トモダチのしるし
目と目が合った瞬間、世界が“戦場”に切り替わった。
アグニールの周囲が膨大な熱によって蜃気楼を引き起こし、姿がゆらゆらと何重にもブレる。
……あっ、ふーん?け、結構がちなんだ。
まぁ俺強すぎるし?丁度いいハンデというか、ね。
はっきり言うと、正直めちゃくちゃ怖い。だがご主人様とモウガンに近付けさせる訳にはいかないんだ。
ご主人様とモウガンをもう一度触手で手繰り寄せて遠くへ運ぶのを忘れずに、アグニールと相対した。
ご主人様とモウガンが何か言っていたが、俺はご主人様達に怪我をして欲しくない。それには足止め役が必要なんだ。
その役目は、ご主人様の1番である俺だろ。
「きゅ!」
(来い!触手!)
人差し指をクイッと曲げ、影の中からもう一体【触手】を呼び出す。うねうねと蠢く触手を眼前のアグニール目掛け放った。
刹那、空気と触手が焼け、地面が悲鳴を上げる。
「じゃ、ま」
先に動いたのは俺。だが圧倒的優位に立つのはアグニールだった。
背中の一対の翼が打ち鳴らされ、衝撃波と同時に紅蓮の焔が扇状に放たれる。触手が一瞬で蒸発し、さっきとは比べ物にならない焔がお返しされてた──だが、それでも“本来”よりは明らかに弱い!
舐めてもらっちゃ困るのだ。
「きゅっ!!」
(スライム舐めんな!)
焔が広がる“前”に、俺は地面へと滑り込む。
スライム特有の粘性を活かし、熱が届く直前で身体を極限まで薄く延ばした。
──ジュッ!!
背中を掠める熱。
一瞬、体の表面が蒸発する感覚に歯を食いしばるが、即座に【微再生】を回す。
……めっっっちゃ痛いんだがクソッ!!!
痛いのは嫌いだ!少しは手加減しろよ!と涙ながらにアグニールを見つめた。
薄く伸ばしたスリムスライムぼでーから、人型へ戻る。背後のガラス化した地面が、弱体化してもなお特異個体としての強さを見せ付けていた。
「……あれ」
アグニールが小さく首を傾げる。
「やけ、ない?」
「きゅうきゅっ!」
(残念でした!こちとら粘液ボディなんでな!!)
内心ドヤりながら、即座に距離を詰める。
狙いは攻撃じゃない。
───撹乱だ。
距離を詰めるといっても、真正面から特異個体に挑むほど馬鹿じゃない。
俺は消し飛ばされた触手をもう一度呼び出し、地面へ叩きつける。
頼んだぞ触手くん!
「きゅっ!」
(広がれっ!)
【触手】が地を這い、瞬く間に地面一帯へと【粘液】を散布する。グジュグジュと音を立てて溶かされていく地面……だが一瞬で膨大な熱量によって、気体へと変化してしまった。
構わない。続行だ!
粘液を散布しながら、アグニールの攻撃を紙一重で躱し続ける。
そして。
「……なん、で?あたら、ない」
ようやく効果が出てきたらしい。
あんなにギリギリで避けていた焔の攻撃がだんだん稚拙なモノへと変わっていく。ソレは俺に当たることなく、見当違いな方向へ放たれることもあった。
答えは単純──気化熱による陽炎だ。
地面が粘液によって濡れた後、焔によって熱せられた結果、空気による揺らぎで俺の姿が捉えられづらくなっている。
しかもダメ押しで、新たに取得した【粘液操作】の効果である“毒”と“麻痺”の効果も粘液に付与しているのだ。
無論即座に気体へ変わったものの、効果は極微量ながらあるはずだ。
陽炎によって上へと上がった毒と麻痺の成分が、アグニールが呼吸することによって蓄積されていることを願うしかない。
それに俺の勝利条件は勝つことじゃないからな!
「う、なんか……からだが、へん」
頬を赤くさせて、呼吸しづらそうにしているアグニール。
ハァハァと荒い吐息と共に、麻痺によってビクビクと痙攣する身体。明らかに効き目が出ていた。
広げていた翼を閉じ、ゆっくりと地面へ降下するアグニールは胸を抑えて苦しみだす。
でも、何故だろう。
「ハァ……ハァ……あぅ」
苦しそうにしながら頬を赤くしてる美少女モンスターの姿に、思わず攻撃が止まってしまった。
「きゅ、きゅう……」
(え、えっちだ……)
戦闘中に何を考えてるんだと我ながら思うが、男としての性には抗えない。誰がなんと言おうとえっちである。
そんな俺に、またもや火の粉が飛ぶ。
「んきゅっ!?」
「また、さけた」
胸を抑えながら残念そうに呟くアグニール。
弱っても流石は特異個体か。もう一度粘液を飛ばして、完全に戦闘不能にするべきだな。
そう判断して触手くんにお願いしようとして……やめた。
「メル〜〜〜!!!!」
「ワオォォォォンッッ!!!」
アグニールの背後からヘトヘトになりながら走ってくるご主人様と、モウガンが見えたからだ。
なんでだ、触手で逃がしたはずなのに。
そんな疑問をよそに、凄まじいスピードで走っていたモウガンの勢いは止まらず、そのままアグニールを轢いた。
「きゅ?」
(え?)
