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7. 宿業

 翌朝、リーフたちは朝食を済ませ、出発の準備を始めた。

「あの、今更ですけど……どうして朝に出発するんですか? こういうのって夜に動いた方がいいんじゃ……?」

 準備を進めながらファーはナルブに尋ねた。

「教会に私たちの動きがいつバレるかわかりませんからね。早めに動いた方が良いと考えました。……それに、研究所は地下にありますし、あそこの研究者には朝も夜も関係ない人が多いんですよ。ですから、時間帯による成功率の変化は少ないと思います」

「はあ……そういうものですか」

 準備を完了したリーフたちは、ナルブの車とネルの車に乗り込み、ネルの家を出発した。作戦の目的地に行く前に、まずリーフたちはペーデが見つけた地下通路の入り口に移動した。そこにゼラを置いていくためである。

 こうすることは昨日の夕食中に話し合って決めていた。戦闘能力のないゼラをこの作戦に連れていくのは全員の危険を増やすと言う結論になり、これにはゼラもすぐに納得していた。

「ゼラ、俺が作った安全な地下通路の地図、ちゃんと持ったな?」

 ペーデが言った。

「うん」

「終わったら『共感覚』か、念話機で連絡する。だが万が一、俺たちがしくじったら……そのときはお前一人ででもヴィジーニエを脱出しろ。いいな?」

「うん……分かってる、けど……」

 ゼラはそう言うと、ペーデをガシッと抱きしめた。

「絶対、絶対死なないでね……!」

「ああ、分かってる。さっきのはあくまで万が一の話だ。俺は死なない。約束する」

 ゼラはペーデから離れると、皆に手を振ってから地下へと入っていった。

「ゼラちゃん……一人で大丈夫かな?」

 ファーが心配そうに言った。

「……大丈夫だ。あいつだって22年前の災害を生き延びてるんだ。しぶとさだけで言ったらそこらの警備隊より上だろうよ」

 ペーデはそう言って早々に車に乗り込んだ。

 その後、一行はナルブの案内でとある廃ビルに移動して、そこで車を降りた。ナルブは廃ビルに囲われた塀を乗り越え、布の覆いをいくつか取り払うと、すぐに転移装置が現れた。

「これが地下研究所への入り口ですか?」

 リーフはナルブに尋ねた。

「はい、いくつかあるうちの一つですね」

「話には聴いていましたが……本当に無造作に設置されているんですね」

「アシナス一派が地下研究所で公にできないような研究を進め始めてから設置されたものですからね。表立って警備をつけられなかったのでしょう。それに、起動キーの制限があれば大抵の侵入は防げますから。

 ……さて、ここからは昨日立てた段取りで進入を始めます。ネルさん、お願いします」

「はい……みんな集まって……迷彩術〈カウム〉」

 ネルがそう唱えると、霊力のベールがナルブを除く全員の周りを包み、姿が見えなくなった。

「上出来です。これなら転移先に設置されたカメラも確実にごまかせるでしょう」

 ナルブは感心するように言った。

「これ、昨日も確認したけどすごいよね。いつこんな術習得したの?」

 ファーはネルに尋ねた。

「……スパイ映画を見て、練習した」

「えっ!?、ちょっと意外」

「……先生、長くは持ちません。早く転移装置を起動してください」

「わかりました。行きますよ……」

 ナルブが指輪型の起動キーに触れると、リーフたちは、光る煙に包まれ、床と壁が妙に白っぽい部屋に移動した。どうやら無事に地下研究所に転移できたようだった。

 ナルブたちは平静を装いながら監視カメラの視野の外に出て、そこでネルは迷彩術を解いた。

〈皆さん、ここからは念話のみでお願いします〉

 そう伝えたナルブに対し、全員が頷いた。

 それから一行はナルブとソーナを先頭にして研究所の廊下を進んだ。

〈止まって!〉

 ソーナはそう言って腕を横に伸ばし、皆に止まるように合図した。

〈どうしたの?〉

〈右の角から人が来る。やり過ごせそうにないから気絶させるね〉

 ソーナは角から手を伸ばすと同時に無音の放電術を飛ばし、白衣を着た人を気絶させた。それからグラウは見つかりにくくするために気絶した人物を天井に貼り付け、創造術の覆いで隠蔽した。これも昨日のうちに決めていた動きだった。

(ごめんなさい……)

 ファーは軽く頭を下げてその場を後にした。

 そのような調子で障害を突破していくと、ナルブが足を止めて、周囲の案内表示を確認し始めた。

〈先生、どうしましたか?〉

〈最初の目的の、コア関連研究セクターに辿り着きました。これからいくつかの部屋を回って、人造人間の研究の証拠を探します〉

 どこに人造人間の証拠が保管されているかはナルブも知らなかったが、演算機の使用は発見されるリスクが高いため、先に他の証拠を集めてからリーフのコアデータを解析をすることになっていた。

〈ソーナさん、この部屋に入りたいと思うのですが、中に人はいそうですか?〉

 ナルブが尋ねた。

〈人はいないと思うけど……壁一枚隔てて『何か』がいる?〉

〈『何か』?〉

〈よく分からんが、扉の近くには何もいないってことだろ? だったらさっさと開けて確かめればいい〉

 ペーデは扉を開錠して中を覗いた。

〈これは……おい、見てみろ〉

 ペーデが中に入ると、ナルブたちもそれに続いた。扉の奥側には透明な壁があり、その向こう側で数体のモンスターが徘徊していた。

〈この部屋は……?〉

〈この部屋の設備から考えるに、モンスターの飼育・管理を行う部屋のようです〉

 ナルブが言った。

〈なるほど。ゼラを攫った妙なモンスターの開発とかに使われたんだろうな〉

 ペーデが苦々しい顔を見せながら言った。

〈……この部屋自体に研究記録は残されてなさそうです。次の部屋に行きましょう〉

 このようにして、リーフたちはいくつかの部屋を調べて回ったが、なかなか核心に迫るような情報を得ることができずにいた。

〈……よし、開いたぞ〉

 また次の部屋をペーデが開錠し、リーフたちは、扉の中に入った。

〈おい、あの機械、なんだかナルブの研究室にあったものと似てないか?〉

 ペーデが部屋に置かれた機械に指を差して言った

〈あれはまさしくコアのデータの収集に使うものです! これは……当たりかもしれませんね〉

(この部屋の内装……なんだか……あ……)

 その時、リーフの心の中に、ある女性の姿が浮かんだ。

(この人、どこかで見覚えが……あのロケットペンダントの……リノバ? ……うっ!?)

 その名前に思い至った瞬間、イメージが真っ赤に染まり、リーフは胸の辺りに痛みのような感覚を覚えた。

〈……? リーフ、大丈夫?〉

 リーフの異変に気づいたネルが声をかけた。

〈リーフさん? どうかしましたか?〉

〈わ、分かりません。ですが……この部屋の中を眺めていたら、一瞬、どこか懐かしいような気がして……〉

〈それは……いよいよ怪しくなって来ましたね。……あの端末から情報を抜き取ってみましょう。ペーデさん、手伝ってもらえますか? セキュリティの仕組みは霊力錠とそれほど変わりないはずです〉

〈分かった〉

 ナルブとペーデは協力して端末のあらゆる部位をいじり始めた。

〈ナルブ、これでどうだ〉

〈……成功です。これで中のデータを閲覧できます。……ここに保存されているのはこの文書ファイルだけのようです。確認してみましょう〉

 ナルブが端末を操作すると、画面いっぱいに文章が表示された。

〈先生、何が書いてありますか?〉

 リーフがナルブに尋ねた。

〈……どうやら、探し物が見つかったようです。『アルター』と名付けられた人造人間に関する研究が製造過程を含めて事細かに記録されています。これがリーフさんと関連しているのかはまだ不明ですが……〉

