3話・私がおかしかった。
知恵の木の実の話。
あれは誰から聞いた話だっただろうか。
今はもう思い出せないが、要約すれば、人が神々の楽園から追い出された話だ。
人は神々から、楽園の木に実る果実を食べてはいけないと告げられた。
結果として、多くの人が知るとおり、人は悪魔にそそのかされてある果実を食べた。
それが知恵の木に実る果実だった。
それは、神々が大切にしていた二つの木の一つだったという。
なぜ大切にしていたのか、それにはさまざまな説がある。
たしか、私にこの話をした人はこう言っていた気がする。
人が神になるための果実だからだ、と。
その真偽は、私には当然わからない。
◯●◯
強い雨が天井を叩いていた。
その音は静寂の中でよく響いた。
私とサキちゃんの間には、気まずい沈黙が支配していた。
原因は私にある。
昨日、私は彼女に言ってはいけないことを言ってしまった。
それは、この終わった世界を必死に生きてきた彼女の存在を根本的に否定する言葉だった。
倫理的な問題がどうとか、そういう話ではない。
私には、彼女に何かを言う資格も権利もなかった。
そのことに気づいたときには、すでに手遅れだった。
煮え切らない返事をした彼女に、私は思わず怒鳴ってしまった。
人の死体を見ても動揺しない彼女を、冷静に死体の状態を語る彼女を、私の気持ちが理解できない彼女を、──人じゃない、と。
それっきり、私たちは口をきいていなかった。
今は駅から離れた学校の跡地で雨宿りをしていた。
下駄箱があるガラス張りの出入り口。
エントランスという呼び方はおかしいだろうか。
地域によって呼び方は違うだろうが、一般的には玄関や昇降口と呼ばれている場所だ。
そこの壁には血のような大きなシミが残っていた。
ここで何があったのかは分からない。
ただ、とてつもなく良くないことがあったことは、さすがの私でも察することができた。
そのまま視線を横にずらすと、骨のようなものが目に入った。
それが人の骨なのか、他の動物の骨なのか。仮に人の骨だとしたら、この骨の持ち主に何があったのか、死の原因は何か。答えが明かされないウミガメのスープのような思考の迷宮。
すると、視界の端でサキがどこかへ歩き始めた。
私とは逆側の壁に向かい、そこに飾られたレリーフに手を触れた。
いつかの年の卒業制作のレリーフ。
さまざまな色や形の、花のレリーフが額縁にはめ込まれていた。
おそらく、その年の卒業生が一人一つずつ作ったものなのだろう。
その一つを手でなぞりながら、彼女は口を開いた。
「理解してほしいとは言わない。けど、同情してほしい気持ちはある」
今までの彼女の声色とは違い、今にも消えてしまいそうなか細い声だった。
私の方へ振り向こうとしたが、その動作は途中で止まる。
まるで、私と目を合わせるのを恐れているかのような動きだった。
「世界からこの国が襲われたとき。……信じていた者に裏切られたとき。あたしたちは、まともではいられなかった」
そうか、でも、そうだよね──、と
諦めたような声で彼女は続いた。
そして、反芻するように、とある言葉を口にする。
「──人じゃない、か……」
確かにそうかもしれないね、と己を否定する言葉を肯定しながらサキは嘲笑した。
そんな彼女を見て、私の体は反射的に動いていた。
彼女のもとに近づき、ぎゅっとその手を握る。
一瞬、振り払われそうになる手を再度強く握り、彼女と目を合わせた。
何を彼女に伝えようとしたのか、その整理はついていない。
ただ、どうしてもさっきの彼女の言動を訂正したかった。
「……痛いんだけど」
眉間にシワを寄せながら、サキは私が掴んでいる方とは逆の手で、私の腕を引き剥がそうとする。
強い力で離されそうになる腕に、さらに力を入れた。
苦悶の表情を浮かべるサキ。
「ちょっと、いい加減にしてっ。本当に痛いんだけど」
冷たい声色だった。だが、語気は荒々しく、彼女の怒りが伝わってきた。
引き離されない程度に力を弱め、彼女の目の奥に視線を合わせる。
赤みがかった黒い瞳。
