美少女に迫るスライム
「あれ、君も一人なの?」
声を掛けられ、反射的に目を開く。
目の前にいたのは──年の頃は十五、六くらいだろうか。くすんだ茶色のマントに、ちょっと大きめのリュック。
ボブカットの白い髪と特徴的な赤い瞳がよく馴染んでいる。
……あれ、どこかのお姫様だったり?
旅慣れてはいなさそうだが、格好からしてモンスター探しの旅に出ているようだ。
……よし。
第一関門、年齢クリア。
「……んきゅう?」
可愛らしく首を傾げて、可愛らしさをアピールする。
え?前世の大人としての矜恃?そんなもんは可愛い子の前では無力なんだよ。
少女はそんな矜恃を捨てた俺を見下ろして、ぱちぱちと瞬きをした。心なしか目がキラキラと輝いてる気がする。
これ、来たか?
「わ、かわいい……!君ってチビスラだよね?
この辺りじゃあんまり見かけないのに……」
すぅーーー。はい、来ました。
第一印象は上々だ。
そしてここから、更に一気に畳み掛けるっ!
「きゅ、きゅうーん」
(そうそう、かわいいでしょ? 撫でてもいいよ?)
そんな想いを込めて少女を見上げる。
もちろん言葉は通じない。だが、俺の完璧な“あざとムーブ”は通じたらしい。
少女はおそるおそる手を伸ばし──俺の頭(?)を、そっと撫でた。
「……ふふっ、ぷるぷるしてる。ゼリーみたい」
あっ、あっ、美少女からのお触りとか最高か?
だが俺はあいにく非童貞である。この程度で好きになるほどチョロインじゃないんだからね……っ!!!
「きゅきゅ~」
(そうそう、あっ、うん。もっと撫でてもいいよ。なんならそこも……あっ)
「えへへ……もう、甘えんぼさんだね」
あ、好き。
……おっと、危うく好きになりかけた。
だってこの子、めちゃくちゃ触るの上手だもの。しかも笑顔も可愛くて、優しそうな見た目で。
この時点で俺の中のパートナー適性チェックリストが、猛スピードで埋まっていく。
・女性。まる。
・旅に出てそう。にじゅうまる。
・チビスラを怖がらない。さいこう。
・笑顔がかわいい。ピカイチ。
完璧か???
少女はリュックを地面に下ろし、俺の目線に合わせてしゃがみ込む。
「ねえ、君。もしかして……パートナー、いないの?」
っしゃ、来たァァァ!!
これは仲間にしてくれる誘い文句では?
「きゅっ!」
(いない!! 今まさに募集中!!)
勢いよく鳴いたせいで、羽がばさっと広がる。
自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃ必死なチビスラだ。
少女は少し困ったように笑った。
どしたん、話聞こか?
「そっか……実は私も、一人なんだ」
お?
「この村に来たけど、パートナーになってくれそうなモンスターがいなくて……私、まだ駆け出しだし」
ほうほう。
「強いモンスターじゃなくていいの。
一緒に旅して、一緒に強くなれる子がいいなって」
なるほどね。
「きゅ……きゅきゅ」
(それ俺です。今すぐ契約書持ってきてください)
俺はぴょん、と彼女の膝に飛び乗る。
羽でバランスを取りつつ、できる限り“無害で健気な生き物”を演出する。
少女は驚きつつも、逃げなかった。
「わっ……!え、えっと……もしかして……」
彼女は少し顔を赤らめて、意を決したように言う。
「……私と、旅する?」
キタァァァァァァ!!!
脳内でファンファーレが鳴り響く。
五次進化ロード、ここに開幕じゃあ!!!
「きゅううううう!!」
(はい喜んで!! 一生ついていきます!!)
既に脳内では、5次進化して“デミ・ウルミナス”となった俺が少女と一緒にキャッキャウフフしてる姿を想起していた。
百合はあまり興味なかったが、ここに来て新たな扉が開きかける。
後はパートナー契約を───
「もう……元気だね、君。でもやっぱり、君じゃダメかな」
───っえ?
なんで?今完全にパートナー契約を結ぶ流れでは?
もしかして俺振られた?
「あはは、そんなに落ち込まないで。だって私、君のこと可愛すぎて贔屓しちゃいそうだもん。そうなるとさ、他のモンスター達が可哀想じゃん」
少女はそう言って、困ったように笑ったまま、俺の頭(?)からそっと手を離した。
……え。
待って。
贔屓って何。
俺は贔屓される側の存在だが?
「きゅ……?」
(え、ちょっと待って。今のどういう意味?)
