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チョーカー

暗い部屋。会議室のような部屋の中で、大きな長机に肘を掛けて笑みを浮かべる男がいた。


中央に位置するテレビのモニターを眺めて、ニヤニヤと不敵な笑みをさらに深くして、腕に刻まれた紋様を掻きむしっている。

彼こそは今は亡き初代【魄離理論会(レムナント・セオリカ)】のボスを襲名し、二代目ボスとなった男だ。


『──次のニュースです』


モニターには清潔なスタジオと、落ち着いた口調のアナウンサーが映し出されれている。

緊急速報という赤い文字が、事の重大さを暗に告げていた。


『本日未明、政府は都市部に出現したモンスターについて、市民への危険性が高いと判断し──』


男は椅子に深く腰掛けたまま、やはり笑みを崩さない。


『これらを一時的に政府管理下へ置くことを発表しました』


画面の端に、もっともらしいテロップが流れる。


【都市部モンスター、一時預かり措置】

【パートナーモンスターも預かり対象か】

【市民の安全を最優先】


「ふは……やはり私の思い通りになったな」


男の喉が鳴る。


『なお、この判断は専門機関の助言に基づくものであり──』


「専門機関、か」


その言葉を刻むように、男は腕に刻まれた紋様をゆっくりとなぞった。

あたかも、自分の署名がそこに刻まれているかのような仕草に、この男の支配力の高さが伺える。


事実、この報道もこの方針も全て男が提案し、無理やり発足させたものだ。


「人とは……まったく、本当に便利だな」


モニターに映るアナウンサーは、真剣な表情だ。政府関係者のコメント。

市民の不安を煽らないための言葉選び。


全部、男が用意した“正解”だった。


「危険だと言えば、納得する。守ると言えば、信じる。そして──預かると言えば、拍手するやつも居るかもしれない」


指を組み、満足げに息を吐く。


「モンスターがいなければ、人間は何も出来ないのだからな」


その言葉には嘲りと、どこか歪んだ“善意”が混じっていた。

だが、彼は本気でそう思っているのだ。


弱い人間が強大なモンスターに立ち向かうには、理論が必要で、組織が必要で、導く者が必要だと。


「だから私の父は、組織を作ったんだ」


初代【魄離理論会レムナント・セオリカ】の掲げた目標は、弱者に力を。理論によって恐怖を制御せよ。


「弱い人間は何も出来ない。元人間ならその事が分かっているはずだ、アグニール。そして、きっと絶望することだろう───私のように」


着々と組織の力は広がっていく。


原作のゲームより遥かに早く、そして原作のラスボスよりも更に手強くなってメルたちの前に立ちはだかる。


果たして勝つのは───。




───☆




やっぱりこうなったか。

ご主人様のスマホを通して見たニュースの情報に、俺は少しの安堵感と焦燥感を味わうことになった。


流れ自体はゲームと一緒だ。だが、少し政府の行動が早すぎる。

政府の行動=組織の動きだからな。思っていたよりも力を蓄えていたらしい。


あるいは、準備が既に整っているか。


掲示板や前世のトゥイッターのようなSNSでは、都市民の困惑の声と賛成の声が拮抗していた。当然だ。


賛成派はモンスターとあまり関わりがない奴らで、困惑派は既にパートナーやモンスターと関わりがある人達だろう。

だがラスボスに勝つためには、全員力を合わせないと勝てない。そういう敵だからだ。


結局は人的被害が出たら困るからと賛成派の声が大きくなっているようだが、本当にモンスターが嫌いな人間はいない……そう信じたい。


てか誰だ、指名手配されてるスライム種のモンスター可愛すぎとか言ってる奴。ペロペロしてる奴もいるんだが?

流石にご主人様以外にペロペロされる趣味はないので、溜息をつきながらスマホをそっ閉じした。


ご主人様の検索履歴もちゃんと見ないようにしておいたのだが、チラッと見てしまった履歴にはとんでもないのが入っていた。


・監禁 モンスター どうする?

・逃げ出さない パートナー やり方


こんなのを調べるのはやめて欲しい、切実に。

なんだか怪しい方向性に向かっていくご主人様の性癖に戦々恐々としながら、俺はその場で小さく身を縮めた。


……いや、落ち着け。


ご主人様は変態じゃない……はずだ。た、多分そう。

ちょっと自信はない。


ご主人様は俺が渡したスマホを暫く見つめたまま、何度か画面をスクロールして、深く息を吐いた。メッセージ相手はどうやらアルマらしい。


俺がアルマとご主人様の仲を取り持った後、モンスターについての知識でどうやらかなり仲良くなったらしい。

顔を真っ赤にしたアルマがご主人様にプレゼント?のような黒い箱を渡していた時は浮気か?と勘ぐったが、どうやら違うらしくて安心した。


「……はぁ」


溜息には、重々しい声色が乗る。


「ねえ」


急に声を掛けられて、俺はぴくりと反応した。


「きゅ?」


ご主人様はスマホを伏せ、少し考え込むように視線を落としたまま言った。


「最近さ、モンスターと一緒にいる人が職質受けたとか、通報されたとか……そういう話、増えてるんだって」


「……んきゅ」

(あー、やっぱそこか)