〈……! リーフ、ここ……〉

 ネルは文章の隅に指を差した。そこには、「作成者:リノバ・ムンドゥス」と記されていた。

〈リノバ……!〉

〈リーフさん、その名前を知っているんですか?〉

 ナルブが尋ねた

〈俺がまだフォラシアにいた頃、フリッツという教会からの刺客が死に際に、『リノバ』という人が俺の本当の母親だと告げていたんです。実際、俺は彼のおかげでヴィジーニエに辿り着けましたから、その言葉に嘘はなかったと思ってます〉

〈本当の母親……そういう意味だったんでしょうか?〉

(いや、しかし……あの時のフリッツの口ぶりからして、あいつは教会から詳しい目的を聞かされてなかったはずだ。ということは……リノバはメイルの母親だったのか?……苗字が違うが……)

〈……先生、その記録の中に竜が使われたという記載はありますか? 以前行った俺の霊紋の分析から、竜の要素が見つかったことがあったんです〉

 リーフが尋ねた。

〈……はい、ありました。強靭な竜のコアが手術時の負荷に耐えることを見込んで一部使用されたようです〉

〈だったら……それは俺に関する記録ということで間違いないでしょう〉

〈やはりそうですか……しかし、この文書は星暦2001年に作成されたもののようですが……〉

〈それがどうかしましたか? 今は星暦2022年で、俺の最古の記憶が20年前ですから、矛盾はないと思いますけど〉

〈そうなんですが……私がアシナス猊下に協力を始めたのが2002年からなんですよ。それ以前にリーフさんが生まれていたということに違和感を感じてまして……〉

〈確かに……もしかすると、人造人間がらみの問題は思ったよりも根深いのかもしれませんね〉

 グラウが言った。

〈……気にはなりますが、この場でこれ以上情報を精査していられません。先を急ぎましょう〉

 リーフがナルブに言った。

〈そうですね。詳しい内容は後で確認することにします〉

 ナルブは記録媒体を端末に差し込んで、それに文書データを保存した。

〈では、そろそろ本命の演算室に向かうとしましょう。こちらの場所は分かっています〉

 ナルブに続いて皆が部屋から出ようとしたその時、ソーナはある違和感を感じ取った。

(……ん? この駆動音……あ!)〈リーフ!〉

 ソーナは突然振り返り、リーフに向かって飛び込んだ。

〈え? ソーナ?〉

 リーフにソーナが抱きつくような姿勢になったとほぼ同時に、床下から現れた光る煙がたちまち二人の体を包んだ。

(この煙……転移装置の!?)

 そして光る煙が晴れた瞬間、霊力の弾丸の嵐がリーフに向けて襲いかかった。

「な……!」

 それに対しソーナは咄嗟にリーフの前に出て、広めの障壁術を展開してリーフを守った。

「……ん? お主は……」

 男の声と同時に弾丸の嵐が止み、リーフはようやく周囲の状況を確認することができた。そこは上下四方を重厚そうな壁で囲われた広い空間で、照明以外の物は何も置かれていなかった。周りにソーナ以外の人間はいなくなっており、前方の遠く離れた場所に巨大な銃器を担いだ大男が立っていた。

(さっきの攻撃はあいつからか。どうやら、転移装置を利用した罠にかけられたみたいだな)

〈リーフ、大丈夫?〉

 ソーナが言った。

〈ああ、おかげで命拾いした〉

「その燃えるような赤髪、間違いない。お主はソーナ・ルーフスだろう!? 生きていたのか!?」

 大男は遠くからでもよく響く大声で言った。

〈げっ、ユスティ!? なんでこんなところに?〉

〈生前の知り合い?〉

〈まあ、知り合いではあるね……300年前にあたしが参加した、フォラシア人の捕獲任務を指揮していた近衛騎士。そして自分がいつも正しいと思ってる嫌なやつ〉

 ソーナは嫌悪感をたっぷり込めた口調で言った。

(ソーナもその時、自分の正義を貫き通して死んだんだよね……同族嫌悪?)

「……いや、違う。その体、召喚術の類でできているな。そしてルーフス卿はあの時、致命傷を負った後に消息不明となっていた。まさか……死者の力までも取り込んだというのか、『アルター』! どこまで陛下を愚弄すれば気が済むのだ貴様は!」

 ユスティは怒鳴るように言った。

「『アルター』……! どういう意味だ? お前は俺をなんだと思ってるんだ!」

 リーフも大声で言い返した。

「何……? 貴様が知らないわけがなかろう。この後に及んで人違いを装うつもりか? そんな小手先のごまかしが通用すると思うなよ。こちらは貴様のことをなんでも知っているんだ、アルター。

 第一……こうしてここに転移して来たのが動かぬ証拠だ。あの罠は貴様の霊紋を検知した時だけ作動するよう術式をかけていたのだ。スカライ山周辺で貴様の霊紋と類似した反応を検知したという報告を受けてから、いつか貴様はここにやってくると思っていた。犯人は現場に戻ってくるというからな」

(霊紋を検知……? そういえば、フリッツが広いフォラシアで俺を探し当てた方法はずっと謎だったが……そんなことができたのか?)「俺がその『アルター』だとしても……どうしてお前は俺を襲うんだ! 俺がお前に何かしたっていうのか?」

「まだシラを切るというのか。なんと厚かましい。……ならば! 逃げ道など残っていないことを今この場で証明してやろう。罪悪という枷と共に、貴様を地獄に叩き落とせるようにな」

〈……こいつよく喋るな〉

〈虚栄心の塊みたいなやつだからね〉

 ソーナは呆れ顔で言った。ユスティはそんな彼らに構わず得意げに語り始めた。

「……全ては22年前、モンスターから追った傷が原因でメイル・ミドゥラン陛下が崩御されたことから始まった。当時のヴィジーニエには故陛下ほどの才能を持つ人間は見つかっていなかった。そこで注目されたのが『アルタープロジェクト』だ。

 これは以前より教会で秘密裏に進められていた研究で、人間の才能を人工的に複製し、本人の死後もその優れたタレンタムを絶えさせないことを目的としたものだった。これを利用して教会は陛下の復活を試みた。そうしてこの地下研究所で生み出されたのが貴様だ、アルター」

(つまり……メイルが死ぬ前から計画は進んでいたということか?)

「……だが、貴様はとんだ失敗作だった。20年前、アルターはメイル様の尊いタレンタムを悪用し、担当のリノバ・ムンドゥス女史を殺害した後、転移装置の起動キーを盗み出してフォラシアへと逃走。その間に多くの近衛騎士や警備隊が捕獲を試みたが、ほとんどが惨殺された」

(俺が、リノバを、殺した……?)

「……私は、多くの同胞を殺し、陛下の尊厳を踏み躙り続ける貴様を許せなかった。最近になって何故か殺害から捕獲に命令変更されたが、そんなもの私の知ったことではない。……幸い、私と同じ考えの人間は沢山いてな。そのおかげでこうして研究所に罠を張ることもできた。

 ……さて、これでよく分かっただろう? この現実からは逃れられないと。報告によると、もう以前ほどの力は使えないそうだな? まあ、貴様のような紛い物が陛下の力を一時的にも扱えていたのがそもそもおかしな話だったのだが」

 ユスティは嘲るように言った。

〈リーフ! あいつのいうことなんて信じちゃダメ! リーフが覚えてない頃の話だと言っても……君が理由もなくそんなことするわけない!〉

 ソーナが言った。

〈……でも、あいつは嘘を言ってないんだろう?〉

〈そ、それは……心音とか聴いた限りはそうだけど……あいつは曖昧なことでもさも確定事項かのように言うやつだから!〉

〈……大丈夫だよ、ソーナ。たとえそれが真実だとしても、この程度で揺らぐ俺じゃない。……こいつから聴き出せることはもうなさそうだ。どうにかして脱出の方法を探さないと〉

 リーフは目つきを鋭くさせながら行った。

〈う、うん……周りの状況を軽く調べてみたけど、あたしたちをここに連れて来た転移装置はもう霊力の供給自体が断ち切られてるみたい。それに、周りの壁は対霊術装甲で固められていて、念話も遮断されてるから、ネルたちの応援は期待できそうにないね。だから、あたしたちが取れる手段としては、壁をこじ開けて脱出することくらいだけど……〉

