復活の兆し
──死んだ。
理解が、遅れてやってきた。
「……きゅ」
声にならない鳴き声が、喉から漏れる。
それは悲鳴でも叫びでもなく、ただ事実を拒否する音だった。
ご主人様は、もう動かない。
頭と胴体が分かれたまま、繋がる気配すらない。
ご主人様は殺された。
誰に?……フォスに。
俺の目の前で、嬉しそうな顔を浮かべていたご主人様は、頭を落とされて死骸となり転がっている。
手元に熱が宿るのがわかった。
今の俺は正気じゃない……でも、それでいいと思った。
身を焦がしそうな程熱い炎が身体から迸り、ピタリと動かないフォス目掛けて焔を放たんととぐろを巻く。
── 罪焔裁断。
微動だにしないフォスに、怒りと絶望が宿った赤色の焔が襲い掛かる。
その寸前。
「っ、やめて!!!」
背中に衝撃が走った。
誰かに押さえつけられ、地面に倒れ込む。声からしてモウガンだろうか?
何をしてるんだコイツは。
ご主人様を殺したフォスを生かすほど、俺は優しくない。それともモウガンはご主人様が殺されても何も思わないんだろうか?
……なぁ、頼むよ。
頭がどうにかなりそうなんだ。
冷静になれない俺に、別の声があがった。
「フォスッ!!!あなたは……何をしてるの!?」
アグニの声だ。
怒りを込めた声で、フォスに詰め寄っていた。
当のフォスは、固まっている。何が起きたか分かっていないかのような表情で、自分の爪を呆然と眺めていた。
「ぎゅ……あ?」
動揺したフォスが後ずさる。
チャピチャピと真っ赤な血が音を立て、フォスの足を真っ赤に染め上げる。
なぁ、その凶悪な爪でご主人様を殺したくせに、なんでそんな表情をしてるんだよ。まるで殺した自覚がないみたいじゃないか。
ふざけるなよ。
俺らモンスターと違って、ご主人様は蘇らないんだぞ。人間は生き返ったり出来ないんだぞ。
……頼むよ、なぁ。
瞳から涙が零れるのが分かる。
きっとここでフォスを殺したとしても、何の解決にもならないだろう。なにせ未だにボスは生きている。
本作の主人公の居場所も分からない。
ご主人様も死んでいる。
どうすればいいんだ。
「……んきゅ」
(……もういいよ)
「メル……」
声にならない鳴き声が零れた。
もはやご主人様が付けてくれたマーキングも、貰ったチョーカーも意味が無い。意味が無いんだよ。
だいたい、なんでフォスがご主人様を殺したのかも分からない。
いきなり暴れて、俺たちも急に胸が苦しくなって、目の前で容易く殺された。
なんで殺したんだ。
なんで俺が庇えなかったんだ。
なんで………なんでだ。
やるせない思いで、血の池に染まったご主人様の死体を眺める。
チョーカーから綺麗に分断された身体と、頭。首元には俺がつけたマーキングと、なにかの“紋様”みたいなのが刻まれている。
いつの間にタトゥーでも入れていたのだろうか?
ヘソピといい、俺はご主人様の事を何も知らないんだな。
せめてご主人様が付けていたお揃いのチョーカーを、大切に持っておくべきだろうか。
血の中からチョーカーを拾い上げ、胸の中に抱える。
だが。
「……メル……それ……」
「っぐ!?」
「ぎゅあ……!!」
アグニが怪訝な顔を浮かべて俺を見つめる。
モウガンもフォスも、胸を抑えるように蹲った。
まただ。
チョーカーを貰った時も、俺がチョーカーを拾った時もこのドキドキが胸を支配していた。これを見ると、不自然なほど心臓の鼓動が早くなり、息が荒くなる。
「貸して」
俺の手からチョーカーを取り上げるアグニ。慌てて取り返そうとしたが、アグニがチョーカーを壊す方が早かった。
「きゅっ、きゅあ!!!!」
(なっ、なにすんだ!!!)
