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初キッス

──出てこい、アグニール。


その言葉を紡いだ瞬間、空気が軋んだ。

膨大な熱量を孕んだ緋色が世界を蝕み、まるで悲鳴をあげているようだった。


焔が渦巻く。


恐らく、【全範囲衝撃吸収】がなければ俺の体も溶けていただろう熱量。特異個体というモンスターとしての存在の格を知らしめるように、洞窟が溶解する。


底知れぬ灼熱の奔流が目の前の溶けだした地面から吹き上がり、焔の主であるアグニールを歓迎するようにうねりを上げた。


「きゅ……」

(は、はは。こいつぁやべぇ。流石は特異個体ってところか?)


並のモンスターなら見ただけで逃げ出し、強力なモンスターも圧倒的な格の違いでひれ伏させる。

誰が呼んだか、特異個体のことをあるユーザー達の間では“王種”なんて呼ぶ奴らもいた。


なるほど、確かにこれは王だ。


──ズン、と威圧感を伴った足音が響く。

焔の渦の中心から影が立ち上がり、掻き分けるようにして焔から抜け出した。


ドラゴンの様な角、燃え盛る翼と命脈するマグマのような亀裂が身体に走っている。爬虫類を思わせる金色の瞳は、圧倒的な上位者を相対した如く動きを鈍らせた。


え、俺こんなのと戦ってたの?と過去の俺の無鉄砲さに呆れつつ、手を広げて歓迎の意志を表した。


「ん……久しぶり、だね」


「んきゅんきゅ」


熱量と姿から察するに、恐らくもう弱体化は解けている。

出会った時の中学生くらいの身長から一転して、165センチくらいだろうか?

スレンダーな身体を惜しげも無く露出させ、炎とは正反対の絶対零度の顔を浮かべていた。


紛れもない美少女である。


「んふ……呼んでくれたの、うれしい。わたし、待ってんだよ?」


そんな顔を綻ばせて、まっすぐに胸元に飛び込んでくる。


歓迎の意志を見せる俺にぎゅっと抱き着き、耳元で囁くアグニール。首のマーキング痕を撫でられている俺は、溶けないように【高速再生】をぶん回すのに必死だった。


あっ、待って。なんかモグライヌちゃんがこっち見てる。

多分同じ匂いがする奴が二人いるから、バグって脳がショートしてるんだ。


「んっ!んきゅんきゅ?」

(お、俺も会えて嬉しいよ!けどほら、あっちに見覚えのある子がいないか?)


スレンダーな胸を押し付けられながら、何とかショートしてるモグライヌを指さした。


「ん?……えっ」


言われるがまま俺が指さした先を見るアグニール。

爬虫類のような瞳孔をまん丸と開き、あわあわしてらっしゃる。


気の所為か、涙すら浮かんでいるように見えた……まぁ、熱量のせいですぐに蒸発してるけど。

だが、ここで俺の言葉は野暮っていうもんだろう。


見た目はかわちいスライムだが、中身はおっさんだ。引き際は弁えている。


「うそ、だよね……“フォス”?」


俺から離れ、ゆっくりとモグライヌ──“フォス”という名前らしい──に歩み寄っていくアグニール。


「うがぁ……?うがぁ!」


それを見たフォスも涙を浮かべて、アグニールの方へ駆け出した。

進化して見た目が変わっていても分かる、なんて二人の繋がりの強さを感じられる。


遠慮がちに近寄り、おずおずと互いに抱き締めあう二人。


「生きてて、くれたの?」


「うが」


「先に死んじゃって、ごめんね」


「うがん」


「んふ、そうだね……わたしも寂しかった、よ」


アグニールとフォスの間にどんな物語があったのか、俺は知らない。


だが、美少女達が抱き合って涙をうかべるこんなにも美しい光景の裏には、きっと想像も付かないような苦悩や悲しみがあったはずだ。


引き起こしたのはラスボス──“魄離理論会”のボスだ。そして、俺の大事なご主人様とモウガンを逮捕し、都市マルデンブルクを牛耳るドンでもある。


研究所から各主人とモンスターのデータを盗み出し、この都市中のパートナー事情について一番詳しいあの男は、数多くのパートナー達を地獄に落として来たことだろう。


既にこの都市はあの男の手のひらの上だ。


それ故にマルデンブルクは襲撃された。

他ならぬ主人公の手によって。


「んふ、やっぱりフォスはかわいい……ね」


「うが!!!」


「……ふふ、夢みたい。出来ればもっと撫でて、あげたいけど……でも、今はその時間じゃない、だよね?」


アグニールから問い掛けられ、頷いた。

俺が用意出来るジョーカーであり、都市を落とすことが出来るアグニールと“トモダチ”として友好関係を結べたのは、非常にありがたいことだ。


まぁ、若干トモダチの押し売りを感じたが……呼び掛けに応じて応えてくれた。


俺の目的は、ご主人様を助け出すこと。


「んきゅ」

(あぁ。急かすようで申し訳ないが、そろそろ行こう)


