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決戦の幕開け

雲一つない晴天。

理論会のボスは、その青を背にして立っていた。


逆光に照らされたその姿は、どこか神々しくさえ見える。

だが、纏う気配は救済でも希望でもない。

冷え切った確信──“自分たちは正しい”という、疑いのない傲慢だった。


「……見事な空だ」


彼は空を仰ぎ、そう呟いた。


「君もそう思うだろう?なぁ、ゲルド」


「ぐ……うっ、どの……口がァッ!!!」


拘束具で縛られている人影──ゲルドだ。

警察組織の幹部であり、正義感の塊のような男。ボスからすれば命令に従わない目の上のタンコブであり、自身と似た境遇を持つ男でもあった。


「なぜ貴様が!研究所長という立場でありながら、モンスターを利用して人間を襲わせたんだ!!!」


「なんの事か分からないな。危険なモンスターを排斥することが君の正義だと私は認識しているのだが?」


「なっ……!!!」


ゲルドは絶句する。

彼はこの都市に配属されてから、研究所長の肩書きを持つ目の前の男と懇意にしていた。そして刑務所が燃えた例の一件で、ゲルドは彼を守るべく安全な場所まで抱えて走った。


それが、それこそが間違いだった。


「よし、ここまででいいよ」


「本当か?……む、なんだ貴様らは」


突如して出現した黒ずくめの人間たち。

殺意を剥き出しにされた経験は幾度となくあるが、それにしても異様な光景だった。


老若男女問わず、皆が顔を隠している。


「ボス、お迎えに上がりました」


一人の人間が一歩前へ出て、その場に片膝をついた。


その所作は、軍隊の敬礼とも、宗教の祈りとも違う。

ただ“役割を果たす者”の動きだった。


「時間通りだな」


理論会のボスは満足そうに頷くと、ゲルドから視線を外した。


「見ての通りだ、ゲルド。私は逃げるわけではない」


「……は?」


「使命を果たすだけだ」


黒ずくめの人間たちが、無言のまま周囲を取り囲む。

その足取りは揃っておらず、だが迷いもない。

まるで同じ思考を共有しているかのようだった。


「君は優秀だ。正義感も強い。だからこそ邪魔だった」


「な、何を言ってるんだ。私と貴方は友ではなかったのか?……っおい!やめろ!何をする!!!」


ボスは淡々と告げる。

理解が出来ないゲルドに黒ずくめの人間たちが襲い掛かり、手錠と足枷を嵌められた。


考えてみれば自明の理だ。

モンスターを一番よく知ることができ、新種のモンスターや新しい進化先を獲得したモンスターを研究、観察が出来る立場は研究所長しかない。

しかしゲルドはそんな事を知る術はなかった。


友だと思っていた男がよく分からない組織の長であり、しかも普通ではない。


当時のゲルドの絶望は推し量らずとも分かるだろう。

そして今、ゲルドは拘束具を嵌められ、ボスに無理やり連れてこられている状況である。


「あの時は抱えてくれて助かった。危うく死ぬところだったからな。作戦の都合上、まだくたばる訳にはいかなかったんだ」


「……貴様を助けたことが、我が人生の汚点になるとはな」


「ははっ、冷たいことを言うなよ?我々は“トモダチ”じゃないか……なぁ、ゲルド?」


「っ、ドルマンッ!!!貴様──!!!」


ドルマン。

“ドルマン=ギュスターヴ”。

それが【魄離理論会】のボスであり数多の名前、顔、地位を使い分けている男の名前だ。


年齢は四十二。

彼には妻も子供もいない。家族というべき者もいない……正確にはいた(・・)


父親は母親を殺したモンスター達を恨むあまり狂い、組織を立ち上げた。二十代の時には狂った父親から逃げるようにその時の妻と結婚し、子供をなし、幸せを享受していた彼だが。


五年後、悲劇が襲う。


凶暴なモンスター達が彼が仕事でいない間に、妻と娘を惨殺。顔が分からない程にぐちゃぐちゃに変質した遺体を、帰宅した彼が見た時に思い浮かんだ感情は──絶望だった。


警察組織はモンスターに強く出れない。

野生に数多くいるモンスター故、どの個体が殺害したのか分からないからだ。


ドルマンはここで、モンスターの管理の重要性を悟った。


では同じくモンスターを捕まえて、妻と子を殺害した個体を探し当てるのはどうだろうか?


