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主人公の正体

その日、貿易都市マルデンブルクの中心街で大きな悲鳴があがった。


最初に異変が起きたのは、商業区だった。


朝の開店準備で人通りが増え始めた頃、通りの中央で一体のモンスターが立ち止まった。飼い主と思しき青年が何かを話しかけていたが、その声は届かない。


青年の指輪が鈍く光る。


次の瞬間、モンスターは地面を踏み砕いた。


石畳が割れ、衝撃波が周囲に広がる。

悲鳴が上がり、人々が反射的に距離を取るより早く、モンスターは近くの露店に突進した。木材と布が弾け飛び、商品が宙を舞う。


「な、なんだよこれ……!落ち着け!止まれよオルガ!!!」


青年が叫ぶ。

だが、モンスターは振り返らない。


その目だけが、赤く濁っていた。


───


住宅区では、別の形で“暴走”が起きていた。


小型のモンスター達が、突然壁に頭を打ち付け始めたのだ。

一度、二度、三度。

意味のない動作を繰り返しながら、鳴き声だけが次第に低く、荒くなっていく。


飼い主の老女が止めようと手を伸ばした瞬間、モンスターは跳ねた。


爪が空を切り、老女は尻もちをつく。

その拍子に悲鳴が上がり、周囲の住民が窓から顔を出す。


「モ、モンスターが……!」


「離れろ!」


「逃げてぇーーー!!!」


誰かが叫ぶ。

その悲鳴が連鎖して、大きな混乱を呼び起こした。


───


交通区画では、さらに深刻だった。


輸送用に使われていた大型モンスターが、突然制御を失った。

牽引していた貨車を引きずったまま暴走し、路面を削りながら走る。


御者台にいた男は振り落とされ、地面を転がった。

貨車が建物に衝突し、外壁が崩れる。


粉塵の中から、低い咆哮が響いた。


それは怒りではない。

恐怖でもない。


ただの衝動だった。


全てにおいて共通していたのは、モンスター自身が“何が起きたか理解していない”ということ。


人を敵と認識しているわけでもない。街を破壊しようとしているわけでもない。ただ、内側から溢れる異常な感覚に、身体を動かされているだけ。


町中にばら撒かれた獣性が脈打つたびに、理性が削られていく。


もはや死者が出るのも時間の問題だ。

民衆は暴れだしたモンスターから逃げ延びながら、誰かに助けを求める。警察に電話をかけるものもいたが、しっかりとした対応を取ってもらえない。


「も、もうダメだ……!!」


「しっかりしろ!殺されるぞ!!!」


「私のパートナーが……あ、あんなに暴れるわけないのに!」


誰もが死を覚悟した。

その瞬間──天を割くような赤い炎が湧き上がる。中心には、小柄な人影が伺えた。


異変に気づいた人々が足を止める中、モンスター達も何者かの接近に気付く。


『アレはヤバい』


この場にいるモンスターの総意だった。

正体は分からないが、身の毛もよだつような殺意を放つ焔の主へ目掛け各々攻撃を開始した。


火には水。

モンスターの相性によっては、どんなに強力な火を使う個体でも水属性のモンスターには勝てない。そういうものだ。


故に水を操るモンスター達が集まり、一斉にブレスを放つ。数秒後には火が消え去り、中心のモンスターも倒せる。

普通のモンスターなら掠っただけで致命傷を負い、真正面から喰らえば跡形もなく消え去ってしまうだろう。


その、はずだった。

しかし、彼女が操るのは普通の火ではない。


「ふぅ……涼しい水だね」


火の上位の属性である“焔”を支配している彼女は、涼しい顔で津波の如く襲い掛かるブレスを眺めていた。


そして──轟音とともに着弾。


水蒸気によって白煙が舞う中、中心に座する焔には一切の揺らめきすら起きていない。つまり、放たれた奔流ともいうべき膨大な水は、焔の中心に辿り着く前に簡単に蒸発してしまったのだ。


