軍事国家の軍神
レーヤは美しい自然に囲まれた大規模軍事国家だ。
標高の高い山々、国境を分断する大河、外敵を阻む大海に囲まれた天然の要塞。しかし富豪たちの中では、レーヤは別荘地、リゾート地として世界から知られている。
春は桜が浮かぶ山河が人々の肥えた目を唸らせ、夏は海と山に避暑を求める人々がごった返し、秋は散りゆく落葉の河に目を奪われ、冬は銀世界と化した山々の静寂に包まれる。四季の変化が非常に激しく、観光に訪れるにはもってこいの国だ。
レーヤの中心地には、いらないくらいに活気を与えてくれる市場と、それに負けず劣らず熱気に溢れる軍事施設がある。街を歩けば冬眠中の獣すら飛び起きるほどの喧騒と氷すらものの数分で解けそうな熱気に包まれる。初めはむさ苦しいと誰もが感じるが、次第に彼らも街の一部となる。
中心地の更に中心、いわばレーヤのへそに普通の民家より二回りほど大きな家が一軒そびえている。この家の前では、毎日のようにどんちゃん騒ぎが行われる。レーヤの国民は意外と分別はつく方で、どんちゃん騒ぎはするが民家の前ではしない。やるなら市場か酒場か宴のときだ。
しかし、何事にも例外はある。
この家の家主、バース・アルストロメリアはこの国の「軍神」であるからだ。
四十数年前、レーヤは弱小国家であり、大国の期限次第でいつでも蹂躙されるほど脆弱であったが、そんなとき、彼は現れた。 数々の絶望的な戦況でも彼が戦地に赴けば形勢逆転する勝利の伝道師である。彼が幾度も勝利を重ねるのに比例して、レーヤ国内での彼の人気もより確固としたものになる。レーヤではすべての少年少女が彼に憧れるのが常識であり、軍学校の倍率も毎年優に三桁に達する。
それほどまでに彼の人気は凄まじいのだ。
そんなレーヤにある日、国を揺るがす大事件が起こる。
軍神が病魔に屈したのだ。国の根底と熱気、活気を支えていた男が瀕死になる。これがどれほど危機的状況にあるかは、火を見るよりも明らかだ。
氷を溶かすほどの熱気に溢れた市場は閑散としており、人の声ではなくただのカラッとした風が木霊する。どんちゃん騒ぎをしていた酒場と彼の家の前では、すすり泣く声が心を打ち付け、空っぽな心だけが全身を奪っていく。
「親父! 親父! しっかりしてくれ!親父がいないと、俺も、この国も……」
「お父さん! 置いて行かないで……」
刃折れの剣と無数の傷がついた鎧が至る所に飾られている部屋に、二つの声が虚しく響く。部屋の中央には一人の老人が力なくベッドの上で横たわっている。この男こそが軍神バースである。子どもたちから自分へと向けられた言葉にも彼は反応しない。いや、心のなかでは反応したかもしれないが、体の自由がきかないのかもしれない。
かつての、鬼のように隆々とした体から、筋肉という筋肉が朽ちていき、自身に満ち溢れた顔は、もう痩せこけ、頼りないしわが顔を覆っている。
「っ―― っ――」
精気のない口が何かを言うようにパクパク開くが、残ったのは沈黙だけだった。