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永遠に咲く罪  作者: 市香
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俺には6歳上の姉がいる。とても優しい人だ。困っている人がいると放っておけない、手を差し伸べることのできるそんな姉は俺の自慢だった。

家族仲は多分いい方で、年が離れているからか姉はいつだって俺を可愛がってくれた。


何をするにも俺が優先され、姉はそれを笑って許してくれている。近所でも仲良し姉弟と知られている。うちは両親の仲だって悪くない。そんな普通の仲のいい家族。それがずっと続くものだと思っていた。


生活が一変したのは姉が高校生になって数か月たった頃。当時俺はまだ小学4年生で、詳しくは教えられなかったものの明らかに姉の様子がおかしかった。それからすぐに引っ越しが決まり、生まれ育った土地を離れ転校した。


突然のことに訳が分からないかったものの、それを嫌だと泣いて拒絶しなかったのは、ひとえに家庭内の状況がおかしいと、子供ながらに気づいていたからだ。

引っ越し後、まったく部屋から出てこなくなった姉とせわしなく何かやっている母、いままで以上に忙しそうに働いている父。


俺が中学生になったころ母から少しだけ教えられた話しでは、高校で姉が壮絶なイジメに合い、その犯人と学校を相手に現在進行形で裁判を起こしているのだと知った。


母が妙にこそこそと何か書類をたくさん抱えていたのも、どこかに電話しているのもそれが理由。いまだにいじめの内容については俺が教えられることはなかった。聞かない方がいいと両親から言われていたし、これ以上両親も姉も困らせたくはなかった。

だからその全貌は知らない。裁判も勝ったとは聞いたものの、どう勝ったのかもわからない。

そんな裁判のごたごたを、引きこもり中の姉に悟られないように動く母と、仕事が変わり忙しそうな父。たぶん父も母を手伝い裁判には参加していたのだろう。土日も何か難しそうな顔をよくしていた。それを寂しいと思わないこともなかったが、それよりも早く元の家族に戻って欲しいその一心だった。

そんな状況下だったため、習い事に通うこともなく友達を家に連れ帰ることもできない俺は、以前より味気ない子供時代を過ごした。時間にして小学校四年生の途中から中三になるころまでの五年間。


不思議と家族への不満はなかったのは、幸せだったころの記憶があったからかもしれない。少なくとも姉に当たるのは違う、そう母にも言われていたしあの状態の姉に何か強い言葉なんて間違っても言えはしない。

それぐらいに最愛の姉はやつれきり、まるで余命宣告された重病患者のようないでたちだった。


そんな陰鬱な我が家が変わったのは夕食中、テレビから流れてきた歌番組がきっかけだった。

ようやく姉もリビングで食事をとれるようになり、それに合わせるため父の帰宅も以前よりも早くなった。完全とは言わないものの、少しずつ戻り始めた家族団らんの場。

もしかしたら裁判が区切りとなったのかもしれないし、姉の中で何か心境の変化があったのかもしれない。


ただ悔やむべきは、高校の三年間を暗い部屋の中でじっと耐えるように過ごし、そこからさらに二年。周りの人間が当たり前のように過ごす日常を得ることができなかったといったとこ。この時代、中卒というレッテルはこれから先の就職にも大きく影響するだろう。


でもまずは日常生活に戻る。それが何よりも大切なことであるが、それが難しい。そういう岐路に立っていた時のことだった。


「この曲、いいね」


何気なく姉の言った言葉に過剰に反応してはいけない。以前カウンセラーの人に教えられていたから俺も「そうだね、最近よくCMで聞くかも」ぐらいの返答で食事を続ける。母は何か言いたげで口をむずつかせていたけれど、多分父に足をつっつかれたのかはっとしたように食事に戻る。姉がなにかを『いい』と言ったのは記憶のかぎり引きこもってから一度もない。


だから藁にも縋る気持ちだったのかもしれない。


俺は食後すぐさまスマホでその曲について調べ、すぐさまそのアイドルグループのCDを購入した。

アイドルに全く興味のなかった俺でも名前ぐらいは知っている、そんなアイドルグループ。あくまで自然を装って翌日姉に渡してそれ以上は干渉しない。嘘。本当は聞き耳を立てて家族中が姉の動向を探っていた。


部屋から出なくてもネット通販があるし、そもそも買わなくてもアイドルの情報なんて検索すればいくらでも出てくる。たぶん姉は部屋で彼らのことを検索したのだろう。机の上にイヤホンがあったからもしかしたらCDを聞いたのかもしれない。なんて、あくまで想像だ。部屋の扉はちゃんと閉められているため、姉が室内で何をしているのかは分からないが、いままでとは少しだけ違う何かが姉の部屋から感じられたと、布団を干すために姉の部屋に出入りした母が言った。


その頃から少しずつ、姉が部屋から出てくることが増えた。



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