妹は今日も可愛い
五歳の頃のことだ。
妹が生まれた。
妹が出来てから、父と母はお腹の子にばかり目をかけていてつまらなかったが。
「なるほど、これは…」
可愛い。
妹という生き物は、ひたすら可愛かった。
「可愛い、な…」
生まれてきてくれて、初めてわかった。
妹は可愛い。
可愛くて、ひ弱で。
だからお兄ちゃんが守ってやらねばならぬのだ。
俺が十二歳、妹が七歳になった頃のことだ。
「うっ…ぐすっ」
「どうした、ローザ」
「兄様ぁ…ローザはどうしてお勉強ができないの…」
五歳も離れた妹は、俺が多少大きくなった今でもまだ幼い。
五歳も離れているのだ、当然か。
ただ、妹は七歳にしては相当出来が悪い。
でも、ひたすら可愛かった。
「まだお前は幼いのだから、出来なくて当たり前だろう」
「でもでも、他の同じ年頃の子はもっとできるって言われたもんっ!兄様は私の歳でもう貴族学園卒業生レベルだったって言われたもんっ」
「それはお前、兄様だぞ?兄様よりすごくなりたいのか?」
「いや、それは、むり」
「だろう。兄様はこれでも公爵家史上最も優れた男だ。十二歳の今にして、教養やマナーは完璧、公爵家を継ぐための勉強もバッチリ、果ては父上の仕事を手伝う始末。そんな兄様…俺とお前を比べてどうする」
妹は泣き止んだ。
泣き止んだが今度はブスッと不貞腐れた。
「兄様ばっかりずるいわ」
「そりゃあ、お前。お前を生涯守らねばならぬ兄様なのだ。多少出来が良くても当たり前だ」
「むー」
泣き止んだ妹を抱き上げる。
「おまけに兄様は芸事や武術にも優れている。こんな完璧超人と可愛いだけのお前を比べて何になる」
「ならどうしたらいいの?」
「可愛さを磨き上げろ。それだけでお前は十分だ」
「可愛さを磨き上げる?」
「そうだ。もっと可愛くなれ。お前は今のままで十分すぎるほど可愛い。磨き上げたら傾国レベルまで行く。そうすれば多少出来が悪くとも誰も何も言えなくなる」
妹はにこっと笑った。
「わかったわ!私、可愛くなる!」
「それでいい。もっともっと可愛くなれ」
そして妹は、美容を学び始めた。
美容を学び始めたら、そのための前提知識として色々なことを知らなければならなくなったらしい。
勉強に「興味」を持った妹は、いつのまにか理系の勉強と魔術と錬金術に強くなった。
なんなら幼くして、俺と同じレベルになった。
文系は…壊滅的だが。
俺が十七歳、妹が十二歳になった頃の事だ。
「兄様、今日の私も可愛い?」
「可愛い。世界一可愛い」
「ふふっ」
美容に関する知識はトップレベルになった妹は、今日も最高に可愛い。
だが、そろそろ現実を突きつける時だろう。
「お前が美容に興味を持って、さらに可愛くなるまでに五年が経った」
「?」
「お前は美容の知識を持って、さらに可愛くなった。そして理系の勉強と魔術と錬金術に関しては兄様レベルで優秀になった」
「ええ」
「だが、足りぬ」
妹は目を見開く。
「え、可愛くないの?」
「可愛い。可愛いがまだまだ可愛くなれる」
「それはどうしたらいいの?」
「マナーをもっと身につけなさい。そして人に優しく接しなさい」
「え」
妹はこの五年でさらに可愛くなったが、残念ながら中身は多少傲慢な性格だ。
そしてマナーがなってない。
そこを変えればより可愛くなる。
「マナーを完璧に、人に優しく。そうすればお前は世界一を超えて宇宙一可愛くなる」
「わかったわ!任せて!」
そう言った妹はマナーを身につけて、人に優しく接するようになった。
気付けばいつの間にか、洗練された心優しき月の姫君と言われるようになった。
ここまでくるのに、また五年は掛かったが…まあ、十分だ。
俺が二十二歳、妹が十七歳になった頃のことだ。
洗練された心優しき月の姫君と仰々しい二つ名をつけられた妹は、文系の勉強以外は何をやらせても完璧になった。
さて、仕上げに掛かろう。
「妹よ」
「なに?兄様」
「何故こんなに可愛いお前が、貴族学園に入学を断られたと思う?」
「…文系の勉強ができないから」
「そう。そしてな…可愛い女は文系の勉強も完璧なものだ」
妹の目の色が変わった。
「つまり、私はもっと可愛くなれるのね!」
「そうだ、そしてそうなれば貴族学園の連中はお前を迎え入れなかったことを後悔するだろう」
