NTR男の気分です
──俺は今、空中で叫び出したい気分だった。
「……わぁ」
草原のど真ん中で、少女がそんな感嘆の声を漏らす。
その視線の先にはまさに巨大!筋肉!牙!の3箇条が似合うモンスターがいた。
そう、グレートモーである。
しかも間違いなく、俺が煽ったせいでここら辺まで来てたやつだ。めちゃくちゃ息が荒い。
声を漏らす少女とは対照的に、俺は別の何かを漏らしてしまいそうだった。
「きゅ……」
あ、なんか漏れた。
⸻☆
時を少し巻き戻そう。
彼女と別れてから、俺は宣言通りこっそり尾行していた。
透明度を最大にし、音を消し、存在感を削る。
完璧なストーカー……じゃない、見守り系相棒である。ここ大事ね。
するとだ。俺のパートナー(仮)である少女は歩きながら、完全にフラグを立て始めた。この辺りはモンスターが少ないよね、だとか。最初はやっぱり小さい子をパートナーにしたいな、とか。
その度にNTRてる気分になりつつも、社会人として培ってきた鋼の精神で後を追いかけていると、前方に見知った図体がいるのが見えた。
で、現在。
「お、大きい……君ってグレートモーだよね?」
少女が一歩、前に出た。
──おいおい、あいつ死んだわ。
心の中で俺は全力で叫んだ。
グレートモーは鼻息を荒くし、地面を前脚で削る。ズズン、ズズン、と大地が低く唸った。血走った目で少女を見やり、今にも突進しそうである。
これ大丈夫か?瞬きした途端轢かれてるとかないよな?
「きゅっ……!」
嫌な予感がした俺は反射的に草の影に引っ込み、さらに透明度を上げた。いざって時に助けられるように、傍で擬態するつもりである。
だが何故か、少女は急にキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「あれ、今チビスラの声がしたような」
少女はリュックをぎゅっと抱きしめ、首を傾げた。
──あ、バレてるかこれ。だがここで俺が出てくるのはまずいぞ。
グレートモーと因縁のある俺が出てきてしまうと、飼い主を危機に晒してしまう可能性がある。
(モーって牛のくせに鳴き声は犬なんだな。尻尾でも振ってろよグレートワンチャンがよ!って煽ったの失敗だったか……)
数時間前の自分を殴りたい気分だ……いやほんとになんで煽った?
兎角、俺がいるとバレるのはまずい。
リスクしかないし引っかかると思えないが……やるしかないか。
「きゅ、きゅうきゅう!」
(あ、ネズミですこんにちわ)
「なんだ、ネズミか」
「ワン、ワンワゥ……」
二人(一人と一匹)してなんだネズミか、って顔をしてお互いを見つめる。
あ、ほんとに引っかかるんですね。騙されやすい馬鹿ども……馬鹿一匹で助かった。おっと、俺の飼い主は馬鹿じゃないぞ。純粋なだけである。
そもそも俺の飼い主は可愛いし、優しいし、やること全部がめちゃくちゃでなきゃいけないの。飼い主はね、こんな罠に引っかからないんだよ。
と、飼い主(仮)の厄介オタクを出しながら二人の様子を眺めていると、とうとう少女が一歩、グレートモーへ足を進めた。
「……君、もしかしてお腹空いてる?ほら、これで良ければあげるよ」
ガサゴソとリュックを漁り、干し肉を一本取り出した。
あ、待て。基本的にグレートモーは草食だ。
もし肉を分け与えてしまうと、進化先が───あっ。
「どうぞ」
俺の内心を露知らず、干し肉は放物線を描く。グレートモーは一瞬、警戒するように鼻を鳴らし、次の瞬間。
バクゥッ!!
地面ごといった。
「えっ」
「きゅっ?」
(えっ?)