これも否。

モンスターは感情によって力が強まる。絶望の表情を浮かべ、幽鬼のように復讐を誓う彼に従うモンスターはいなかった。


モンスターに復讐したいのに、モンスターの力を借りなければいけないジレンマ。


ドルマンはここで、自身の無力さ──ひいては人間の弱さを悟った。


だからこそ、彼は考えた。


──人間が弱いのではない。

──“変われない(進化できない)”ことこそが、弱さなのだと。


モンスターは感情によって進化する。

怒り、恐怖、渇望、執着。それらを糧にして、形を変え、力を得る。


ならば。


「……人間も、同じではないか?」


ドルマンは、誰にも聞かせることのない独白を重ねた。


愛する者を失った悲しみ。

守れなかった後悔。

報われなかった正義。


それらはすべて、人を変える“感情”だ。


「だが人間は、それを“乗り越えるべきもの”として切り捨てる」


怒りを抑えろ。

憎しみを捨てろ。

前を向け。


で?それで、何が救われた?

復讐は悪い事だと竦め、殺意を剥き出しにすることを悪だと捉えるなら──それでいい、私は悪だ。


ドルマンは研究を始めた。

最初は表向き、モンスターの危険性を調査するため。

だが裏では、人間の感情とモンスター因子の結合を探った。


人が、感情を抑圧するのをやめたらどうなる?

絶望を進化として受け入れたら?


