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何が起きている……?
エレベーターから降りた俺に気づいた陽斗くんは、驚いたのか肩を大きく跳ねさせ、それから何か口にしようとしているが、言葉にならないようではくはくと口を開閉する。
「あ、あお、あおと……僕、」
絞り出すような声は頼りなく、普段の彼からは想像もつかないもの。
俺はというとなぜか妙に冷静で、何が起きたのだろうとあたりを見渡していた。
女の人は腹に包丁が刺さっていた。
普通に考えれば陽斗くんが刺したものと思うかもしれないが、それはありえない。
この人はそういう人ではない。だったら彼は第一発見者ってやつで、他に殺人犯がいるかもしれない。そう思うと急に緊張感が生まれた。
「とにかく部屋に入りましょう。まだ犯人が近くにいるかもしれない!」
小声だったがはっきりと、座り込んだままの陽斗くんに手を伸ばせば、彼は首を横に振った。
「ちがう、ちがう、ぼくが、刺した」
なるほど、これは事故だったのかと倒れている女の人に近づき、首筋から脈をとる。
微かな動きが感じられるような気もしたが、それは自分自身の指先の脈で、実際は死んでいるかもしれない。
正直なところ素人では判断がつかないレベル。
とりあえず刃物を隠すべきかと抜こうとすれば陽斗くんが「待って!」と慌てた。
「だめ、血が流れちゃう。刺されたときはそのまま病院に行くんだ。救急車……」
スマホを持っていないのか、部屋に取り行こうとする陽斗くんを慌てて止める。
救急車を呼ぶわけにはいかない。そんなことになれば陽斗くんは、そして俺たちのこれからはどうなるか分からないと咄嗟に思った。
俺の住む部屋は7階。陽斗くんと同じフロア。
床はマット系でもタイル系でもないフローリング。もし血がついていたとしてもこれなら拭けばばれないだろう。でもナイフを抜いたことで大量出血すればそれも難しくなるかもしれない。
どうしたものか。
いつまでもこの場に留まるわけにはいかない。
これは事故だ。俺の中ではそうなっている。そして運悪く陽斗くんはそれに巻き込まれた。
運が悪かったとはいえ、本当に刺したのかどうかは分からないし、刺殺、いやまだ死んでいないかもしれないが、そんな人の傍にいたとなると体裁が悪い。
ましてアイドル何て目立つ職業をやっている以上、マスコミの格好の餌食になるのは目に見えていた。
そうなれば俺の中でこの女の人をどうにかしないといけない結論にたどり着く。
どうしてそこに行きついたのか、本当は真剣に考えるべきかもしれないが、いまは一刻を争う。
「陽斗くん、ごめんドア開けてもらってていい?」
カードキーで部屋を開け、女の人を持ち上げる。それを見た彼はぎょっとしたものの、俺の言うことを素直に聞いてくれた。
「バスルーム開けて?」
同じ間取りだからだろう、これもまた疑問を持つことなく彼は俺の部屋のバスルームの扉を開く。
湯の張ってないバスタブに女の人を入れ、蓋をした。
俺の部屋より自分の部屋の方が落ち着くかなとも思ったが、スマホはその部屋にあるだろうから陽斗くんの連絡手段がないいまのままの方がいいかと、インスタントのコーヒーを淹れながらこの部屋にいてもらうことにしようと考えた。