〈それをユスティは許さない、か……やるしかないってことだな〉

「……もはやぐうの音も出んか。ならば、潔く散るがいい!」

「……音響術〈フルクト〉!」

 ユスティが銃器を向けたのを見て、ソーナはすかさず剣を前に向け、音の束を放った。部屋全体が震えるほどの威力であったが、障壁術で全身を固めたユスティに効果はなかった。

「ふん、やはり音響術か。感覚攻撃はもう時代遅れなのだよ」

〈くっ……ナルブ先生の兵器にも効かなかったからそんな気はしてたけど……!〉

 ユスティが銃を構え直すと、霊力の弾幕が二人を襲い、ソーナは再び障壁術でリーフを守った。

〈まずいなあ……ユスティは、タレンタムは持ってないけど、桁違いの霊力量を持ってるんだよ。このままだと……〉

〈ソーナ、もっと激しく動いてくれていい。俺がソーナに合わせるから〉

〈え、でも、ちょっとでも動きずれたらリーフ、ハチノスになるよ?〉

〈大丈夫。あの部屋に入ってから、また一段と感覚が研ぎ澄まさる感じがして……今ならソーナの考えている動きがわかるんだ〉

〈え……あ、本当だ……あたしもリーフの動きがわかる。これって共感覚? あたしがリーフの召喚物だから?〉

〈分からないけど……霊力量で負けているなら早く攻めに転じないと〉

〈分かった。……じゃあ、一気に行くよ! リーフ!〉

 ソーナとリーフは一糸乱れぬキレのある動きで右へ左へと動き、弾幕が薄くなったところを強引に突破して急接近し、ユスティの懐に入り込んだ。

「む!?」

 ユスティの不意をつけた二人は、左右へ同時に分かれ、彼の胴体に向けて渾身の一撃を叩きつけた。しかし……

(……硬い!)

 二人の攻撃はユスティの全身を覆う障壁術に阻まれてしまった。

「ふむ……今の攻撃から感じた気迫……これが貴様らの全力のようだな。ならもう勝負はついた。さっさと『大将』を落として終わらせることにしよう」

 ユスティはそう言うとソーナに背を向け、巨大な銃器をリーフに向けて振り下ろした。リーフは下がってそれを回避したが、そこから放たれた運動術の波に押されて遠くに吹き飛ばされてしまった。それを確認したユスティはリーフに向けて弾丸の雨を放った。

〈リーフ!〉

〈来るな! ソーナ!〉

 ソーナはリーフを助けに行こうとしたが、リーフはそれを拒み、すぐさま体制を立て直して剣で弾丸を弾いた。

〈この距離なら俺でも防げる。ソーナは攻撃を続けてくれ〉

〈でも、あたしの攻撃じゃ歯が立たないよ!〉

〈さっき、ユスティの障壁を斬りつけた時、ユスティの障壁術の『本質』が見え始めた気がしたんだ〉

〈それって……〉

〈もう少し、障壁の挙動を観察できれば、きっとその隙を見つけられる。だから、いろいろな場所を色々な術で攻撃し続けて! 守りに入ったらユスティには勝てない!〉

〈……了解!〉

 ソーナはリーフに言われた通り、剣や火炎術、放電術、音響術に射撃術と、様々な方法で攻撃を加え続けた。しかしユスティはソーナを無視してリーフへの攻撃を続けていた。

「むう……非力な割にしぶといではないか。ならば……不可避の攻撃でじわじわと確実に潰していくとしよう」

 ユスティはそう言って銃器を構え直すと、前方広範囲に火炎放射を放った。

(これは……!)

 避けることも弾くこともできない攻撃に対してリーフにはなす術がなく、あっという間に熱風に飲まれてしまった。

〈リーフ!〉

 これに見かねたソーナはユスティの銃器を蹴飛ばそうとしたが、これも障壁に防がれてしまった。

〈構うな、ソーナ! もう少し……もう少しで見つけられるから!〉

 リーフは剣を床に立ててしゃがみ、そこから障壁を展開して絶えながら言った。

〈……くぅっ!〉

 ソーナは唇を噛みしめて攻撃を再開した。リーフは目が眩むような熱風の中で歯を食いしばり、ユスティの障壁を真っ直ぐに見据え続けた。リーフのその様子を見て、ユスティは苦々しい顔で語り始めた。

「……なぜ足掻く? 貴様が生きれば生きるほど、周りを不幸にするとまだ分からないのか? お前がここに至るまでに一体どれだけの人間を巻き込んだ? ルーフス卿だけではないんだろう? ……一体何人殺した?」

 その時、リーフの脳裏に、彼の傭兵時代の光景がよぎった。ユスティはなおも語り続けた。

「……貴様に味方などいない。……『そんなことない』と言いたげだな? では聴くが……貴様はその『味方』に自分の罪を全て明かしたのか? 違うだろう? 貴様は周りを自分に都合よく操っているだけだ。貴様は社会の癌だ。世界の敵だ! この世から消えてなくなるべきなのだ! 諦めろ! 諦めろ!」

 リーフの障壁は端からジリジリと崩れ始め、全身の痛みは遂に視覚まで蝕み始めていた。

「くっ、ふふふ……あーっはっはっはっは!!」

 リーフは突然高笑いを始めた。

「……苦痛で気が触れたか?」

「お前……ほんっとうに育ちがいいんだろうなあ? 『責任とって腹を切る』とか言い出すタイプだろ? ふふふ……だけどねぇ……俺はそんな『いい子ちゃん』じゃないんだよ」

 リーフは真顔になって話を続けた。

「俺は……誰かに認められたからとか、誰かのためにとか、この世界のためとか……そんな他人任せな理由で生きてないんだよ。

 ……俺は! ただ自分のために……ただただこの世界に生まれたものとして、幸せになるために生きているんだ! そのために必要なら……俺は全人類だろうが全世界だろうが巻き込んでやる! 俺は、自分の因果と戦うって決めた時からずっと、そういう覚悟で生きて来たんだよ!!」

〈リーフ……!〉

「なんと醜い……やはり、貴様を殺すという私の判断は正しかったようだ」

〈……見えた! ソーナ! 俺のビジョンが見えるか? それがユスティの障壁の『心の隙』だ! そこを剣で突き刺して!〉

「! うらぁあああ!!」

 ソーナがその場所へ剣を突き立てたると、ユスティの障壁全体が一気に砕け散った。

「何!?」

 ユスティが無防備になった瞬間、ソーナは彼に骨が砕けるほどの爆音を浴びせた。

「が……あ……」

 ユスティは泡を吹いて倒れた。

「勝、った……」

 リーフは剣で体を支えてよろめきながら立ち上がった。

「リーフ!」

 ソーナはリーフのそばに駆け寄った。

「今治療する! 私にできるのは応急処置程度だけど」

 ソーナはリーフの全身に治療術をかけた。

「……ありがとう、だいぶ楽になった。……ユスティにここからの脱出方法を吐かせよう。壁をこじ開けるよりいい方法知ってるだろうから」

 リーフとソーナはユスティの脇に立つと、ソーナはユスティのコアに放電術を浴びせて彼を起こした。

「おい、どうやったらここから出られるんだ?」

 リーフはユスティに尋ねた。

「そんな方法、ありはせんよ。転移装置は貴様が使った直後に自壊する設定にしていたからな」

「じゃあ結局、壁をこじ開けるしかないってことか?」

 リーフがそう言うと、ユスティはニヤリと笑った。

「フフ……冥土の土産にいいことを教えてやろう。『大樹』の周辺の地下深い場所には大地のエネルギーが凝縮された大規模な溶岩だまりがあってな……『大樹』はそれを霊力の生産に利用しているわけだが……この部屋はその溶岩にどっぷり浸かっているのだよ」

「は? ……冗談……でしょ……? 最初からあたしたちを道連れにする気だったの!?」

 ソーナはひどく動揺した様子で言った。

「いや、死ぬのは貴様らだけだ」

「え?」

「俺には『イーチェ』という緊急脱出術式があってな……」

「それは……」(カニスと仕事をした時に聞いた……)