答えは、徐々に形になっていった。


「理論は、正しかった」


彼は、今ここにいる“黒ずくめの人間たち”を一瞥する。


彼らは悲劇を経験した者たちだ。

家族を失い、社会に裏切られ、正義に見放された者たち。モンスターによって誰かを殺され、一度絶望を味わった者たちだ。


「彼らは選んだのだ。弱い人間であることを、やめる道を」


「……狂っているぞ」


ゲルドが、絞り出すように言った。


「家族を失ったからといって……人を、街を巻き込む理由にはならん……!」


「そうだな」


ドルマンは否定しない。


「だから君は“正義”なんだ、ゲルド」


彼は振り返り、初めて真正面からゲルドを見た。

黒く濁った瞳からは、僅かに正義に対する憐憫と怒りが感じられた。


「だが正義は、いつも“遅い”」


その瞬間──遠くで警報が鳴り始めた。

甲高く、都市全体を引き裂くような音。理論会にて保管している、実験のために飼っていたモンスター達が街中へ放たれた音だ。


今度は昨日のようにはいかない。

あらゆる部分を改造し、普通のモンスターよりも更に強力にした個体たちだからだ。


「……始まったか」


ドルマンは空を仰ぐ。


晴天は、まだ一切曇っていない。

まるで彼の心を表すように、綺麗に澄み渡っていた。


「彼女たちも、もうすぐ来るだろう」


「……誰のことだ」


「覚えているだろう?昨日の騒動で、街を救った“正義(ヒーロー)”達だよ。だが悲しいかな、彼女らも遅いのだ。言うだろう?正義は遅れてやってくると」


言い終わるや否や、ドルマンの背後にいた者たちが一斉に注射針のようなものを手に取った。


注射針は細く、透明だった。

中に満たされた液体は、光を受けて鈍く揺らめいている。


「……やめろ……ッ!」


ゲルドが叫ぶより早く、

黒ずくめの人間たちは、躊躇なくそれを己の首筋へ突き立てた。


一斉だった。


誰一人として、迷いはない。

悲鳴も、恐怖の声もない。


ただ受け入れるように、注射針を自身に押し付けていた。


「な……っ、何を……」


ゲルドの声は、途中で詰まった。


皮膚が盛り上がる。

骨が軋み、関節の位置が歪む。

肉が増える音が、はっきりと聞こえた。


人間が、モンスターへと変貌(進化)する。


「……これが」


ドルマンは静かに語る。


「感情を抑圧しない“人間(モンスター)”の姿だ」


最初に変わったのは、片膝をついていた男だった。

背骨が反り返り、肩口から黒い外殻がせり出す。

顔を覆っていた布が裂け、覗いた眼球は赤く、濁っていた。


「……っ、ぐ……ァ……」


言葉にならない声。


それを皮切りに、次々と変化が連鎖する。


腕が獣のそれへと変わる者。

皮膚が鱗に覆われる者。

ある者は、原型すら留めなくなった者。


だが──共通していた。


彼らの目に、理性が残っていること。


「これは暴走ではない」


ドルマンは、ゲルドに言い聞かせるように続ける。


「制御された進化だ。モンスターの力を、感情を媒介にして人が使う。素晴らしいだろう?」


「なんだって?それは狂気というんだ……!」


「違う」


ドルマンは即座に否定した。


「これは選択(・・)だ」


彼はゆっくりと歩き出し、

変貌を遂げた“部下”たちの間を進む。


誰一人、彼に牙を向けない。それどころか、道を開く。


「君は知らないだろうがね、ゲルド」


彼は振り返らずに言った。


「街中でも、もう始まっている」


その言葉を裏付けるように、遠く──さらに大きな爆音が響いた。

続いて、悲鳴。

建物が崩れる音。獣の咆哮。


今頃実験体のモンスター達が暴れ出しているところだろう。


それを、進化した人間たちが叩く。

モンスターよりも進化した人間が上であることを見せつけ、更に多くの人間を進化させるつもりだった。


ドルマンの研究の集大成とは、獣性転写症候群によって死なずとも、人を超えた力を得ること。


完成したのは今朝だった。

ろくに検査も何もしていないが、イレギュラーが起きることはないだろう。


そんな確信がドルマンにはあった。


「……な……に……?」


ゲルドの顔から、血の気が引く。


「実験体は、ここだけじゃない。必要な数は、すでに街に配置してある」


ドルマンは、そこで初めて笑った。


穏やかで、理知的で、あまりにも“普通”の笑みだった。

狂っているようには見えない。だからこそ、ゲルドはその表情がとても恐ろしく見えた。


モンスターよりも何よりも、普通の皮を被った狂気が一番恐ろしい。


「安心したまえ。無差別ではない」


「選ばれた場所で、選ばれた役割を果たしてもらう」


「街は、人は──」


彼は、青空を背に宣言する。


「今日、“進化”を知る」


その瞬間、街中で悲鳴と重なるように歓声が上がった。

青空に浮かぶ一点……いや、二つの紅。轟々と熱を感じ取れそうなほど焔を滾らせている二体のモンスターの姿。


人々には今頃彼女らが正義のヒーローにでも見えているだろう。

そして自分たちは悪の秘密結社だろうか。


「……来たか」


ドルマンは、穏やかに笑った。


悪だろうと正義だろうと関係ない。秩序も正義も、今日を生きる者の手の中にしかない。誰が正しいかではなく、結果だ。

生き残るものだけが正義を定める。


「では始めよう」


「これはテロではない」


故に彼は、都市に向けて宣言する。


「進化だ。理論会は、ここに存在を明言する」


その言葉と同時に、黒ずくめの人間たちの身体が、次々と異形へと変貌していく。悲鳴と歓声が、街を覆う。


そして──最終決戦の幕が、静かに、しかし確実に上がった。

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