ご主人様の形見だ。
それを壊すなんて……そう思ったのに、気づけば胸の鼓動が収まっていた。息が荒くなるのもなくなり、さっきまでのドキドキが嘘のそうに消え去ってしまった。
「悪趣味……だね。これ、獣性転写症候群を呼び起こす……変なのが埋め込まれてる。フォスが暴れだしたのも……そのせい」
「んきゅ?」
(なんだって?)
「……それ、アルマから貰ったものよね?」
「きゅう」
(あぁ……だがアルマがそんなものを仕組んだと思えない)
ゲームを知っている俺だけは分かっている。
あの子がそんなものを送るような奴じゃないことも、裏切るような奴じゃないことも。
なら、答えは一つ。
たまたまこのチョーカーを掴まされた。これしかない。
しかも恐らく、俺の推測が正しければ、この被害にあっているのは俺達だけじゃないはずだ。
ご主人様の身体からスマホを抜き取り、SNSを調べる。すると出てくるのは、【モンスターが暴走】【被害者続出】などの文章と共に、暴れ出すモンスターの動画が出回っていた。
しかも一つや二つじゃない。
何百もの被害動画とモンスター隔離のコメントで溢れていた。
「きゅ……」
(ははっ、まじかよ……)
アイツら、わざとモンスターを暴走させやがった。
乾いた笑いが込み上げる。
ここまでするのか、あの組織は。自分の信念のために、そこまでやるのか。
しかも半々だったモンスターを預けたくない派の人間が、ほぼ全てモンスターは危険な生き物だと危険視し始めた。
最悪だ。
全て奴らのシナリオ通りになっている。
お陰で俺のご主人様は死んだっていうのに。
「おきゅ」
(フォス)
「……あ、あぎゅ」
「きゅあきゅ」
(お前のしたこと、俺は多分許せない)
しかし、情状酌量の余地はある。
きっとフォスが暴走に耐えきれなくなって殺しただけで、もしかしたらモウガンが、アグニールが、俺がご主人様を殺していたかもしれない。
だから今は、フォスに対しての怒りを抑える。
それに、だ。
確かにご主人様は死んだ。蘇ることはないだろう。
だが。
「ねぇ……メルのパートナーの子……さっきの、私の見間違いじゃなければ、そうだよね」
「あきゅ」
(あぁ、俺も見た)
「な、何のことよ?」
方法がない訳じゃない……ご主人様のアレを見て、一つの可能性が出てきた。
限りなく低い可能性だが、もしかすれば。
「きゅ」
(ご主人様が生き返るかもしれないってことだよ)
「えっ!?ほ、本当に!?」
「きゅ」
(嘘はつかない。“賭け”だけどな)
そのためには色々準備がいるが、一先ずはこの騒動を収めよう。皆の協力が必要だ。
未だに現実が掴めていないフォスの頭を優しく撫でつつ、ご主人様の遺体を触手で囲む。腐らないように粘液で包み、洞窟の中央へと運んだ。
もし生き返ったら、今度こそお揃いのチョーカーを付けて貰わないとな。
そんな事を願いながら、ラスボスを思い浮かべる。
アイツだけは確実に殺す。
アイツの掌の上になっているこの都市も壊す。
どちらかだけを壊しても、きっと負の連鎖が続くだけだから。ゲームの主人公もそうしていたように、俺も全てを壊す必要がある。
必要なのは覚悟と力と知恵。もちろん一人じゃ無理だが……今の俺には、アグニールもモウガンもいる。
フォスに関しては……しょうがないという気持ちと許せない気持ちの半々だが、ラスボスをぶっ倒してご主人様を生き返らせれば全てチャラだ。
だから。
「んきゅ、んきゅきゅ」
(待っててね、ご主人様)
朗らかな笑みを浮かべて、俺の名前を呼んでくれるご主人様の姿を思い浮かべながら、血に染った頬に──キスを落とした。
血に染った唇をペロリと舌で舐めれば、契約した時のことを思い出す。
あの時もこんな味だった。そんな気がする。