「やってやるわ!」
そして妹は、またも五年という月日をかけて文系の勉強も完璧にした。
そして俺が二十七歳、妹が二十二歳になった頃。
ついに完璧美女な妹が誕生した。
本当は芸事も身につけさせたかったが…まあ、人並みには芸事も出来るようにはなったのでいいとして。
「妹よ、お前は本当に可愛くなったな」
「ふふっ、ありがとう、兄様」
お前は本当に、自分の興味のある物事しか身につかないという悪癖にさえ目をつぶっていれば完璧な女だ。
だから。
「妹よ、頼みがある」
「…なにかしら」
「第二皇子殿下に嫁いでくれ」
ひ弱な妹。
守らねばと思っていた妹。
そんな妹は、輝かしい姫君に育った。
いつまでも、俺の手元で守るわけにはいかなくなった。
家にとっても、妹自身にとっても利益のある結婚をさせねばならぬ歳になった。
「今のお前なら、第二妃にもなれる」
「え、え」
「お前も知っての通り、皇太子殿下は身勝手な浮気からの婚約破棄騒動で廃嫡された。近々皇太子の座は第二皇子殿下のものとなる。お前ならあの方の第二妃になれる」
「…皇后になれるとは仰らないのね、兄様」
「お前には無理だ」
妹はクスクスと笑った。
「兄様はいつでも正しいものね。わかったわ、第二皇子殿下の第二妃になります」
「第二皇子殿下の婚約者であるハイドラ様は優しい方だ。お前も上手くやっていけるだろう」
「ええ、わかっているわ」
そして、第二皇子殿下とローザの婚約が結ばれた。
翌年には、第二皇子殿下は皇太子となりハイドラ様と結婚。
さらに次の年には、ローザとも結婚した。
ローザは、可愛い妹は子供を三人産んだ。男の子一人と女の子二人。
皇太子殿下は、子供の誕生を心から喜び子供達やローザを愛した。
ハイドラ様は、お身体が丈夫でないため…子供は見込めなかった。
実際、今もハイドラ様の子はいない。
だが、皇太子殿下の最も愛する人はハイドラ様だ。
お二人はずっと、純愛とも呼べる関係が続いている。
「でね、兄様。皇后陛下ったら、すぐにロゼッタ達を甘やかすのよ」
「皇后陛下はお前の子を分け隔てなく愛してくださるな」
「皇太子殿下の子ですもの」
ハイドラ様と第二妃である妹の関係は相変わらず良い。
皇太子殿下とも二人とも上手くいっている。
子供達との仲も良い。
皇帝陛下や皇后陛下とも上手くやっている。
もう、心配はいらない。
妹は、もう一人でも大丈夫だ。
「兄様、ここまで私を見守ってくれてありがとう」
「ああ」
「でもそろそろ、兄様も結婚を考えないと」
「…そうだな」
そう。
あれだけアレやコレや妹の世話をしておいて、俺は結婚していない。
何故なら…前世の記憶があるから。
―…そう、俺は転生者だ。
それも前世では女だった。
詳しいことを思い出したのは、妹が七歳になる手前。
妹と第一皇子殿下が婚約しそうになっていた時。
ふと嫌な予感がして、その婚約を止めようとした。
それを父親に叱られ殴られたそのショックで、前世のヲタクであった頃の記憶を思い出したのだ。
その前世の記憶には、とある乙女ゲームの記憶があり…妹がこのままでは悪役令嬢になってしまうと悟った。
そこで俺は知識チートで自分の有用さを父に示して、家を継ぐ代わりに妹の婚約は見送って欲しいとお願いしたのだ。
で、こうなったと。
「兄様、兄様聞いてるの」
「ああ、結婚の話だったな」
「うん」
「兄様は…結婚は考えていない」
「えー!?それじゃあ後継は!?」
焦る妹に告げる。
「優秀だと噂の従弟の長男を迎える。従弟も本人も、父上も認めてくださった」
「でも…」
「俺は結婚に向いてない」
何故なら、俺前世は女だったからね!
女の子をお嫁さんにもらうとか無理!
「でもでも、従弟の家はどうするの」
「次男がいるから大丈夫だ。次男の方も兄に負けず劣らず優秀らしいしな」
「でも…」
「俺は結婚する気はない」
「そう…」
それになにより。
「今日も可愛い妹を愛でるので忙しいしな」
「兄様?何か言った?」
「いや、ただの独り言だ」
まあともかく。
こうして悪役令嬢になるはずだった妹を無事守り切った俺は頑張ったと思うので。
今日もご褒美として、可愛い妹を愛でるのだった。