掲示板でも見た。

“念のため”とか、“安全確認”とか、便利な言葉で距離を取られるやつ。


モンスターを連れ歩いているだけで、少し遠巻きに見つめられるらしい。確かアルマもそんな視線を向けられたって言ってたな。


「別にさ、今すぐ捕まるとかじゃないんだけど……」


そう前置きしてから、ご主人様は俺を見る。


「一緒にいるってだけで、面倒に巻き込まれる可能性が上がってるのは、確かなんだよね」


その視線には、恐怖よりも──迷いがあった。

まるで告げるべきか悩んでいるような表情と併せて、年相応の顔を見せるご主人様。


「きゅ……」

(まあ、そうだろうな)


政府が“預かる”って言葉を使った時点で、線引きはもう始まってる。

預けない人間は、説明を求められる側になる。そして、いずれ預けない人間というのはマジョリティからマイノリティになる。


人とはマイノリティを排斥しようとする生き物だ。


いずれモンスターを連れ歩いているだけで、なにか被害を被る可能性が出てくるのは自明の理。


「だからね」


ご主人様は立ち上がって、棚の引き出しを開けた。俺が情報収集する時に買った、小さな棚。そこをガタガタと動かし、何かを探す音。


暫くして戻ってきたご主人様の手には、小さな箱があった。


見覚えがある。

アルマからご主人様が貰っていたプレゼントだ。


「えっと……」


言いにくそうにしながら、その蓋を開けるご主人様。中に入っていたのは、落ち着いた色合いのチョーカーだった。


うん、本当に落ち着く色だ。何せご主人様の髪と、ほとんど同じ色だったから。


「だから……これ付けて?」


「……きゅ?」


思わず、間の抜けた声が出た。


……えっと、ここまでやる?

だがここで断るという選択肢は俺にはない。前世で、可愛い女の子に管理されたいと考えたことは一度や二度じゃないからだ。

社会の荒波に揉まれ、荒んだ精神を癒してくれるのは美少女だけだった。


そして今、目の前にはハイライトが消えた目でチョーカーを持って迫る、白髪美少女がいる。


「きゅう」

(悪りぃ、ちょっと怖えぇわ)


ジリジリとにじり寄って来るご主人様に面と向かい、チョーカーを手に取る。


そしてその輪っかを首に掛け、ご主人様に見せ付けた。


「……うん、いいね。めちゃくちゃ似合ってるよ。アルマに頼んで、宝石店で買ってもらった甲斐があった」


そう言って、嬉しそうな顔を浮かべてくれる。


「見てほら。私もメルとお揃いのチョーカーしてるんだよ。気付いた?」


そう言って、朗らかな笑みを浮かべてくれる。


──ドクン、と心臓が高鳴る音がした。


ご主人様の顔を見ると、そのドキドキが早くなる。柔らかな手が俺の頭に触れる度に、息が荒くなる。


まるで興奮しているような──いや、ちょっと待て。

ドキドキが収まらない。何かがおかしい。


これは恋じゃない。


無理やり心臓を動かされているような、変な感覚が身体を襲う。


「……ぎゅ……う……あ……」


おかしいおかしいおかしい。

身体が言うことを効かない。周りを見渡せば、各々寛いでいたはずのモウガンとアグニールも苦しんでいた。しかしフォスの姿がない。


……待て、フォスはどこ行った?


違和感に気付き、フォスを探す。その姿は、ご主人様の後ろにあった。まるで重なるようにご主人様の後ろで手を振りあげるフォスの姿。

長く鋭い爪を伸ばし、容易く死に至らしめられそうな凶爪が、スローでご主人様に振りかぶられる。


フォスの手は止まらなかった。

まるで止めるという選択肢が、最初から存在していなかったかのように。


「……え?」


ご主人様の声は、疑問に染まっていた。恐怖ですらない。しかしフォスは答えない。


ぐしゃり、と肉体が引き裂かれる嫌な音が洞窟内に響く。


「きゅ……?」


俺の視線はご主人様の姿をしっかりと捉えていた。いや、正確には“首と胴体の境界”だけを見ていた。


チョーカーを間に挟むように、綺麗に──ご主人様の首が静かに、横にずれた。


「あ……?」


その声が、最後だった。


頭部が落ちるより先に、身体が膝から崩れる。

遅れて、首が床に転がる。重たい音はしない。まるで、最初からそこにあった物のように。


フォスは、立ったままだ。


刃は、血をほとんど帯びていない。あまりに正確で、あまりに迷いがなかった。


「『ご主人(ヴェスティ)……さま?』」


俺とモウガンの声が洞窟に響く。

そんな俺たちに優しく微笑みかけてくれるご主人様は、無惨な死体となってひしゃげていた。


胴体から分離して床に転がった頭部は、横倒しのまま虚空を見つめている。白い髪が床に広がり、頬はまだ温かそうで、瞼は綺麗な赤い眼を晒したまま光を無くした。


──死んだ。

首を刎ねられて、ご主人様は死んだ。

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