焔とはそういうものだ。特異個体とはそういうものだ。

強すぎる熱量の前では、水は無力に等しい。


「さて……お掃除、しちゃうね」


アグニールは笑う。

身近に迫る数多くの攻撃を容易くいなし、燃やし、溶けさせながら、暴走したモンスター達を鎮圧するべく。


「メルが付けてくれた……から、私も頑張らない……と」


首から覗くマーキングの証。

白い指先でそれを撫でると、一騎当千が如くモンスターを倒していく。


決して殺さず、しかし抵抗する意志を見せられないように。丁寧に、徹底的に、モンスターとしての格を見せつけるように、彼女は蹂躙していくのだ。


───


商業区で暴れ出したモンスター達は、人々に襲い掛かろうとしていた。

露天の果物や武器防具を食し、逃げ遅れた者たちを爪や牙や尻尾で殺さんと、あらゆる手段を用いて探し出す。


やがて、一つの場所に人が集まっているのが臭いで察知されてしまう。


近所の人々がよく利用するモール。

その中心で、人の気配が濃くなっている。それに気付いたモンスター達は、統率の取れていないバラバラの動きでモール外を取り囲んだ。


ジリジリと迫っていくモンスターの影。もはや絶体絶命かというべき状況だ。


しかし、とあるモンスターがとうとうモール内へ足を踏み入れた瞬間──地面が大きく抉れる。

一つや二つじゃない。まるでモールを取り囲むようにして出来た大きな溝は、暴走したモンスターたちを遥か地面の奥底へと引きずり込んだ。


「ぎゅあ……」


この状況を作り出したフォスは、悲しい鳴き声を上げる。


未だに自分が何をしたのかはっきりと分かっていないが、朧気ながら覚えているのは自身の手で、大好きな飼い主と同じ匂いのするモンスターのパートナーを……殺したこと。


息が荒くなり、モンスターとしての凶暴性を抑えきれずに、野性の溢れるがまま人間を殺したこと。


パートナーを殺したのは二回目だ。

一人目は自分のパートナーで、二人目は他人のパートナーだが……フォスにとってはこれ以上ない皮肉だった。


飼い主を失う悲しみを知っているはずなのに、自身がその原因となってしまった。あのモンスターに殺されても仕方ないはずなのに、結果として殺されずに済んでいる。


もし自分が逆の立場なら、間違いなく殺していただろう。


それなのに……自分は生きている。


「ぎゅあぎゅあ!!!」


故に奔走するのだ。

少しでも殺してしまった人間に報いるため。そして、自分のように誰かのパートナーを殺してしまうモンスターを増やさぬため。


───


モウガンはため息を吐いた。

いつも何も言わず、勝手に行動するあの先輩スライムに対して、嘆きのため息をこぼしてしまうのだ。


自分だってヴェスティ様のパートナーであり、同じモンスター同士で分かり合えることもあるはずなのに。


「はーあ、さっさとアイツにガツンと言ってやらないと」


肩に担いだハルバードをブンブンと振り回し、眼前に迫る小型モンスターの群れを見やる。


彼女はあくまで一般モンスターであり、通常とは違う進化をしただけだ。アグニールのような特異個体でも、メルのような特殊進化でも、フォスのような特別な進化形態でもない。


ただの一般モンスター。


だがそれでも、ヴェスティに対する想いはメルにも負けていないと自負している。フォスに殺された時は、怒りのまま暴れてしまおうとも考えていた。


しかし、パートナーが死んだとしても、猪突猛進で考えなしに突っ込むのは違うと彼女は考える。

牛型モンスターとしては失格かもしれないが、ヴェスティのパートナーとしては間違っていないはずだ。


その考えが、気持ちが、モウガンの心を熱くさせる。


「アンタら倒すのに時間はいらないわ。さっさと倒れてくれる?」


モンスターは気持ちや感情によって強くなる。

パートナーが死して尚、モウガンのヴェスティに対する気持ちは高まり続けていた。


───


そしてここにも一人、とあるカフェで待ち人の到来を待つモンスターがいた。


白い髪を肩まで伸ばし、紅いメッシュから覗くこれまた紅い瞳は、鋭く尖っている。腰から伸びる尻尾をゆらりゆらりと揺らし、今か今かと待ち侘びていた。


すると、カフェの扉が軽い音を立てて開いた。


外の喧騒が一瞬だけ流れ込み、すぐに遮断される。

赤い瞳のモンスター、メルはその音だけで待ち人の到来を悟った。


「やぁ、待たせたか?」


気の抜けた声。

緊張感の欠片もない調子で、男は片手を軽く上げる。


街が崩れ、モンスターが暴れ、人が死にかけている最中だというのに。

まるで散歩の途中で立ち寄ったかのような態度だった。


にんまりと笑みを浮かべるその男は、見た目は胡散臭く、信用が無さそうな軟派な奴といった印象。まず間違いなく、初対面時の感想は“信頼できない”の文字だろう。


しかしメルは、違った印象を受けた。


『やはり、見たことのある顔だ』


その印象は間違っていない。なぜならメルは、この男を何度も見たことがある。


ゲームの画面で何度も何度も拝んだ顔だからだ。


「さて、まさかこんな事態になるなんて思わなかったんだが……君が我が妹、ヴェスのパートナーだよな?」


「んきゅ」


「やっぱりな!この俺の目は誤魔化せないんだ!まぁ、妹が言ってた見た目と全く一緒だったから分かったんだけど……本題に移ろうか」


男は椅子に腰掛けることなく、カウンターに肘を預けた。

視線は軽く、だが油断なく店内を一巡させてから、再びメルへ戻る。


「君は俺に、何を望む?」


カフェの外では、まだ悲鳴が止まない。

だが確かに、この瞬間から流れは変わり始めている。


ヴェスティが遺したものは、絶望だけではない。


まさか自分のご主人様が、探し求めていた人物の関係者だとはメルも思わなかった。おかげでだいぶ遠回りをしてしまっていた。


でもこれで此方が攻勢に出れる。


なぜなら物語の“本来の主人公”が、ようやく舞台に上がったのだから。

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