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正義とは

今年で40歳を迎えるゲルド=スタンレーは、モンスター対策特務課の警察官である。

有り余る正義感で不正横暴を許さず、頭が固いために最近マルデンブルクに左遷をされてしまった不器用な男だ。

それもこれも、モンスターによって我が子を亡くしてしまったために正義を信ずるしかなかったためである。


今朝彼が受けた命令は、とある少女とモンスターの捕縛。

何やら国家転覆の疑いが掛けられているらしい。


死んだ自分の娘と同い年の少女が国家転覆?と疑問を感じたものの、危険指定個体である“アグニール”と、保護施設で管理されている凶悪なモグライヌ“フォス”を逃がしたとのこと。


ならば正義の名のもとに、少女を逮捕せねばならぬだろう。

国家転覆の疑いも、数多くある証言が真実を浮き彫りにしている。故にマルデンブルク市民に混乱を与えぬよう、すぐさま対処しなければならない。


パートナーがいる人間の捕縛は、必ず飼い主の方を抵抗できない状態に持っていく必要がある。

そうすればパートナーのモンスターは手出しができなくなり、捕縛がスムーズに済むためだ。


例の少女を捕まえ、見たことの無い進化を遂げているモンスターたちも捕縛。プリズマ刑務所に収容をしたのだが……。


「うぅむ、本当にあの行いは正しかったのか?」


警官としては失格かもしれないが、到底あの少女が国家転覆を企てた極悪人とは思えなかった。


パートナーであるモンスター二匹もかなり慕っていたようで、捕縛していても警戒を崩さない。グレートモーから進化したというモンスターに至っては、常に少女の心配をしていた。


こんなにモンスターと絆を結べている少女が、本当に?

疑問は尽きない。


「牢屋へ向かってみるか」


少々話を聞いてみよう。もしかすれば、何かの誤解かもしれない。

ゲルドは仕事を終えたその足で牢屋へ向かい、例の少女の檻の前にたどり着いた……のだが。


「……お前、その傷は誰にやられた?まさか、尋問官か?」


檻の中にいる少女は、身体の至る所をボロボロにしながら床にへたりこんでいた。

 

ゲルドの問いに少女は答えず、力なくこくりと頷く。

いても立っても居られなかった。


尋問室のドアを蹴飛ばす。


「あ?おいおい、勝手に入ってくるなよ」


中に居たのは、タバコを吹かしている二人の尋問官。

腸が煮えくり返るままにつかつかと近づいて、そのまま顔を──殴り飛ばした。


「ヘヴッ!?」と情けない声を上げる尋問官を何度も何度も殴り倒して、呆然と見ていたもう一人もなぐり倒す。

数分後、顔がパンパンに膨れ上がった尋問官二人を尻目にゲルドはハンカチで手に着いた血を拭っていた。


「嘆かわしい。尋問と宣っておいて、年端も行かん少女をいいように殴るとは……正義は貴様らの中にないようだな」


自身に罰則がくだることは承知の上。

これまで何度も上官の不正や汚職を明かしたことのあるゲルドからすれば、この程度で罰を喰らうのは些事に過ぎなかった。


拭ったハンカチをポケットにしまい、その足で食べ物や回復草を買って少女の元へ届ける。


少女は警戒していたが、素直に食べ始めた時は思わず安堵してしまった。

しかしどうやら、少女は情報を明かす気はないらしい。

なにか一言でも詳しく話してくれれば助かるのだが、パートナーの事を引き合いに出すと覚悟の決まった瞳で睨まれた。


ゲルドはモンスターが嫌いだが、モンスターもその飼い主もここまで互いの事を思いあっている姿に、少しだけ感じいるものがあった。


「本当に……あの少女がやったのか?」


ゲルドが証拠として貰っている数多くの証言。

その殆どは、あの少女が犯人で間違いないというものだ。

もしかしたら違うかも、恐らくあの子だろう……という感じではなく、明らかに断定した内容。


きな臭い。


満場一致のパラドックスというものがあるが、否定や間違いのない意見や証言は逆に怪しいと言わざるをえない。

人というのは記憶を変容し、同調圧力によって簡単にすげ変わってしまうものだ。ならば、逆にみんなが皆同じ人物を怪しいと断定出来るものなのだろうか?


「答えは否……やはり、あの少女が犯人の可能性は低い。というよりも、別の真犯人に代わりとしてすげ替えられたのかもしれないな」


ゲルドの考察は続く。

彼は正義を信奉し、正義のために行動する。


唯一その行動に賛同してくれたのは、都市の研究所長だけだった。

どうやら彼も正義を信じているらしく、“モンスターによって被害を受ける人々を減らしたい”と言っていた。


ならば自分も同じように、正義のために行動するべきではないか?