間の抜けた声を出して見上げると、少女は目を伏せて、少しだけ真面目な顔になる。
「私ね、一体だけを連れて旅するんじゃなくて、色んなモンスターと関わって相性を見て、皆が相棒みたいな感じでやっていきたいの」
な、なるほど。
それってつまり。
「だから……“この子”って決め打ちするのは、しないって決めてるんだ」
「きゅ……」
なるほどね……そりゃだめな訳ですわ。
つまりこの子は全員一番が良いワケで、そこに優劣を付けたくないと。だが俺が可愛すぎるせいで、贔屓してしまうのが許せない、と。
おいおい、これって俺のせいじゃねぇか。
せっかくパートナーを見つけたと思ったのに……これは結構心に来るぞ。
と、目に見えて萎えている俺に、少女が慌てて手を振る。
「ち、違うの!嫌いとかじゃないよ!?むしろ……」
言いよどんで、ちらっと俺を見る。
「……かなり、好き」
「きゅ、キュン///」
(あ、キュン///)
──っじゃねぇんだよ!!!
俺は内心で自分にツッコミを入れつつ、慌ててぷるぷると体を震わせる。
いや違う、違うから。
今は照れてる場合じゃないから。
「……ふふ」
少女はそんな俺を見て、少しだけ肩の力を抜いたように笑った。
「ほら、そういうところ」
指先で俺の額(?)をつん、と軽く突く。
「私が贔屓しちゃいそうって言った意味、分かるでしょ?」
……ぐうの音も出ない。
確かに今この瞬間、彼女の注意は完全に俺一色だ。
この村に他のモンスターがいたとしても、たぶん全部すっ飛ばして俺を撫で続けるだろう。
くそっ、罪深い可愛さめ。
「きゅ……」
(自覚は……ある)
しゅん、と萎んだ俺を見て、少女は少し申し訳なさそうに眉を下げる。
「ね、君が悪いわけじゃないんだよ?
ただ……私がまだ、誰か一人を“選ぶ”覚悟ができてないだけ」
選ぶ、か。
「駆け出しだし、知識も経験も足りなくてさ。
だから色んなモンスターと出会って、学びながら進みたいんだ」
そう言って、彼女はリュックの肩紐をぎゅっと握った。
「……でも」
一拍置いて、赤い瞳がまっすぐ俺を見る。
「君みたいな子と出会えたのは、すごく嬉しい」
「きゅ?」
(……え)
「だって、こんなに意思がはっきりしてて、感情も分かりやすくて、
しかも──」
少しだけ声を落として。
「……私を見て、ちゃんと“選ぼう”としてくれたでしょ」
…………。
それ、言われると刺さるんだが?
俺は前世の倫理観とか色々棚に上げて、
「条件が良さそうだから」「一緒にいれば楽そうだから」
そういう打算込みで彼女を選んだつもりだった。
でも──彼女にそう言われると、妙に胸がもぞもぞする。
「きゅ……きゅう」
(……そりゃ、選ぶでしょ)
小さく鳴くと、少女は少し驚いた顔をして、
それから柔らかく笑った。
「……ありがとう」
その一言が、やけに重い。
彼女は立ち上がり、背中のリュックを背負い直す。
「だからさ、提案なんだけど」
お?
「パートナーにはならない。
でも──“知り合い”とか、“縁がある子”としてなら、どうかな?」
縁、か。
「またどこかで会えたら、その時は……」
彼女は少し照れたように目を逸らす。
「今より、ちゃんとした形で考えたいなって」
……くそ。
逃げ道を残しつつ、期待を捨てさせない完璧な言い回しじゃねぇか。
「きゅ」
(ずるい)
「えへへ、ごめんね」
悪びれずに笑うのが、また腹立つ……でも好き!
もはやこの少女以外に俺のパートナーをして貰おうとは思わない。
君に決めた!って奴である。
彼女は一歩下がり、軽く手を振った。
「じゃあ、私はこの先の草原に行くね。君も……元気で」
……行くのか。
「きゅ……きゅう」
(また会う、ねぇ)
半分、確認みたいに鳴くと、少女はしっかり頷いた。
「うん。また会おうね、チビスラくん」
そう言って、彼女は振り返らずに歩き出した。
マントの裾が揺れ、白い髪が陽に反射して、
やがて彼女の姿は村の外へと消えていく。
……。
………。
俺はその場で、しばらく動けなかった。
「……きゅ」
(……参ったな)
飼い主はできなかった。
とはいえ、飼い主を見つけないと1次進化すら出来ない。そういうシステムになっているからだ。
俺は弱い。
他のモンスターならまだしも、チビスラという最下級のモンスターだからこそ、強くなるのは難しい。
……他に飼い主を見つけるか?
いや。
「よし……決めた。今日から、君が私のパートナーね」
俺はあの少女にそう言ってもらいたい。
我ながら、かなりモンスターに染まってしまったな。
元の世界に帰るために、生き残るために、パートナー探しをしていたはずなんだがなぁ。
だから俺は決断を下した。
「きゅ、きゅきゅ!」
(こっそり、バレないようについて行こう)
美少女に迫るスライム。
絵柄は完全に事案だし、年齢を加味しても未成年に迫る大人という、更にややこしい事になる。
だがそんなの関係ないね!
俺が1番の相棒だってあの少女に言わせてやるからなぁ!
なおこの十分後、
彼女が初戦のグレートモーに突っ込もうとして、
俺が全力で止める羽目になるのだが──。
それは、また別の話。




