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うたかたの中で

 

 ――私は生きているのがもはや、拷問に等しい。だが私は生きねばならない。国のため、民のためにも

 子どもたちの声は彼の心には届いていた。彼は、妻と親友を病で亡くしている。それも、運命としか言いようがない程似たような死に方で。彼はこの二人の死に目にあうことができなかった。それが、呪いとなり、足跡を蝕む。どれだけ功績を積み上げても消えない負い目、いつか年貢を収めないといけない。ついに、その時がやってきた。三人が三途の向こうで手招きをしているのが、はっきりとわかる。

 閉じた瞳を更に閉じて泡沫の世界に溺れる。

 妻が死んだ日、気味が悪いくらいに空は透き通っていた。

 心をギリギリと照りつける煩い太陽と命を散らした若葉、死に目に会えなかった後悔と魂が消えたとは思えなかった顔、今でも網膜を刺激して心に遺る。

『自分のせいでお父さんにいろいろと迷惑をかけたくないってお母さん、いつもお父さんの前では強がっていたんだよ』

『お母さん、最後にお父さんに強く生きてって言っていたよ。 お父さんが悲しむと国の皆も悲しむからって』

 全てを聞かされたのは、葬式の時。子どもたちの純粋な声によって。何も混じっていない言葉が心を的確に抉る。追い打ちをかけるかのように、自分以外の参列者はそんなこととっくの昔に知っていたということを知らされる。その事実が更に心を追い詰める。

 『もし、自分が早く気づいていれば…… もし、自分が任務に行っていなければ…… もし、自分が軍神などと呼ばれていなければ……』

 心に反響する後悔の鐘が自然と世界に漏れ出す。それは、誰にも聞かれることのなく、持ち主の下へと還っていく。

 


 親友が死んだ日、その日はバースの心の中を体現したかのような空だった。

 昨日まで、少しサボりがちでおちゃらけていた彼は、ただ一心に天を見上げていた。

 ――昨日、自分を夕食に誘ってくれた男が、よりにもよってあんなお調子者の親友が死ぬわけがない……

 心の中では大海が荒れ狂っていたが、顔は少し涙をこぼした程度で取り繕っていた。

 ――あいつを送るのに涙は似合わない、だから抑えないと

 そんな事を思っていると、同期が話しかけてきた

 『やっぱり、仲間がいなくなるのは心に来るよな。にしてもお前、親友が死んだっていうのに意外と涙の量は少ないよな。前日にでも泣き尽くしたのか?』

 ――昨日? 一体なんの話をしているんだ?

 顔の表情は一切変えず心の中で訝しむ。息が止まるほどの沈黙は同期によって破られた。

 『まぁ、そうだよな、あいつお前にだけ持病持ちだってことも、もう自分が長くないことも言っていなかったもんな。お前に何も感じてほしくないから黙っていたって言ってたけれど、昨日の夕食のときに初めて伝えられた時、ちょっとショックだっただろ?』

胃液がぐちゃぐちゃになっているのが嫌でもわかる。絶え間ない不快感が弱った体を襲う。

 『悪い、ちょっと外に行ってくる』

外に出るや否や、ビチャビチャに濡れた地面になんの抵抗もなく、背骨を引き抜かれたように座り込む。涙は思ったより出ていない。いや、優しい雨が全てをつつみこんでくれているから実際は分からない。

 ――昨日、なんで断ってしまったんだ…… 今思えば、あいつがサボりがちだったのって……

 もう後の祭りだった。自分は言葉の真意を汲み取ることができずに、自分のトレーニングを優先してしまった。もちろん、それが全くの無駄な行為という訳では無いが、結果的に考えうる限りの最悪の選択をしてしまった。その、絶対的な事実は心を閉ざさせる。

 ――少し、長居しすぎたか。着替えてから、戻るとしよう

 閉じた心は暗くつぶやき、やけに短くなった歩幅で着替えをしに行く。

 戻ると、葬儀はもう終盤に差し掛かっていた。皆、彼との別れを済ませた中、バースは、あれだけ見慣れた親友の顔を目を閉じながらそっと撫でる。すると、目を開くと、不意に一人の婦人から手紙が差し出された。

 『すみません、バースさんですよね? これ、息子からの手紙です。息子からどうしても渡してほしいって』

 不思議な手紙だった、持っているだけで心が開くというか勇気が湧き出ると言うか、とにかく普通のものではないことは確かだった。その場で、手紙を開こうか迷ったが、この手紙は親友のたった一つの自分に対する形見。それをこの場で開く気にはなれなかった。

 空が少しずつ黒く染まる頃、バースは親友に対し、一生の別れを送る。

 ――もうここには戻らない、いや、戻れないんだ……

 

 寮に戻ったあと、バースは渡された手紙を開けた。

 内容は、バースに病気を言えなかったことについての後悔と、バースとの思い出、そしてバースへの期待とこれから長く生きてほしいということが記されていた。

 ――なんだ、あいつ、やっぱり変わっていないじゃないか

 自然と広角が上がり、笑みが漏れる。懐かしい思い出が一つ一つ補完される。

 『あいつといろんなバカを一緒にやったよな。そのあと、決まって教官に大目玉を食らったっけ』

 手紙をじっくりと眺めていると気のせいだろうか、何かが心に引っかかったような気がした。何度も何度も読み返して行くうちに、気のせいは確信へと変わる。間違いなく何かがおかしい。

 その時、心の張っていた糸がぷつりと切れる。

 筆跡だ。筆跡が違う。この手紙に綴られたものは親友のものによく似ているが、所々にハネがない。

 そう気付いた瞬間、手紙が淡く煌めきだす。

 手紙を見ると、最後の一文が変わっていた。

 『親愛なる君のたった一人の親友と

      「時計と虹の魔術師」

  より』


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