「アシナス猊下の配下の者のみ使うことを許された最新技術だ。それを起動すると、俺は自分のコアのみを転移させることができるのだ」

「コアのみを……転移だと……?」

「転移したコアは治療ポッドに入り、そこで肉体を再生させることができる仕組みになっている。霊力と物質の中間の性質を持つコアだからこそ転移が可能なのだそうだが……とどのつまり、貴様らが罠にかかった時点で、貴様らの死は確定していたのだよ。

 ……まもなく、この部屋の壁は破壊される手筈になっている。できれば貴様はこの手で直接始末してやりたかったが、仕方ない。溶岩の海にコアの髄まで溶かされるがいい。ハハハ! ……『イーチェ』!」

 ユスティは気味の悪い笑い声を残して動かなくなった。彼からコアの反応は消えており、彼が言った通りコアの転移で脱出したようだった。

「……チィッ!」

 リーフが思わず舌打ちをすると、部屋の外から爆発音が響き、壁が割れ、奥から溶岩が一気に噴き出して来た。

「リーフ!」

 ソーナはリーフを抱きかかえてから周囲を障壁で覆い、溶岩から身を守った。それから壁にできた隙間を通って外へ出て、溶岩の海の中を上へ上へと泳いだ。そして溶岩の表面までたどり着くと、付近に見つけた陸地に這い上がってリーフを手から離した。

「ソーナ、大丈夫!? ……あ」

 リーフが振り返ると、ソーナの体のあちこちが爛れていて、崩れ始めていた。

「ごめん。あたしはここまでみたい。でも大丈夫。あたしはもともと死んでいる身。リーフさえ生きていればきっとまた戻って来れるから。

 ……それより急いだほうがいい。溶岩の奥から不穏な音が聞こえて来てて……多分、この辺りはもうじき完全に溶岩に飲み込まれる。だから、早く上に逃げて!」

「くっ……分かった。ありがとう、ソーナ」

 リーフはソーナにそう言い残して走り去った。

(……でも、ユスティたちは確実にリーフを仕留められるように準備してたはず。今度ばかりは……まずいかもね)

 ソーナはそんな不安を抱えて空へと帰って行った。

 リーフは岩肌が剥き出しの薄暗い地下通路の中を走った。

(どこなんだここは? ユスティは『大樹』の地下深くにに位置する溶岩だまりって言ってたから、この上に研究所があるのは間違いないと思うんだが……)

 リーフがそう考えながら上へ上がる道を探していると、背後から地響きが聞こえてきた。そして振り返ると、通路の奥から流れ込んでくる溶岩が見え、さらに先を急いだ。

 無我夢中で走り続けると、突然目の前の視野が広がり、やや広い空間に出た。その空間にはリーフが入って来た場所のほかに通路がつながっていないようだった。

(しまった……行き止まりか?)

 しかしよくよく周りを見渡してみると、その空間は上下に非常に長いことが分かった。そして50mほど上がった先にはユスティの罠にかかる前に見ていた研究所の白っぽい壁も見え、ここから元の研究所区画に繋がっていることが推測できた。溶岩はリーフのすぐ背後まで迫っており、もはや戻ることはできなかった。リーフはこの竪穴を登ることにした。

 まずリーフは索発射銃を上方の壁面に向けて発射した。糸の先端は床から25mほど上の壁面にくっつき、リーフはそれを伝って岩壁を登り始めた。リーフが登り始めると、すぐに溶岩は竪穴に入って来て、すっかり地面を覆ってしまった。

 リーフが糸の先端まで登ると、彼は銃のカートリッジを交換してから先端を回収し、壁面に捕まりながら再び上へ向けて発射した。今度は50mほど登った地点——研究所区画への入り口のやや下辺りに着弾した。

 リーフが再び登り始めようとしたその時、地響きと共に溶岩の飛沫が跳ね、リーフの体に降りかかった。

「ぐぅ……っ!」

 リーフは全身を矢で射抜かれたような痛みに襲われた上に、糸に溶岩がかかって焼き切れ、落下を始めてしまった。リーフは咄嗟に剣を抜いて壁面に突き刺してなんとか落下を止めた。その後、体を持ち上げようとした時、剣が折れてしまったためリーフは慌てて素手で岩壁を掴んだ。

(あ……さっきの戦いで、流石に酷使しすぎたか)

 リーフは折れた剣を壁に突き立てて再び登り始めた。先ほどの地響きで溶岩の表面はだいぶ高さを増していて、疲労と痛みで手足は満足に動かせなくなっていた。それでもリーフはなんとか登り続け、切れたままぶら下がっていた糸を掴むことができた。

 しかしその時、リーフは妙な駆動音が聞こえて上を見上げた。すると、上方の景色がどんどん狭くなっていることに気づいた。研究所区画の入り口が分厚い隔壁で閉じられようとしていたのだ。

「な……おいおいおい待て待て待て!」

 リーフは急いで糸を伝って登ったが、隔壁はリーフの目の前で重い音を立てて閉じ切ってしまった。下からは溶岩が迫って来ており、もうどこにも逃げ場はなかった。リーフは片手で壁に捕まりながら、折れた剣を隔壁に向かって叩きつけた。しかし、隔壁には傷一つつけられなかった。それでもリーフは隔壁を叩き続けた。剣が弾かれて、溶岩の中に落としてしまっても、拳で殴り続けた。どれだけ血が滲もうが関係なかった。

(死にたくない……終わりたくない…… 生きたいんだ ただそれだけなんだ 生かしてくれよ!! やっと、やっと 見えた気がしたんだ、俺の求めた『幸せ』が……だから、俺をそこに行かせてくれよ!)

 そんなリーフの思いも虚しく、下の溶岩から無慈悲な地響きが聞こえて来た。先ほどのように溶岩がせり上がれば、確実にリーフを飲み込むだろう。

 絶体絶命かと思われたその時、突然隔壁が音を立てて開き始めた。リーフは壁を蹴って隔壁にできた隙間に手を入れて掴み、体を持ち上げて転がり込むように研究所区画に入り込んだ。リーフが隔壁を潜り終えた直後、溶岩の飛沫が噴水のように上がった。

「いた! リーフ!」

「ファー、グラウ……」

 リーフが仰向けになって呼吸を整えていると、竪穴のさらに上方から竜の姿のファーがグラウを抱えて降りて来た。

「ひどい火傷……早くナルブ先生に診てもらわないと! ……あ、でもソーナさんは?」

「力を使い果たして空に戻った」

「そうか……ファー、ここに長居はできなそうだ。早くリーフを連れて先生たちと合流しよう」

 グラウがそう言うと、ファーはグラウとリーフを抱えて飛び立った。

「俺が転移させられた後、何があったんだ?」

 リーフは二人に尋ねた。

「リーフ君が消えた直後、研究所のあちこちが爆発したりモンスターが飛び出したり隔壁が閉じられたりしてもう大変で。気がついたらみんなと逸れてグラウ君と二人きりになっちゃったんだ」

「その後先生たちとは念話で連絡を取り合ってたんだが……先生たちは研究所の管理室にたどり着いて、そこのカメラ映像で溶岩に追われるリーフを発見したんだそうだ。それでたまたま近くにいた俺たちに救出に行くように指示を出したんだ」

 ファーとグラウが言った。

「隔壁を開けてくれたのも先生たちだったのかな……ありがとう。みんながいなかったら確実に焼け死んでた」

「間に合ってよかった……こうなってはリーフのコアデータの解析はもはや不可能だろうが……今は早く先生たちと合流して脱出することを優先しよう」

 グラウが言った。

〈みなさん! 聴こえますか!〉

 3人にナルブからの念話が入って来た。

〈先生? どうかしましたか?〉

 グラウが応えた。

〈ネルさんと連絡が取れなくなったんです! そちらで見かけていませんか?〉

〈え!? 先生たちと一緒にいたんじゃないんですか?〉

〈実は……リーフさんの行手を阻んでいた隔壁へのアクセスを復旧させるために、分霊盤のある部屋へ一人で入って行ってしまったんです。その部屋は研究設備から漏れ出したモンスターの霊力で汚染されてしまっていました。隔壁を開く直前までは連絡を取れていたんですが……もしかすると、それで……〉

