願いは……
「私の願い…… 私の願いは、この病気を治しもっと生きさせてくれ」
腹からありったけの力を込めた言葉は思いの外小さい。だが、彼の耳にはしっかりと届いていた。
「どうして、君は生きたいんだい? そう願わなければ早く楽になれるし、君の大切な二人にだって会える、メリットだらけじゃないか」
聞こえのいい甘言に対し、薄れ薄れになった言葉を返す。
「確かに、そう考えたことは何度もあった。 だが、そのような悪魔の囁きに負けては妻にも親友にも、そしてこの国の民にも合わせる顔がなくなるというのだ。 だからこそ、私はまだ――」
「生きたい」
その、掠れはいるが聴いたものを鼓舞するような声は部屋を一周し、魔術師の心に溶け込んでいく。
そして、魔術師がパチパチと拍手をし、
「うん、合格だ。 君の想いは分かったよ」
と、称えるように言葉を口にした。
その言葉にバースは心を安堵に塗り替えた――
のではなく、ほんの一瞬顔を曇らせた。
彼には、もう一つ願いがあったのだ。
――叶うなら、もう一つ願いがあるが、二つというのは流石に虫が良すぎるか……
表情が一瞬曇ったのを魔術師は見過ごさない。
「もう一つ願いがあるんでしょ。出血大サービスだ。 君の素敵な心意気に免じて、今回はもう一つ叶えてあげようじゃないか」
彼はどこまで心が読めているのだろうかと、感嘆と驚きの目線を配った後、願いを告げる。
「もう一つの願いは……」
「うん、君の願い今から叶えるね、それじゃあ、この時計に手を当てて、いくよ」
バースが古ぼけた時計に手を当てると、突然時計が七色に光りだした。その数秒後、バースの体が煌めき、顔色が少しずつ良くなる。体の奥底から力が漲り、自分という存在を強く証明してくれる。復活した自分の体に浸っていると、魔術師は身を翻し、窓から出ていこうとしていた。
「これで終わりかな。 じゃあ、また会えるといいね」
病気が治ったことに少し酔っていたバースは慌てて声を繋ぐ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! この借りは必ず返す、私の病気を治してくれてありがとう。 そ、それと、あなたの名前は何なんだ?」
「僕の名前? 僕の名前はアルスさ。 それと、例には及ばないよ。 だって僕の気分で君を直そうとしたんだし。 あっ、最後に」
吸い込まれそうなほど澄んだ瞳がバースを捉えた瞬間、鼓膜がゆれた。
「君って、意外と心の奥底は親友と似てるんだね」
そう言い残すと、虚空へと消えていってしまった。
「行ってしまった……か……」
――今日のことは死んでも忘れないだろう。 まぁ、すぐに死ぬつもりはないが
「さぁ、明日から忙しくなるか」
そう言って、蘇った体で街に繰り出した。