その瞳がわずかに揺れた。
軽く息を吸い、必死に頭の中で組み上げていた言葉を口に出す。
「ごめん、私がおかしかった! 」
「は? 」
謝罪ではあった。
ただ、普通の謝罪ではなかった。
私が悪かった、ではない。私がおかしかった。
「私は何も知らないし、わからない。無知で無力なのに、一丁前に言ってしまった。私がおかしかった! 」
「……何が言いたいの? 」
至極当然の答えが返ってくる。
意図的に明言を避けていた私の言葉は、小学生が書いた稚拙な日記のような、それにすら劣る言葉だった。
訂正しなければならない。
そんな焦った私の隙を見逃さず、サキは勢いよく手を振り払った。
「何なの、あんたっ! 」
睨みつけられる。
彼女の瞳を捉えていた私の目は、逸らそうとも逸らせられない。
その目に引き込まれるように、私の体に力は入らない。
さっきとは打って変わって、逆に彼女に動きを封じられる。
蛇に睨まれた蛙という言葉を思い出した。
「何を謝ってんの? 何を言いたいの? 何をしたいの? あんたは別に変なことは言ってなかったよ」
突き放すような言い方に胸がチクリと痛んだ。
「あたしの心はとっくに壊れてる。人の死体を見ても悲しいなんて感情は湧いてこない。そう、だってあたしは、──人じゃないからね」
「そ、それは……」
すぐに否定はできなかった。
なぜなら、それは私が一度口に出した言葉だからだ。
それは、間違いなく私の本心だった。
そのことを簡単に否定することは違う気がしたのだ。
(それでも……)
一度口に出したこと取り消せないし、なかったことにはできない。
だけど、訂正しなければならないことがある。
「……待って。ちょっと待って、待って待って待って!」
癇癪を起こした子どものように声を上げた。
そのおかげか、体に力が戻ってきた。
一瞬戸惑う彼女を、今度は私が睨みつける。
ここが最後のチャンスだ。
脳内の稚拙な文章を破り捨て、添削もせず、言葉を選ばず、ただの私の本心を伝える。
「私はさっきのサキちゃんを見てショックを受けた! それに対して、思わず言ってはいけないことを言ってしまったのも事実! だけどっ!──あなたの全てを否定したかった訳ではないの! 」
目覚めて一日目。
出会って一日目。
今の私が彼女の何を知っているかなんて、わからない。
「サキちゃんは、今まで辛い思いをしてきたんだよね。悲しい経験をしてきたんだよね。そのどれもが全部、私にはわからないし、理解できない。ううん、違う。理解してはいけないことだよね」
感情が抑えきれず、目頭が熱くなる。
やがてそこから涙が溢れる前に、私は自らの手を握り締め、頭を下げた。
「ごめんなさい! 私がおかしかった! 何も知らない、何もわからない、何も経験していない私が、サキちゃんにあんなことを言う資格はなかった! ごめんなさい! だから、どうか──」
許してほしいと、私は続けた。
どれくらい時間が経っただろうか。
しばらくの沈黙の後、彼女は私に顔を上げるように言った。
おそるおそる顔を上げる。
ぱちん、と。
その顔をビンタされた。
かなり力いっぱいに叩かれ、私の体は地面に倒れた。
「……え、え? 」
困惑する私に、彼女の声が降ってきた。
「はっ、自己陶酔してんじゃねぇーよ! バーカ! あはは!」
強い言葉だった。だが、その声色に怒りはそこまで感じない。
むしろ明るい声色だった。
現に彼女は笑っていた。
地面に倒れた私を見ながら、高笑いをしている。
「……な、何を?」
叩かれた頬を撫でながら、必死に状況の確認をする。
「あはははは。いい? 正直に言うとね。ヒナタに"人じゃない"って言われた瞬間あたし、めちゃめちゃカチンときてたの。マジで、コイツ何も知らないくせに偉そうに説教してきてさ。ほんと、殴ってやろうかなって」
いや、ほんとに殴られましたけど、という言葉をぐっと飲み込んだ。
「めちゃめちゃイライラしててさ、どうにかしてヒナタに罪悪感を覚えさせようと思ったの。それで、ちょっと傷心ムードを出してみたわけ、ふっ、そしたらさ、ふふふ」
