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そうだ。
俺がグループを続けたいという理由でこの事件を隠蔽しようとしている理由は、何もイメージ云々だけではない。
黄瀬陽斗という人間はcouleurにとっての生命線。
いなくては存続ができない存在だと今はっきり気づいた。
トモくんと一緒で最年長の陽斗くんは頼れる存在であることに間違いはない。
歌もダンスもずば抜けて上手く、いつだってメンバーの面倒を見てくれる。
俺が悩んでいた時も、手を差し伸べてくれた。それで持ち直すことができた。いわばグループ内の母的存在。
大切だと思っていたものの、深く考えたことのなかったその人は、他のメンバーと比べるとっパッとしないと言われることが多々あった。
それに対して幼馴染であり、ハルくん強火担と評されるトモくんは鼻で笑う。
ファンの間では特定の人物を応援している人を推し。その中でも熱狂的に推している人。強火担と呼ばれている人たちがいる。
幼馴染で陽斗くんの人となりを昔から知っているトモくんは、自分は陽斗くんの一番のファンであると公言している。
だからこそ、陽斗くんを「ぱっとしない」という人に対して厳しい視線を送ることもしばしば。
「そういう奴らに限って陽斗の担当になるんだぜ」と最初は意味が分からなかったが、そう言い切っていた。
後にも先にも、トモ君があんな風にファンをあざ笑う様子は見たことがない。
正直なところファンの顔を一人一人覚えているわけではないから、陽斗くんを「ぱっとしないね」と言った相手のことを俺は覚えていなかった。
対してなぜトモ君が覚えていたかというと「むかついたから」という何とも言えない理由。
そのファンが握手会の次のイベントで、トモくんの団扇から陽斗くんの団扇に変わっていたと、トモくんが言った。
単純によく覚えているなということもだし、よく見つけたなと驚いたことが懐かしい。
「あいつと会って話をすれば分かる。絶対好きになる。あいつはそういう奴だ」
そう言ってトモくんは笑う。それはどこか満足げな笑い方だった。
自分のファンを取られたことに関してはいいのかと思うものの、むかついたファンの担降りはどうでもいいものなのかもしれないとその時も深くは考えなかった。
「でもハルちゃんの他担狩り率はえぐいよね」
そう言って笑うのは最年少のセナ。
「最初の頃は結構むかついたけど、いまならそうだよねって思う~」
そのむかつくは自分のファンに対してか、陽斗くんに対してかは分からないが、いまはそう思わないと笑って言った。それはそうだろうとトモくんも頷く。
他担狩りというのは、もともと別の人を推していたファンを、言い方が悪いが奪っていく人のことだ。
どのアイドルグループにもそういった役割みたいな人はいるけれど、うちではそれが陽斗くん。人数を数えたわけじゃないから絶対とは言えないけれど、陽斗くんは群を抜いていると思う。
その理由に陽斗くんは直接話したファンのことを忘れない。忘れないようにメモしているからだ。
「昔の癖なんだよね」
照れくさそうに陽斗くんは言うけれど、それはとてつもなく大変なことだと誰もが知っている。
昔というのはグループ結成当時。まだファンの人数が数十人単位の頃。
大手事務所を除き、今日日駆け出しのアイドルは会いに行けるを前提とした小さなライブハウスでイベントをする。その際にはCDに握手券などを付けるのは、売り上げ促進をするためももちろんあるが、一番は自分たちをアピールするためファンと直接交流することが目的で握手のほか、ハイタッチやプレゼント渡し会なるものが行われることも多い。
その時から陽斗くんは、自分と直接対面したファンの子たちを全部記録していた。
流石にいまはそこまで細かく記録はしていないだろうけど、元々記憶力がいいのだろう。いまだに「顔を覚えてくれるアイドル」としてその名をとどろかせている。
一度会っただけの自分を覚えてくれている、その上まえに話したことの内容も陽斗くんは覚えているのだから、ファンからしたらとんでもないことだろうと思う。
その影響なのか単純にファンとして認知されたいだけなのか、陽斗くんと比べられているのか分からないが、俺や他のメンバーに会いに来てくれたファンが「私のことを覚えていますか?」と聞いてくるのは本当に冷や汗ものだ。
それから陽斗くんは耳に心地よい響きの声をしている。歌っている時もいい声だなと気づくことができるだろうが、それ以上に直接やわらかいその口調で話しかけられれば、俺だってつい話しすぎてしまうことがあるくらいだ。
きっとファンの子たちも幸せな気持ちになるだろう。
そんな理由から陽斗くんの担当じゃないファンの子が、自担のネタ探しに陽斗くんの元を訪れた後、彼女たちはあっさりと彼に落ちていく。
俺たちメンバーもそれが当たり前だと、納得できてしまっているのが陽斗くんの凄いところだと思う。
ファンの存在はありがたいし、いないと自分たちの活動が成り立たないことも分かっているけれど、陽斗くんほどファンを大事に出来ているかと聞かれれば頷くことはできない。誰よりもアイドルの鏡。目指すべき存在。俺の憧れ。
その人を守れるのはいま自分しかいないのだ。
そんな使命感が胸いっぱいに広がる。