「ううむ。ここは彼に相談してみよう」


研究所長である彼は、証言者としてこの刑務所に立ち寄っているはずだ。

話を聞いて貰って自身がどうするべきか明確に決めよう。


そう思い至ったゲルドは、彼の元へ行こうと歩き出した。


瞬間。


───世界が殴られた。


まるで空気が地震のように大きく揺れ、轟音とともに刑務所が揺れ出す。溶け出した天井から見えたのは、空を緋色に染める羽の生えた少女の姿だった。





警報は、もはや意味を成していなかった。


刑務所全域に展開された対モンスター結界。

都市国家が誇る「凶悪モンスター収容用プロトコル」が同時に起動する。


本来なら、特異個体でもなければ即座に無抵抗にさせ、あっという間に隔離してしまうという科学力の集大成だ。


だが。


「……りゃま(邪魔)


結界が、内側から焦げ始めた。

都市の収容用プロトコルすら溶かす熱量を発しながら、ゲヘナジュヴァが一歩前へ出る。


向かう先は自身のご主人様であるヴェスティの元。

それを止めようと看守や刑務所職員が集まって捕縛を試みるが……。


「ば、馬鹿な……!」

「武器が溶かされてるぞっ!?」

「地面が……か、壁が……!」


溶け出す地面と壁。所持していた武器もあっという間に溶けだしてしまい、使い物にならなくなった。


もはや敵を捕縛する手立てはない。


「……ッ、退避しろ!」

「いや、無理だ!足が……!」


逃げようとする看守たちの影が、床に縫い止められる。


ゲヘナジュヴァの足元から伸びる焔は“影”を焼く。触手で影を捕縛し、影を焼くことで動きを封じるものだった。


逃げる意思、反抗する覚悟。その総てを影ごと奪い取る焔。

その姿を背後で眺めていたアグニールは、顔を恍惚の表情に染め上げる。

まさか自分がトモダチになったスライムに施したマーキングが、進化先にまで影響すると思わなかったから。


2次進化とは思えない強さ。

単純なエネルギー量なら、もはや並のモンスターの3次進化を容易く越している。


そんな彼女の見た目は、ただひたすらに赤黒い。黒い悪魔のようなスペード型の尻尾をゆらりゆらりと左右に振り、白い髪から赤いメッシュが伸びる。

身長的には中学生くらいだろうか。

進化前にはなかった胸を覆う黒い布が身体の至る所を結び、腰に届かない程度の赤いジャケットを羽織っている。


へそに位置する紋様は赤くなり、僅かにひび割れていた。

そして瞳も赤い。頭の側面から伸びる一対の角は大きくなり、より悪魔を思わせる。


まるで彼女のご主人様であるヴェスティを意識しているように見える色彩には、メルのヴェスティに対する想いが浮き彫りになっていた。


「うきゅ」


彼女が一声鳴く。

それだけで刑務所の管理システムはショートし、もはや意味をなさない。溶け出した牢屋に乗じて逃げ出そうとする輩もいたが、周りを囲む炎によって無理やり中に閉じ込められてしまった。


あくまでも人を殺さぬように。だが悪人罪人を逃がさないように。

その全てはヴェスティを助けた時に、彼女が悲しまないようにする配慮。


もはやこの場において、メルを止められる存在はいなかった。




───☆


「なんだ……アレは」


ゲルド=スタンレーの喉から、掠れた声が零れ落ちた。


目の前で起きている現象を、彼の知識は一切説明できない。

災害ではない。

暴走でもない。

ましてや、敵意だけで動く“凶悪モンスター”のそれでもなかった。


あれは意志だ。


刑務所の通路が、音もなく歪んでいる。

壁は溶けているのに崩れない。

床は焼け落ちているのに、誰一人死んでいない。


逃げ惑う看守たちが、影を縫い止められ、恐怖に震えながらも命だけは奪われていない。


「……統制している……?」


無意識のうちに、ゲルドは呟いていた。


あの焔は、無差別ではない。

怒りに任せた破壊ではない。

むしろ選別している。


そして。


焔の中心に立つ、羽の生えたモンスターは、一切こちらを見ていない。

視線の先にあるのは、ただ一つ。牢の奥にいる、ボロボロになって座り込んだあの少女──ヴェスティだけだ。


「……馬鹿な」


ゲルドは、拳を強く握りしめた。


彼はモンスターが嫌いだ。

いや、正確には恐れている。


娘を失ったあの日から、凶悪なモンスターは“正義が討たねばならない存在”になった。

どんなモンスターであろうとも、危険性があると提唱した。


だが目の前の存在は、どうだ?


刑務所を瓦礫に変え、あらゆる武器を灰に返し、それでもなお、人を殺さないよう“配慮している”。


それはまるで──。


「……守っている……?」


自分の思考に、ゲルド自身が驚いた。そして納得した。


あぁ、確かに。あれは守っているんだろう。

目の前のモンスターと少女にどんな繋がりがあるか分からないが、どう見てもモンスターが少女を守っているようにしか見えなかった。


「なるほどねぇ……アレが例のモンスターか」


そんなゲルドの隣で、感嘆の声をあげる男。

同い年らしいが、顔の若々しさからするに到底同い年とは思えないこの男。


彼はマルデンブルクにおける研究所長だ。


ゲルドの正義に共感し、凶悪なモンスターから人を保護する目的を掲げた素晴らしい人物。もしこの男がいなくなれば、ゲルドの正義はなし得ないだろう。


「っ、すぐに退避を!」


「えぇ、もちろん。しかし中々に興味深いな……特異個体の影響を受けたモンスターは、ああも強くなるのか」


男は興味深そうに眺めている。そこに恐怖心がないかのように、目をらんらんと光らせて何かをメモしているようだった。


だが悠長にはしていられない。


「くっ、抱えていきますぞ!」


「あぁどうも」


男を抱えて出口へと走る。

その後ろ姿をゲヘナジュヴァは赤い瞳を光らせ、悠然と眺めていた。

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