何がそんなにおかしいのか、腹を抱えながら彼女は笑っていた。
「いきなり気持ち悪いこと言い出してさ、ほんとにもう、あはははは。ヒナタおかしいよ」
私がおかしかった。
違う意味で回収されてしまった。
別にこんな悲しいダブルミーニングしたいわけではなかったのに。
「……じゃ、もう別に怒っては、ない? 」
「んー、そうだね。思うところがないわけではないけど、さっきのヒナタが面白すぎてどうでもよくなったわ」
そう言うと、彼女は笑顔で手を差し出してきた。
「次は、ないからね」
「そんな満面の笑みで言わないで! 」
歯ぐきが見えそうなほどの笑みを浮かべながら、そう言う彼女。
その手を握り返し、軽く左右に揺らしてから、どちらからともなく手を離した。
そして、彼女は大きなリュックを下ろし、校舎の中へと入っていく。
必然的に私たち目は外れた。
その瞬間、彼女の口が何か動いた気がしたが、何を言っていたのか、私には分からなかった。
当然、その冷たい瞳の理由も分からない。
□■□
雨は降り続いている。
割れた窓から容赦なく雨が降り注いでいた。
床が濡れると、長年誰も掃除をしていないせいか、水が黒く汚れる。
それが私たちの足跡の形となり、汚いヘンゼルとグレーテルが現れる。
「ちょっと実験に付き合ってよ」
サキはそう言うと、どこかへ向かい始めていた。
やがて着いたのは化学室。
「いや、本当に実験をするんかい!? 」
思わずツッコミを入れてしまう。
こういうときの実験って、試してみたいこととかの比喩に使われるものでは?
驚いてる私に、"実験って言ったでしょ"とつぶやくサキ。
そうなんだけど。いや、それはそうなんだけど。
部屋の入り口で棒立ちをしている私を置いて、彼女は黒板の横の扉を開けて、中に入っていく。
扉には化学準備室と書かれていた。
周囲を見回すと、化学室特有の黒い机には埃が嫌にでも目立った。
数分ほどで、トレーに何かを載せたサキが現れる。
「何の実験をするの?」
「ん、ヒナタを殺す実験」
「まだ怒ってる!? 」
冗談だよと笑いながら、掃除用具入れを開け、そこからバケツを持ってきた。
そして洗面台に置いてあった洗剤も持ってきて、一緒にトレーに載せる。
「一度してみたかったんだよねー。いや、見たことはあるんだけど、あれはショボかったからなー」
懐かしむような口調で何かをつぶやく彼女。それは私に向けてのものではないと察し、黙って彼女を見守る。
バケツに準備室からもってきた液体を入れて、そこに洗剤を逆さまにして搾り出す。
ぶりゅりゅと、なんとも下品な音が響いた。
「ちょっと、ヒナタさーん? 」
「……これって怒ってもいいよね? 」
鼻をつまみながら手を仰ぐ彼女を見て、少し体温が上がった気がした。
握りこぶしを振り上げて、軽く脅す。
彼女はバケツを持ち上げると、底を揺らすようにして液体同士を混ぜ始めた。
「これくらいでいいかな」
バケツを床に置き、トレーに置いてあったもう一つの液体を入れる。
何が起きるのだろうか、私は内心ワクワクしながらバケツの中を覗き込んだ。
「あ、危ないよヒナタ」
「ふぇ? 」
平坦な声でつぶやくサキ。
気がつくと彼女は、部屋の奥の方にいた。
その声の方に振り向いた瞬間、背後に熱を感じる。
反射的に彼女のもとへ走り、熱の方に目を向ける。
何かが出ていた。
なんだこれは。
言語化できないものがバケツから天井に向かって飛び出していた。
強いて言うとしたら、巨大な歯磨き粉だろうか。
それが熱を伴って、上に飛び出していた。
どこかで見たことがあるような実験だった。
「象の歯磨き粉っていう実験だよ」
彼女の目は輝いている。
「テレビでは見たことあったんだけどね。このレベルの規模でやるには準備とか後片付けが大変だからさ。こういう時でしかできないんだよ」
こういう時というのは、この国が滅んだ時を指しているのだろうか。
視線の先では、熱のせいか巨大な歯磨き粉から湯気のようなものがモクモクと出ていた。
天井にはすでに到達しており、横にそれて倒れていく。