〈何ですって……?〉

「……! ファー! あそこ!」

 リーフがそう言って指差した先には、竪穴の淵で佇むネルの姿があった。彼女の体は禍々しい霊力を纏っていた。

「ああ、そんな……ネル!」

 リーフたちとネルの目が合うと、彼女はリーフたちに背を向けて背後の広い通路へと走り出した。グラウはムウィンダジーでの実習でナルブから教わったことを思い出していた。

「変異したばかりのモンスターは、他の生き物を避ける。彼女は、もう……?」

「いや、まだだ! ファー、すぐにネルさんを追いかけてくれ! 俺があの人からモンスターの霊力を祓う! ミュオさんの時と同じだ!」

「そっか、リーフ君なら……! あ、でも、そんな体でこれ以上動いたら……」

「いいから! 早くしないと『手遅れ』になる!」

 リーフは怒鳴るように言った。

「わ、分かった……!」

 リーフたちはネルを追って通路に入った。前を走るネルが背後から迫るリーフたちに気づくと、手を後ろに向けて霊力の弾丸を無数に飛ばし始めた。グラウは前方に障壁を張って攻撃を防いだ。

「わっ、ネル、やめてよ!」

 ファーの声はネルには届いていないようだった。リーフたちはグラウの障壁とファーの機動力で攻撃を掻い潜り、あと少しでリーフの手が届く距離まで近づいた。しかしその時、防御をすり抜けた弾丸がファーの翼に命中してしまった。これによってファーの飛行速度が落ち、ネルとの距離が再び開かれようとしていた。

「グラウ、借りるぞ。霊力場はつなげたままにしてくれ!」

「リーフ!?」

 リーフはグラウの障壁を掴み、ファーの体を蹴ってネルに向けて真っ直ぐに飛び出した。それを察知したネルは振り返って応戦したが、リーフはそれを全て障壁で防いで突破し、その勢いのまま最後の霊力を振り絞って形成した刃でネルの胸を突き刺した。二人は抱き合うような姿勢で床に倒れ込んだ。

「リー、フ……」

 ネルは掠れる声でそう言うと、眠ったように動かなくなった。

「リーフ君! うまくいったの?」

 後ろから追いついて来たファーが言った。

「わか、らない。もう、目が、霞んで……」

 リーフは上体をふらつかせながら言った。

「分かった。もう無理はするな。ネルはこのまま連れて帰ろう。……ファー、攻撃を受けたところから侵食はされてないか?」

「大丈夫。ガワの部分をやられただけだから」

 ファーとグラウはリーフとネルを運び、ナルブの念話の案内で管理室までたどり着くと、扉の前でナルブが皆を待っていた。

「先生!」

「皆さん! ひとまず合流できたようで何よりです。リーフさんの具合を診せてもらえますか?」

 ファーたちはリーフを床に座らせてナルブに診せた。ナルブはリーフの怪我の具合を確認した後、治療術をかけた。

「これで火傷の治療はできましたが、リーフさんの体自体が疲弊し切っているようです。これ以上の無理は禁物でしょう」

 ナルブが言った。

「おいまずいぞ! もう警備隊がこの研究所に突入して来てる!」

 ペーデが管理室の中から出て来て言った。

「……状況は最悪ですね。こうなったら警備隊の包囲を無理矢理突破して脱出するしか……」

「お前たち、そこを動くな!」

 ナルブたちが声に向かって振り返ると、武装を固めた警備隊員たちが銃器を向けて立っていた。

「げ……もう来たのかよ!」

 ペーデは顔を顰めながら言った。

「大人しく投降しろ! さもなくば実力を以て……ぐあっ!」

 警告を言い終わる前に、警備隊員たちは背後から来た黒スーツの男たちに無力化されてしまった。

「な……いったい何が起きているんだ?」

 グラウたちは目まぐるしく変わる状況に困惑してその場を動けずにいた。

「……ん? なんでこんなところに子供が……って、あー! リーフ!! お前なんで……まさか、お前が先にここを襲撃してたのか!?」

 サングラスをかけた中年の男がリーフを指差して言った。

「カニスのオカシラ!? ということは、フラトレスはやっぱり……え」

 リーフはカニスの隣の、剣を携えた金髪の男を見て愕然とした。それは、すでに過去のものとなったはずの男だった。しかし、その男の姿は、リーフの忌まわしい記憶を呼び覚ますほどその『過去』と一致していた。

「フリッツ……! 生きていたのか……?」

「リーフ……俺の『遺言』に馬鹿正直に従っているとは思っていたがね……だが、細かい話は後だ」

 フリッツは決まりの悪そうな顔でそう言ってから、カニスの方を向いた。

「カニス。こいつら連れて脱出するぞ」

「フン、その態度は気に入らねえが……こればかりはお前の言う通りだな。というわけで坊ちゃん嬢ちゃんたち、——後、ついでにペーデのガキも——ご同行願おうか。なに、悪いようにはしねえ。逃走経路も確保してある」

「リーフ君、なんだか知り合いみたいだけど……あの人たち信用できるの?」

 ファーはリーフに尋ねた。

「……ここは彼らに従おう。多分、あの人たちは俺たちと利害が一致してる」

「チッ、よく分からんが……まあ、警備隊に捕まるよりはマシか?」

 ペーデが言った。

 リーフをナルブが背負った後、彼らはフラトレスの先導で混沌と化した地下研究所の中を突き進んだ。

「よし、ここを通り抜けるぞ。足元に気をつけろよ」

 カニスがそう言った場所は、床に破片が散乱していて、壁面に巨大な穴が開けられていた。

「まさか……ここに直接トンネルを繋げたんですか!?」

「まあな。足元に気をつけろよ」

 リーフたちがトンネルを通り抜けると、ペーデがヴィジーニエに侵入する時に見たような地下通路が広がっていた。

「ふう、ここまで来たら一安心だ。地下通路のことは警備隊より俺たちの方が詳しいからな」

「そう……か……」

「?…… リーフさん!?」

 リーフはカニスの言葉を聴くと、体から力が抜け、意識を失ってしまった。



 リーフは見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。周りを見ると、ペーデとゼラが椅子から立ち上がって顔を覗かせてきていることに気づいた。

「目が覚めたか」

「よかった……」

 ペーデとゼラが言った。

「ペーデ……ゼラ……ここは……?」

「ヴィジーニエ郊外の森の中のフラトレスの隠し拠点らしい。もう夕方だから……お前は6時間くらい寝ていたことになるかな。今、他の連中も呼んでくる」

 ペーデはそう言って部屋を出て行った。

「ゼラ、無事にペーデたちと合流できたんだな」

 リーフが起き上がりながら言った。

「うん、地下通路からヴィジーニエを出た後、ペーデが迎えにきてくれて……」

「……あ、そうだ。来てくれ、ソーナ」

 リーフが手を上に上げながらそう言うと、無事にソーナを召喚することができた。

「……あ、リーフ! よかった〜。もう戻って来れないかと……」

 ソーナはリーフを抱きしめながら言った。

「君も変わりないみたいでよかった」

 リーフはほっと息を吐き出してから言った。

「他のみんなは無事?」

「さあ、今ペーデが呼びに行ってるみたいだけど……」

 そんな話をしていると、部屋の扉が開き、ペーデ、ナルブ、ファー、グラウの4人が入ってきた。

「リーフ君……それにソーナさんも!」

「リーフ……体は大丈夫か?」

 グラウが尋ねた。

「うん、特に問題はなさそう」

 リーフはベッドから立ち上がって軽く体を動かしながら言った。

「それより……ネルさんは?」

 リーフがそう言うと、ファーたちの表情が曇ったのが彼にはわかった。

「実は……あれから一向に目を覚ます気配がないんです。……リーフさん、良ければ、あなたの『眼』でネルさんを見てもらえませんか?」

「目を覚ましてない? ……わかりました。ネルさんのところに案内してください」

 リーフはナルブたちの案内で隣の部屋の前まで移動し、扉を開けると、その部屋のベッドの上でネルが寝息を立てながら眠っていた。リーフは彼女の脇に立ち、コアの状態を確認した。

