩のように盛り上がった筋肉、鈍く光る外骨格、そして──人を押し潰すために生まれたとしか思えない、分厚い前脚。


鎖も檻もない。

危険指定が高すぎて、一時的に簡易区画に隔離されているだけの個体。


フルが、喉を鳴らした。


『……ご主人、あれはダメにゃ』


声色が、完全に変わっていた。


『レベル4相当にゃ。今は興奮状態……目を合わせちゃ』


遅かった。

フルの忠告が言い終わる前に巨体のモンスター、獅子種の『バルガ=グロウ』という分類の個体が、アルマを見た。


否、見下ろした。


彼に与えられた名前は“ソルガ”。

先日保護施設に預けられ、瞬く間に施設の王に君臨したモンスターだ。


赤黒い単眼が、ぎょろりと動く。視線が合った瞬間、アルマの背筋を氷水が貫いたような錯覚が走る。


──あ、死ぬ。


本能が、そう告げていた。


ソルガは、ゆっくりと一歩踏み出す。

その一歩だけで床が沈み、金属が悲鳴を上げた。


巨体だ。あまりにも大きすぎる。


『人間……』


低く、濁った声。

言語というより、怒りそのものが音になったような響き。

悲しみを押し殺し、恨まれているんじゃないかと思ってしまうほどの殺意。


『檻に入れた』

『吾輩の声は届かなかった』

『襲われているから助けてくれ?』


一歩、また一歩。


アルマの足が、動かなかった。

逃げるという選択肢が、既に思考から消えてしまっているのだ。


ただ目の前の圧倒的な捕食者を前に、足の竦んだカエルのように縮こまることしかできない。


『……だのに、帰る?』


嘲るように口角と、容易く鉄を噛み砕いてしまいそうな顎の装甲が軋む。


『今さら?』


威圧だけで、周囲の小型モンスターたちが後ずさる。

中には怯えて伏せる個体もいた。間違いなく、彼こそが群れのボスだとアルマは理解した。


いつでも自分みたいな小娘なんて、簡単に殺されてしまうだろう。

アルマ自身の死を認識来た時、落ち着くために息を吸おうとして……失敗した。


肺が、きゅっと縮こまる。


「……っ」


声が、出ない。


巨大な前脚が、ゆっくりと持ち上がる。

その影が、アルマの全身を覆った。


『ご主人!!』


フルが叫ぶ。

だが、間に合わない。


巨大な鋼鉄のような爪が──振り下ろされる。


風圧だけで、アルマの身体が吹き飛びそうになる程の衝撃が走り、モンスター達の驚愕とも悲鳴とも取れない鳴き声が響く。


視界が白く染まり、アルマは死を確信した。

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