その時、彼女がつぶやいた。
「あ、やばい」
「え? 」
「バケツが耐えきれなかったみたい」
「ふぇ? 」
その瞬間。バケツが弾け飛び、私たちに向かって灼熱の歯磨き粉が襲いかかってきた。
「ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」
「あははははははは」
「何で笑ってんの!? 」
命からがら逃げ切った私たちは、廊下の角から化学室の方を覗いた。
出入り口付近で歯磨き粉は止まっているが、熱気はここまで伝わってくるような気がした。
死因が歯磨き粉なんて洒落にならない。
そういえば似たような事が前もあったような気がする。
たしかそのときは、一緒に実験をしていた男の子が容量を多めに入れて大惨事になり、先生に怒られたんだっけ。
(あれ? 記憶が少し戻ってきてる? )
私はサキの方を振り向き、その頭にデコピンをした。
「絶対に二度とサキちゃんの実験には付き合わないから! 」
「えぇぇ〜」
彼女の不満の声を無視して外に目を向けると、いつの間にか雨雲は消え去っていた。
「晴れたね」
頬を膨らませて拗ねている彼女の手を引っ張って立ち上がらせた。
□■□
雨が止み、校舎を出た私たちは、そのまま手を握って校門を出た。
遠くの空に、山の方へ虹がかかっている。
少し進み、さっきまでいた校舎を振り返ると、サキは立ち止まった。
「ヒナタはさ、学校に行ってた記憶があるような気がするって言ってたよね」
「うん、そうだね。ただ、どこの学校だったとかは覚えてないんだよ」
「じゃあさ、私がさっきやった実験をした記憶は? 」
「え、ある気がするけど。詳しいことは分かんない」
なぜこんなことを聞くのだろうか。
私が記憶喪失なことは知っているはずだ。
どこか確かめるような言い方に、記憶喪失そのものを疑っているような気がした。
あまり気分がいいものではない。
「じゃあさ、その実験を誰としたかは記憶ある? いや、人の名前とかはいいからさ。何人で、男女の割合とかさ、雰囲気でいいから」
不思議な質問だった。
さっきの実験に、何か大事な記憶が隠されていたりしたのだろうか。
少し考え、記憶の底にあるものを引っ張りあげた。
「「男女2人ずつ 」」
私の声とサキの声が完全に重なった。
一言一句違わずに重なる。
もしかして、記憶を失う前の私は、彼女と一緒にこの実験をしていたのだろうか。
同じ学校、同じクラスで、男子二人と合わせて四人で。
そんな考えが脳裏をよぎった。
しかし、それは彼女の次の言葉で否定される。
「やっぱり、ヒナタのその記憶おかしいよ。──だってヒナタは、学校に行ってないんだよ」
「……え? 」
予想外のことを告げられ、頭がフリーズする。
「別に不登校とかそういう話じゃなくてさ。必要なかったから行ってなかったんだよ」
「何、どういう事? 」
少し濁すような話し方をする彼女に、思わず棘のある声色で返してしまった。
「んー、簡単に言うとね、ヒナタは普通の家の子じゃないんだよ」
「私の親は、子どもを学校に通わせない方針の毒親だったってこと?」
「や、そうじゃなくてさ……」
吐き捨てるような私の言い方に、彼女も言い返してくる。
何か彼女の地雷でも踏んでしまったのだろうか。
露骨に不快感が顔に表れている。
「あんたの親はそんな人じゃなかった。それは保証するよ」
一息でそう言い切ると、話したいのは親のことではなく、私の記憶のことだと続けた。
「あんたの記憶の残り方は、歪過ぎると思っていたけど、そもそも根本から違っていたのかもね」
「どういうこと? 」
一瞬、沈黙があった。
それはほんの一瞬で、屋根から落ちた雫が地面に落ちるよりも早い。
その僅かな時間で、何を考えていたのだろうか。
サキは、私に背を向ける。
その背中越しから、声が聞こえた。
「あんたのその記憶はあんたのじゃない。……前に一緒に見た、数百年前を舞台にした映画。その登場人物たちの記憶だよ」
「…………はい?」
彼女は一体何を言っているのだ?