「どれだけ声をかけても、体を揺すっても起きてくれなくて……どう? リーフ君?」

 ファーは恐る恐るリーフに尋ねた。リーフはしばらくネルの体を見つめた後、皆の方へ振り返り、ただ淡々と、説明を始めた。

「ネルさんのコアの、人格や記憶を司る領域がごっそり“持っていかれている”」

「えっと、それって……」

「もう、ネルさんは目を覚さない。モンスターの霊力のせいで、コアの構成要素そのものを変質させられてるだろうから、ソーナみたいに蘇らせることもできない。……間に合わなかったんだ」

「目を……覚さない?」

 ファーはリーフの脇を通り抜けて、ベッドの脇にしゃがみ、ネルの手を両手で掴んだ。

「ちゃんと息してるのに? 脈もあるのに? こんなに暖かいのに?」

「それは、残存したコアが体の生命維持を続けてるだけだよ。もう抜け殻なんだ。その状態も、長くは続かないと思うけど」

「植物状態……ということですか……」

 ナルブは服の袖を掴みながら行った。

「そんな……もう、お別れなの……? そんなの嫌だよ……起きてよネル……ネル!」

 ファーは涙で顔をいっぱいにして叫んだ。グラウもその様子に堪えきれないといった様子で、壁に肘をつき、首を垂れた。

「……先生。ネルさんは俺を助けるために一人で危険な場所に踏み込んで行ったそうですが、その時、ネルさんはどんな様子でしたか?」

 リーフが尋ねた。

「ネルさんはあの時……『自分は変異予防の治療を受けているから、モンスターの霊力の浸食には耐性がある』と言って飛び出して行ったんです」

「焦ってるようではあったが……ここまで覚悟を決めてたってわけじゃなかったと思うぞ」

 ペーデが言った。

「そう、か……」

 その時、外からノック音が響いたのでナルブが扉を開けると、黒いスーツを着たフラトレスの構成員が立っていた。

「あの……ボスが皆さんをお呼びです。案内いたしますので、今すぐご同行願います」

 構成員は部屋の様子を見て申し訳なさそうに言った。

「分かりました。……ファー、グラウ、大丈夫?」

「う、うん……」

 二人が涙を拭いた後、リーフたちは部屋を出て案内に従ってしばらく歩くと、両開きの扉の前にたどり着いた。

「ボス、例の者たちを連れて参りました」

 構成員は扉をノックして言った。

「入りなさい」

 扉の中から男の声が聞こえてきた。

「失礼します」

 リーフたちが中に入ると、大柄な男が机の奥に座って待っていた。

「ご苦労。君はもう下がって結構だ」

「はっ」

 構成員は一礼して部屋を出て行った。

「初めまして。私が『フラトレス』を取り仕切っているトリフォ・ムンドゥスだ」

(ムンドゥス……!)

「君たちのことは部下から一通り聴いている。教会の『闇』に触れ、戦わざるを得ない状況だったそうだね。……そして、君がリーフ君だね……なるほど、確かにそっくりだ。教会が君を追っているということはフリッツから聴いていたが……そういうことだったとは」

 トリフォはリーフの顔をまじまじと見つめて言った。その表情には悲しみと、その裏の怒りが漏れ出ているような気がした。

「あの……いくつか、あなたたちのことについて質問してもいいですか?」

 リーフが言った。

「いいとも。元々私は君たちに我々のことを知ってもらうつもりでここに呼んだのだからね」

「では……どうしてフリッツがあなたたちと共に行動していたんですか。俺の見立てでは、あいつは教会からの刺客でした。そして何より……あいつは俺が殺したはずです」

「え、そうだったの!?」

 ファーはリーフに言った。

「うん。もう半年以上前の話になるかな」

「リーフ君、教会の者と戦っていたのなら、『イーチェ』というものを聴いたことがあるんじゃないか?」

 トリフォがリーフに言った。

「はい……今日戦った、ユスティという近衛騎士が言ってました。人のコアのみを転移させる緊急脱出術式だとか……あ、まさかそれで……!?」

「そう、彼はフォラシアから転移装置を経由してヴィジーニエにある教会の拠点へ転移されることになっていたようだが……それを偶然我々がインターセプトしてしまったのだ」

「インターセプト?」(カニスとの『仕事』の時に聞いた言葉だな……)

「我々は『イーチェ』による捕虜の逃亡にずっと悩まされ続けいてね。その対策のために転移していくコアを横から奪い取る——即ちインターセプトするシステムを開発したんだ。フリッツのコアは我々のヴィジーニエでの作戦行動中に展開していたそのシステムに偶然引っ掛かり、我々の拠点に転移したというわけだ。

 ……フリッツを回復させた後、彼は彼の『上司』に反感を抱いていたようだったから、我々に協力するよう説得した。……諸事情でかなり時間がかかってしまったが……最近になってようやく協力する気になったようだ。実際、今日の作戦ではなかなかいい働きをしたと聴いている」

「そうだったんですね。それなら……あなたたち『フラトレス』が教会——それもアシナス一派と敵対していることはもう察しがついています。その上で聴きますが……『フラトレス』の——あなたの目的は一体何なんですか?」

「……復讐だよ。家族を殺されたことに対してのね」

 グラウたちはその言葉を聴いて思わず息を止めた。

「家族……あなたの『ムンドゥス』という名字、引っかかってはいましたが……」

「そう言えば、あの研究記録は君たちが入手した者だったね。……そう、殺された家族というのはあれを作成した我が妻——リノバと、4代目デウス:メイル・ミドゥランの名で知られている我が息子——フェノの二人のことだ」

「え、ちょっと待ってください……あなたが、デウス様の、お父さん……?」

 ファーが混乱した様子で言った。

「ああ、フェノは幼くしてデウスに就任したこともあって、あの子の個人情報は秘匿されていた。だから、デウスとして人前に出る時は仮面で顔を隠していたし、メイル・ミドゥランという偽名を名乗っていた。

 ……私にとっての全ての始まりは20年前のことだった。当時の私は近衛騎士として部隊を率いる身だった。そして、それはヴィジーニエの外の遠征任務から帰還している最中のことだった。私たちは突然、ヴィジーニエの警備隊からの奇襲を受けたのだ。最初は何かの間違いだと思って、こちらに敵意はないことを必死に伝えようとしたのだが、なぜか話が通じることはなく、結局我が部隊は大きな被害を受けて逃走することとなった。

 ……何とか警備隊を撒いた私たちは、ヴィジーニエが尋常ならざる事態に陥っていることを察していた。そこで私たちは、ヴィジーニエ内に通じる地下通路を探し出して侵入し、情報収集を始めた。すると、まず、妻のリノバの死亡届が既に出されていることを知った。そして嫌な予感を感じた私たちは、フェノの安否を確かめるために『大樹の揺籠』や『聖殿』での諜報活動を行なった。その結果、フェノが喪に服して閉じこもっているとされていた『聖殿』の中のどこにもフェノが存在しないことが判明した。それから、フェノを捕える旨の令状まで見つかり、それにはあの教皇アシナスの印が押されていたのだ。

 ……それを知った日から私は、アシナスへの復讐を誓った。私の部下たちも、デウスをも手にかけるアシナスの横暴に憤慨し、皆私に賛同してくれた。それが『フラトレス』という組織の始まりだ」

「アシナスがフェノさんとリノバさんを殺したというのは確かなんですか?」

「今回の件に関しては君たち——特にリーフ君は当事者のようなものだ。だから、君たちには私が導き出した真実を教えよう。

 ……まず、フェノは22年前のモンスター災害に対応した後すぐにアシナスの手のものに殺されてしまったようだ」

「モンスターにやられたというわけではなかったのですか?」

「ああ、私はあの災害の後、一度だけフェノに会っていた。その時は、少なくとも体に異常は見られなかった。だから、あの時の災害でモンスターにやられたということはあり得ない」