「うん、分かってる……フォスは、ついてくる?」


「うがうが!」


「んふ。着いてきたいって」


元気に吠えてアグニールにピッタリと引っ付くフォス。


離れたくないんだろうな。美少女……否、美女二人が抱き合ってる絵面は大変ご飯が進むので、俺としてもありがたい。

フォスがアグニールに顎の下を撫でられて、「くーん」と鳴く。


非常にご飯が進みます。


と拝んでいると、撫でられ終えたフォスが俺に近づいてきた。

心做しか尻尾がブンブン振られている。


「がう!」


「んきゅ?」

(どした?)


眉を八の字に曲げて、俺の手をとって自分の頭に押し付け始めた。そした、撫でて欲しそうな顔を向けてくる。


「がうがう!!!」


目がキラキラしてる……めっちゃ嬉しそう。何故か懐かれたようだ。

俺はお前のパートナーじゃないんだけどなぁ……でも可愛いからヨシ!


「んふ、懐かれ……てるね。やっぱりわたしに似て、尻尾を振る相手を……見極めてる」


「きゅうん」

(ドヤ顔で言われても困るんだが)


撫で心地のあるサラサラの髪を撫でつつ、ご主人様の近くに転移するためにアグニールと手を繋いだ。


転移阻害は……どうやら掛かってるな。抜け目ないようだ。

ならば俺に偽装してる触手の方に転移するとしよう。気付かれたという報告もまだ来ていないし、行けるはずだ。


ご主人様を助ける。

そのためには、他に注意を引き付けてもらう必要がある。

収監されているプリズマ刑務所は、警備が厳重だ。だから二人を呼び出した。


アグニール達は復讐が出来る。

俺はご主人様を助けられる。


WinWinだろ?


触手の情報を読み取り、転移を開始する。

手を繋いだ二人を離さぬようにぎゅっと握って、準備は万端だ。


さぁ、めちゃくちゃに暴れてやろう。


「きゅ」

(行くか)


決意を新たに、転移を開始しようとして──。


「ん……あ、そうそう」


「きゅ?」


いきなり手を離したアグニールに中断された。

どうしたんだ?と視線を向ければ、アグニールは首元のマーキング痕を撫で始めた。


またつけ直したいんだろうか?

呼んでおいて失礼だとは思うが、時間がないから出来れば早めにして欲しい。

そう考えて、首元を見せてアグニールに近寄った。


瞬間──響くリップ音。


ほんの一瞬だけ、俺とアグニールの距離が消えた。


首に来ると思っていた柔らかさはなく、かわりに包み込むような手のひらが頬に。溶けだしそうなほどの熱が、俺の唇に触れる。


柔らかい。思っていたよりずっと。

目を開ければ、してやったりといった顔を浮かべるアグニールがいた。マーキングじゃない。ちゃんとしたキスだ。


「んふ、ごちそうさま」


妖艶に微笑んで、ペロリと自身の唇を舐めとるアグニール。


唇が離れた瞬間に空気が冷たく感じて、それが余計にさっきまでの熱を意識させた。


視線が合う。

それっきり何も言わないのに、互いに同じ鼓動を感じ取ってしまっているのがわかる。

自分の頬が、勝手に熱を帯びたのがわかる。


──ま、待て、今ドキッとしたのを抑え込め!

俺はご主人様一筋だ。たかがキス如き前世じゃ屁でもなかっただろ!?


「きゅ、きゅきゅ」

(お、お粗末さまです)


赤らんだ頬を隠すようにそっぽを向いて、再び二人の手を握る。

フォスは今のやり取りが分かっていないのか、はてなマークを浮かべてがうがうと吠えていた。


……あれ、フォスってこんなに小さかったっけ?


違和感を感じる。


フォスの方が俺より背が高いのは一目瞭然だが、心なしかフォスの背が少し縮んだように見える。

アグニールもさっき見た時より縮んでいる気がするんだが……気の所為か?


説明できない違和感に包まれながら、俺たちは洞窟内から姿を消した。






───《特異個体の因子を獲得。通常進化のルートを削除し、新たに特殊進化のルートを再定……成功しました》


───《特殊進化を開始します》

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