脈絡という概念をどこかに捨ててきたのだろうか。
全く話が見えてこない。
私の記憶が、映画の登場人物の記憶?
意味が分からない。
私の反応を見て、彼女は大きなリュックサックから何かを取り出した。
それは真っ黒な硬貨のようなもので、表面に細かな模様が彫られている。
彼女は手のひらにそれを乗せて、私に差し出してきた。
「これ、何か分かる? 」
「え、おもちゃのコイン? 」
「ぷっ」
「ちょっと! 笑わないでよ!」
吹き出した彼女を見て、何だか恥ずかしくなってしまった。
そんなに変なことを言ってしまったのだろうか。
サキは逆の手で、そのコインの中心に触れる。
その瞬間、コインが淡く光を放った。
コイン全体が発光するのではなく、複雑な紋様を描きながら発光する。
そして、それは何かの音を奏で始めた。
それは、どこかで聞いたことがある曲だった。
タイトルこそ思い出せなかったが、名曲だということが記憶の底に刻まれている。
しかし、今はそんなことよりも気になる事があった。
「それは、レコーダーか何か? 」
「もっと凄いものではあるけど、一旦はその認識でいいかもね」
彼女が指でもう一度触れると曲は止まった。
光も同じように薄くなり、消えていく。
「クリエイト・バイ・アマミ。通称【クァビマ】シリーズ。これについての記憶はある?」
当然ない。
無言で首を振った。
サキは、やっぱりねと、ため息まじりでつぶやく。
「【クァビマ】シリーズは、とある発明家が作り出した、人工知能を搭載した超技術の物品のこと。人の生み出す生体電気のみで稼働可能で、なおかつ他の追随を許さないほどの神がかり的な技術で、人々の生活を豊かにしたもの」
これもその一つだと、手のひらでコインを裏返した。
今度は親指でその中心に触れると、別の曲が流れはじめる。
「あんたに物心がついた頃には【クァビマ】シリーズは存在していたし、あんたも使用していた。なのにその記憶がないのはおかしい。これはエピソード記憶とは別だからね」
それに、と人差し指を立てるサキ。
「5年前の戦争について都合よく知らなかったり、かと思ったら軍の水筒については記憶があったりしている。何かがおかしいと思ってたんだよね。で、仮説を検証するために実験をしたの」
それがさっきの象の歯磨き粉のことで、きっと映画でこの実験が登場するシーンがあるのだろう。
「学校に通っていなかったはずなのに、なぜかある知らないはずの記憶。そして、半年前に一緒に見た映画の内容を再現する事で確信を得れた。あんたのその記憶は偽物だよ」
「そ、そんなことは──」
ない。とは言い切れない。
しかし、あまりにも鮮明に覚えている。
そうだ、あの時は、
「一緒に実験した奴のせいで教師に怒られた記憶あるでしょ?」
それは私の声ではない。サキの声だった。
しかし、それは私の記憶の中の出来事だった。そして、それは私の記憶ではないのだという。
こちらには目もくれず、そのまま歩き始めるサキ。
(せっかく記憶が戻ってきたと思っていたのに……)
残酷な事実を突きつけられ、私の心は暗くなっていった。