ドゴンッと音を立てて吹っ飛ぶ炎の化身と、息を荒くしながら怒ってる表情を浮かべているモウガンを見やる。
……えぇ、うちのモウガン強すぎひん?上下関係植え付けるつもりだったのに、いつの間にか俺が下克上されそうだ。
将来、爆乳美女の尻に敷かれて奴隷のように働かされる姿を幻視しつつ、吹き飛んだアグニールの方へと歩む。
なんだか可哀想になってきた。
とはいえ大切なご主人様とモウガンを襲っていたのも事実。油断して被弾するようなヘマは避けたい。
警戒心をマックスにしながら、アグニールへと近付く。
既に見た目はボロボロになっていながらも、まだ意外とピンピンしているように見える。流石は特異個体というべきか。
「……ひど、い。ともだちになり、たかっただけ、なのに」
「きゅ?……きゅいきゅい」
(と、友達ぃ?……でも攻撃してきたしなぁ)
思い返してみても、攻撃された記憶しかない。
それなのにアグニールはハテナマークを浮かべて、本当に分かっていないような顔をしていた。
うっそだろ、まじで?
「こうげ、き?してない、よ?他のもんすたぁにはこうげきした、けど。あなたとは、仲良くなりた、かったから」
「きゅ……きゅきゅ?」
(さいですか……ちなみになんで?)
「“アイツ”にチカラをうば、われてイライラしてた。ぜったいふくしゅう、してやるって、まわりを攻撃してたら……私と似たけはいを感じた、から……」
「きゅきゅ?」
(友達になろうと思ったと?)
「……うん」
なるほどね。
いや、モンスターの行動原理を人間が推し量ることは出来ないんだが、まぁ何となくわかった。
良くも悪くもモンスターは欲望一辺倒だからな。
沢山寝るやつもいるし、沢山食べるやつもいる。アグニールがどんなモンスターかはあまり詳しく覚えていないが、俺のような新種に似た気配を感じるって……そんなモンスターだったか?
俺は一度、ぴたりと足を止めた。
アグニールは地面に座り込んだまま、炎もほとんど揺らさず、ぼんやりと俺を見上げている。
さっきまでの殺意マシマシな特異個体とは思えないほど、今は弱々しい。
「きゅ……」
(……悪意はないか。少なくとも今は)
3Rの知識を総動員しても、“友達になりたいがために周囲を焼き払う特異個体”なんて聞いたことがない。アグニール自体強すぎて、ストーリー上で仲間になることはないからだ。
だが同時に、特異個体という存在自体が「例外の塊」である。その例外たちを常識に当て嵌めて考えるのはやめといた方がいいな。
……いや、待てよ。
こんなに騒動が大きくなったの俺のせいか?
俺と友達になりたいからここまで被害が広がったのか?
当たりを見渡せば、そこら中ガラス化した地面まみれである。
……被害総額で考えたらとんでもない金額が。
「“アイツ”……か。ちょっときな臭いね」
ご主人様が、少し遅れて俺の隣に来る。息は荒いが、目はしっかりしていた。
反対に俺の息は荒ぎ、冷や汗が止まらない。
ごめんご主人様。俺、マグロか蟹漁船に乗って稼いで来るよ。
冷静に考え始めるご主人様をよそに、絶望に染まる俺の未来。美少女のケツじゃなくて、むさ苦しい臀を眺める毎日──神は死んだ。
白目を剥きながらアグニールへ話し掛ける。
「きゅ、きゅい!」
(と、友達になるから、これ以上は暴れちゃだめだぞ!)
これ以上暴れられたらひとたまりもない。俺の身体で稼がねばならなくなったら困る。
俺が懇願すると、アグニールは一瞬だけ警戒するように身を強張らせたが、やがて力なく翼を畳んだ。
「……つかれ、た」
炎が完全に消える。
その瞬間、緊張の糸が切れたのを感じた。
身体がフラりと揺れ、足に力が入らない。
「……っ、メル!」
ご主人様が、俺の名前を呼ぶ。
その声が震えているのを感じて、初めて自覚した。
あ、俺、結構無茶してたな。
「きゅ」
(だいじょーぶだいじょーぶ)
軽く触手で手を引くと、ご主人様はほっとしたように笑った。それでもまだ心配そうだったため、グイッと顔を胸元に抱き寄せる。
なんか数秒で大人しくなった。
その横で、モウガンがアグニールを警戒しつつ唸っている。小さい触手を出現させて頬を撫でれば、モウガンも大人しくなった。
暫くしてご主人様達から離れて、もう一度アグニールと視線を合わせる。
「……ともだち、なってくれる、の?」
「んきゅんきゅ」
(もちろん)
しきりに頷けば、嬉しそうに顔を綻ばせた。
うっ、可愛い。一般モンスターと違って、特異個体はやけに美少女に描かれている気がする。
まぁ?かんぺきスライムである俺には劣るが?
それでも笑った時の破壊力はヤバい。
背丈的には中学生くらいだから、まだロリの次元だと思っているが、力を取り戻したらダウナー系スレンダー美女になるんだよなコイツ……。
「じゃあ、ともだちの、しるし」
「んきゅ?」
冷たい瞳を僅かに揺らしながら、ゆっくりと俺に近づいてくるアグニール。ちょっと警戒をしてしまうが、そんなのはお構い無しと至近距離まで近付いてきた。
──ちょっと嫌な予感がする。
「んきゅ!?」
「逃げちゃ、だめ」
後ずさった俺に覆い被さるように、アグニールが抱き着いてくる。踏ん張れずにそのまま尻もちを着くと、俺の腰あたりに乗った彼女が顔を近づけて来た。
首元をジクッ、とした痛みが包む。
どうやら噛まれているらしい。
ゆっくりとまるで痕跡をつけるように、何度も何度も噛み付き、舌で首元を舐られていく。
ご主人様がその様子を冷たい眼差しで見つめていたことなど、その時の俺は知る由もなかった。