「ちょっと待ってください。あなたは20年前、警備隊に襲われた後初めてフェノさんの死を知ったんですよね? つまり、息子の死を2年間も気づかなかったということですか?」

「恥ずかしい話だが……そうだ。デウスとなって『聖殿』で暮らすようになってから、フェノとは滅多に顔を合わせることがなくなってしまっていたんだ。それに、例のモンスター災害の直後のフェノは、ひどく心を閉ざしてしまっている様子だったこともあってね……」

「心を閉ざしていた?」

「フェノは、弟のウィータをあの災害で失ってしまっていたんだ」

「弟さんがいたんですね……」(そうか、だからあの時の災害でデウスの様子がおかしいという証言があったのか)

「だが、今思えばその状況をアシナスに利用されていたのかもしれない。あの災害直後は、アシナスだけがフェノに面会することを許可されていたそうだ。だから、フェノの死に奴が絡んでいることは間違いない。

 ……リノバの方は不明な点がが多かったが……今回の地下研究所の襲撃で大分全貌が見えてきた。今回我々は、研究所からいくつかの記録と、数人のアシナスの配下を回収、確保することに成功した。——その中にはリーフ君が戦ったというユスティも含まれていたよ——それらから得られた情報によると、どうやらあの場所では以前から『アルタープロジェクト』というものが進められていて、それを利用して『第二のフェノ』を作り出そうとしていたようだ。そして、それもあのアシナスが主導していたことが分かっている」

 トリフォは少しだけ眉をひそめながら言った。

「どうして自らの手で殺しておいて、わざわざ代わりを作ろうとしたんでしょうか?」

 リーフが言った。

「フェノの力を持ち、尚且つ自分の意のままに操れる存在を作りたくなったのではないだろうか」

「それは俺が考えていたことと一緒だな」

 ペーデが言った。

「あるいは……フェノを殺した後になって、デウスの力が失われた現状に恐れをなしたのかもしれないな。他人を蹴落とすことしか考えてない奴によくあることだ。

 ……そして、君たちも知っているように、このプロジェクトにはリノバも関わっていたようだ」

「ということは……リノバさんは先にフェノの死を知っていた上で、そのことをあなたに秘密にしていたということですか?」

「そうだな……確かに、この辺りは私も違和感が多い。リノバは……少々変わり者ではあったが、慈愛の心にあふれた人だった。彼女がこのような禁忌に加担していたというのは、正直、今でも信じられないくらいだ。……いや、むしろその慈愛を利用されてしまったのかもしれないな」

「どういうことですか?」

「これは私の推測でしかないが……まず、アシナスは自分がフェノを殺したことを伏せて、リノバにフェノの死を伝えていたのではないかと思う。そして、『アルタープロジェクト』がフェノを甦らせるかもしれないと唆した。そうしてアシナスは優秀な研究者であるリノバを引き入れたのだろう。リノバがそのことを私に秘密にしていたのは……デウスの死が世間に広まると混乱が起きるからとかいう名目で口止めされていたのではないだろうか。

 ……そして20年前のあの日、リノバが死に、そのことを隠蔽しようと焦ったアシナスが警備隊を使って私を抹殺しようとしたのだろうな」

「その、リノバさんの死因についてなんですけど……今日捉えたアシナスの配下——ユスティとかが何か言ってませんでしたか? ……俺がリノバさんを殺した、とか」

「え……」

 ファーたちは驚いた様子でリーフを見て、それからトリフォを見た。

「……君がわざわざそれに言及するということは、何か心当たりがあるのかな?」

 トリフォが言った。

「……いえ……もう聴いているかもしれませんが……俺にはエピセンティアにいた頃の記憶がないんです。ただ、今日、リノバさんの研究記録を入手した部屋に入った時……一瞬、何か悍ましいものを見たような気がして……あなたがユスティたちから話を聴いた以上、その可能性は検討せざるを得ないと思いました」

「そうか……確かに、今日捕まえたアシナスの配下たちは皆、『アルター』がリノバを殺し、起動キーを奪ってフォラシアに逃亡したと言っていた。だが……私はそれはアシナスの流した誤情報なのではないかと思っている」

「どうしてそう思うんですか?」

「その様子だと、君はまだリノバの残した研究記録をよく読んでいないみたいだね」

「え……?」

「その中には『アルター』の観察記録というものが含まれていてね。リノバが君に様々な『実験』をして、その反応を記録したというものだった。文章そのものは『研究』の体裁を保ってはいたんだが……これが何とも温かみを感じる内容でね。例えば、リノバは君を『アル』という愛称で呼んでいたようだ。だから、リノバは君のことを可愛がっていたんじゃないかと思う。記録を見る限りは、君もそんな彼女によく懐いているようだった」

「そんな……ことが……」

「だから、君がフォラシアへ逃亡するためにリノバを殺したとは思えない。むしろ、リノバが君の逃亡を助けようとして、アシナス一派に殺されたと考えた方が自然に思える。もちろん、真相は分からないが……何があったにせよ、リノバの死に関して君を憎もうなどとは思わない。私が憎むのは、妻をこんなことに巻き込んだアシナスだけだ」

「……分かりました」

「あの……私たちはこれからどうなるのでしょうか?」

 ナルブが尋ねた。

「君たちは情報漏洩の防止のため、明日の夜の作戦が始まるまではこの拠点で謹慎してもらう。ただ、その後は必ず君たちを解放すると約束しよう」

「明日の作戦というのは?」

「明日、我々は全てにけりをつける。『聖殿』を急襲して、アシナス一派を根絶やしにする」

「な……それは、テロを起こすということですか?」

「そうだ。もちろん、無関係の市民を巻き込むつもりはない」

「その、私がこんなことを言える立場ではないことを承知で申し上げたいのですが……その方法ではアシナス一派の悪事を世間が認めてくれるとは思いません。それでは真の意味での断罪にはならないのではないでしょうか。……そもそも、そんなことをしなくても私たちが集めた証拠を使えば彼らを裁くことができるのでは?」

「それは不可能だ。我々も最初はその方法で彼らを裁く方針で動いていた。そして、実際に、アシナスが300年ほど前に非道な人体実験を進めていた決定的な証拠を暴露までした。アシナスの悪事が一部でも明るみに出れば、そこから芋蔓式にフェノやリノバのことも引きずり出せると思っていたんだ」

「300年前の人体実験って……」

「あたしが死ぬきっかけになったやつだね。あれにまでアシナスが関わってたなんて……」

 リーフとソーナは小声で言った。

「だが結局……アシナスが裁かれることはなかった。情報が広まる前に教会にもみ消されてしまったんだ。我々はその時、教会と戦うというのはどういうことなのか改めて思い知らされた。

 ……つまるところ、今の人間の社会は、カエルム教会が絶対の良心であるという前提の上に成り立っている。だから、それを覆すことはできないのだ。ならば、我々ができることは一つしかない。それは、我々自身が社会の悪となって、アシナス一派を道連れにすることだ。

 ……我々がこれまで証拠の収集を行なってきたのは、あくまでこの作戦の『標的』を見定めるためのものにすぎない」

「しかし……教皇の配下にはまだまだ強力な兵隊が残っているはずです。それに、地下研究所を襲撃したことで向こうも警戒を強めているでしょう。そんな状態で直接対決に出るのは無茶ではありませんか?」