地面に空いたクレーターを見て、少女が固まる。ついでに俺も。
「……あれ?お肉」
ないよ。俺の目が確かなら地面ごと消えたよ。
グレートモーは満足げに腹を鳴らし、次の瞬間、こちらを見た。
いや、正確には少女のリュックを見ていた、
「……?」
少女が一歩下がると、グレートモーも一歩、前に出る。
ズン。
「……?」
もう一歩下がる。
ズズン。
「……え、なに?私、追われてる?」
「ワン、ワゥ……」
グレートモーが、控えめに鳴いた。
「えっ」
少女が固まる。
見た目とは程遠い可愛らしい鳴き声に、目が輝いたのが見えた。
グレートモーの尻尾もブンブン左右に揺れている──こいつやっぱり犬じゃねぇか!
くそっ、なまじ犬好きなせいで可愛く見えてしまう。
俺のご主人様に媚び売ってんじゃねぇよ!ったく、これだからモンスターは。
出会ったばかりのやつにあんなに媚びに媚びまくって、恥ずかしくないのかってんだ……え、俺?もちろん媚び振り撒きますが何か?
「もしかして君、犬だったりする?」
「ワン!」
「う、うーん、見た目がなぁ。でも……なんか、ちょっと可愛いかも」
牛としてのプライドを捨て、全力で甘えに行くグレートモー。傍から眺める俺は、さながら完全にNTR男の気分である。
俺の方が最初に飼い主を見つけたんですけど?あ?お?やるか、おい。
シュシュッと肉体を動かし、静かにシャドーボクシングをかましていく。なお、しっかりと透明にするのは忘れない。
べ、別に怖いわけじゃないんだからねっっっ!
なんて一人で悲しくやり取りしていると、グレートモーの頭を撫でていた少女がパシッと手を叩いて、もう一度干し肉を手渡しであげていた。
「うーん……よし、決めた!君が私の初めてのパートナーだ」
「ワゥン!」
その干し肉を、今度はちゃんと咀嚼して食べるグレートモー。ブンブン揺れる尻尾が残像で三本に見えるくらい喜んでらっしゃる。
レベル1のモンスターは基本的に、レベル0のモンスターに負けることは無い。ゲームじゃレベル0を数体仲間にして、レベル1に挑んで仲間にするorレベル0のモンスターを1次進化するかして仲間にするものだ。
しかし、そんな過程をすっ飛ばして仲間にしてるもんだから、少女の才能がえげつない。
目の前でパートナー契約が結ばれる。
モンスターと契約を結ぶためには、契約者の体液を飲ませるのが普通だ。そのため、血を出すための針や鉤爪でモンスターに血を分け与えて仲間にする。
「君は今日からグレートモーじゃなくて──“モウガン”だ」
「ワゥ!」
そして、仲間にされたモンスターは主人の持つ指輪やアンクレット、耳飾りなどの装飾品に名前が刻まれ、用がある際に呼び出すことができるのだ。
この場合だと、少女の耳にピアスがあるからそこに名前が刻まれるはずだ。パートナー契約は無事に終わったみたいだな。
え、やけに落ち着いているなって?
勿論落ち着いている訳がない。目を付けていたご主人様のハジメテが目の前で奪われたんだぞ?血涙が出そうだ。
(あ、またなんか体から出た)
──だが、既に俺はグレートモーの進化先を分かっているから、血涙を流す程度で済んでいる。
通常のグレートモーは、ミノタウロス系統か牛系統への進化をする。もっとも強いのはミノタウロスだな。レベル4相当であり、“3R”開始時期では草や果実を分け与えて仲間にすることを推奨されていた。
だが、いつの時代も変わり者がいるものだ。
ソイツは何故か草食のグレートモーに、肉の素材を分け与えたのだ。
しかも何故か……仲間に出来てしまったのだ。その上肉で仲間にしたグレートモーは、通常のグレートモーと比べて成長効率が高かった。勿論、進化先も異なっていたのだ。
その進化先とは、現状最高のレベル5──名前は“モルパイル”
プレイヤー間で盛るπ先輩と親しまれた、爆乳のえっちな牛コス美女である。