「それについては……ん? 失礼……」

 トリフォは突然、耳の念話機に手を添えた。どうやら部下からの連絡が入ったようだ。

「……丁度いい。君たちにもお見せしよう」

「……? 何をですか?」

「我々の準備の成果といったところかな」

 トリフォはそう言うと、背後の扉へとリーフたちを案内した。扉を潜ると、バルコニーのような場所に出た。

「あの……成果って……?」

「? 空から何か来る……?」

 リーフは空の彼方に浮かぶ一つの影と、その周りの無数の小さな影をとらえた。その影たちはみるみる近づくと、竜の女王と竜の姿になってリーフたちの前に降り立った。

「竜!? しかも女王様まで!?」

 リーフたちがその光景に唖然としていると、リーフと竜の女王の目が合い、向こうも少し驚いたような反応をした気がした。それから、一頭の竜が下から飛び上がってきて、トリフォの目の前に着陸した。

「トリフォ様。ご要望通り、精鋭を引き連れて参上いたしました」

 竜が言った。

「ありがとうございます。今の所予定に変更はありません。明日の夜までそのまま待機するようにお伝えください」

「かしこまりました」

「あの、その声……タフシさん?」

 ファーが竜に向かって言った。

「おや、皆様は『揺籠』の……」

「君たち、竜の知り合いがいたのかい?」

 トリフォがファーたちに言った。

「はい、『揺籠』の実習でムウィンダジーを訪れたことがあって……」

「ここにいると言うことは、皆様も『フラトレス』の所属だったということですか?」

 タフシはファーたちに尋ねた。

「ええと……何て説明すれば……」

「違いますよタフシさん。彼らは偶然ここに迷い込んだ我々の客人です。明日の作戦にも無関係ですよ」

 トリフォが言った。

「ふむ? それは……『世間は狭い』というやつでしょうか」

 タフシはリーフたちに一礼するとバルコニーを降りて竜たちの元へ戻って行った。

「私自らムウィンダジーに赴き、竜の女王と交渉してね。彼らもアシナスの打倒に協力してくれることとなった。これだけの戦力が加われば、たとえ相手がアシナス一派であっても互角以上に戦える。だから、我々の心配は無用だ」

 トリフォが言った。

「一体どうやって彼らの協力を取り付けたんですか?」

 ナルブが尋ねた。

「……それについてここで述べるのは控えさせてもらおう。竜たちの事情にも関わることだろうからね」

「そうですか……」

(……俺の知らないところで、ここまでのことが進行していたとはな)

 リーフは竜たちを眺めながら思った。

(20年前から続く因縁……平和的に解決できるとは端から思っていなかったが……もう、ここで踏み切る他ないみたいだ)「……トリフォさん。明日の作戦、俺も参加させてもらえませんか?」

「リーフ!?」

「リーフ君……もう我々には竜がついている。これ以上の戦力は必要としていない。君がこれ以上戦う必要もない。……それに、君はアシナス一派に狙われている。最近になって彼らが君の殺害から捕獲に方針を変えたという話も妙に引っかかる。あまり、奴らにチャンスを与えるような真似はしたくないのだが……」

 トリフォが言った。

「確かに、俺がこれ以上戦う必要はあまりないのでしょう。しかし、例えば、……人は、誰かが亡くなった時、お墓とか、そういう証を作りますよね。あれ自体は生きるのに必要ないものです。……でも、大切なものであることは言うまでもありません。それと同じです。

 俺にとっては、この戦いに参加するということが、俺の呪われた人生に区切りをつけて、前へ進むための何よりの証なんです。……決して足手纏いにはなりません。だから、お願いします」

「……そうか。私も過去に囚われた人間だ。そんな私にこれ以上君を止める権利はないだろう」

 トリフォが言った。

「……ありがとうございます」

「リーフ君……だったら私も……」

「ダメだ」

 リーフはファーに言った。

「……みんなは軍人でもなけれは戦士でもない。今日の作戦だって、これが最後だと信じて、なんとか自分を奮い立たせて頑張っている状態だっただろう? それに、ミュオさんに続いてネルさんまであんな事になって……もう精神的に限界なはずだ」

「そ、それはリーフ君だって同じでしょ……? ネルがあんなことになって、一番悲しいのはリーフ君でしょ!」

「……どうかな。ネルさんとは、付き合いの長さで言ったらみんなと大して変わらないよ。それに……もう、慣れっこなんだ。誰かが死ぬとか、永遠のお別れとか。今回の作戦だって、口には出さなかったけど、こうなる覚悟はしていた。むしろ、ネルさん一人で済んだのは幸運だったと思ってる」

「リーフ君……」

 ファーたちにはそれ以上、リーフにかけるべき言葉がわからなかった。

「……明日の作戦が始まったら、みんなにはネルさんの側に居てあげてほしい。もう意識は無いとはいえ……一人寝かせておくのも忍びないから」

「……うん、分かった」

「ただ……ソーナは明日も俺と一緒に戦ってくれるか?」

「もちろん。最後まで付き合うよ」

 ソーナはゆっくり頷いて言った。


「……リーフ君、君だけもう少しここに残ってくれないか。君と……少し個人的な話をしたくてね」

 一同がバルコニーから部屋に戻った後、トリフォが言った。

「はあ……わかりました」

 リーフがそう応えると、ファーたちは部屋を出ていき、トリフォと二人きりになった。

「それで……個人的な話とはなんでしょうか?」

 リーフが尋ねた。

「リーフ君、君はフェノのコアを再現して生まれた可能性が高いそうだが……その、フェノとしての思い出を引き継いでいたりしないのかい?」

「それは……すみません。俺も、その可能性は考えていたんですが……あなたの顔を見て、話を聞いても、正直、なにも……」

「いや、いいんだ。変なことを聴いてしまってすまない。君があまりにも息子と似ているものだから、つい……」

「あの……もしよかったら、ご家族の話を聴かせていただけませんか? あなたのことを含めて、どうも他人という感じがしないので」

「おお、君がそう言ってくれるのなら、喜んでお話ししよう。椅子を用意した方がいいな」

「あ、私が持ってきますよ」

 リーフは立ちあがろうとしたトリフォを止め、部屋の隅に置かれてあった椅子を運んできて、それに腰掛けた。

「ふむ……まずはやはりリノバのことから話すべきだろうな」

「リノバさんとはどういう出会いだったんですか?」

「リノバと初めて出会ったのは、私が彼女専属の護衛に任命された時のことだった。当時リノバは、カエルム様の遺物の一つである転移装置を熱心に研究していて、ヴィジーニエの外で活動するための護衛を必要としていた。そこで、障壁術の腕を買われた私が彼女の護衛として付き従うことになったんだ。

 ……リノバはその頃からどこか不思議な雰囲気を纏った人だった。教会の研究員なのだから、優秀であることは間違い無かったのだが、どこかぬけているというか……飄々とした人で……例えば、私が言ったことを3秒後にはすっかり忘れていたり、逆に私が知らせて無いことをすでに知っていたり、そんな人だった。

 ……あの頃のリノバは私によく色々な話を聴かせてくれたな。私は護衛の身で、しかも仕事中に必要以上に関わりあうのはよくないという考えだったし、そのことを彼女にはっきり伝えていたのだが、リノバが私の言うことを聞いてくれることはなかった。

 ……リノバは転移に関することだけにとどまらない幅広いを話をしてくれた。彼女の独特な世界観とか、将来の夢とかを話してくれたことあった。内容が難解な上に文脈がめちゃくちゃで、半分も理解できないことが多かったが、私は、目を輝かせながら話す彼女を見ているだけで楽しかった。——いつしかわたしは、リノバのそんな、不思議で、無邪気で、つかみどころがないところに、強い魅力を感じるようになってしまっていた。

 ……そんな日々を過ごしていたある日の夜。自宅にいた私は、玄関の呼び鈴が鳴らされる音を聞いた。こんな時間に何だろうと思って扉を開けると、何とそこにはリノバが立っていた。

 ……どうやって私の住所を知ったのかとかそういう疑問は彼女の頬に出来たの大きな痣を見て全て吹き飛んでしまった。——これは後で知ったことなのだが、リノバの当時の夫は、彼女の支離滅裂な言動を受け入れられなくて、彼女に暴力を振るうようになってしまったようなのだ。それに耐えられなくなったリノバは家を飛び出したのだそうだ」

「当時の夫ってもしかして……フリッツですか?」

「ああ、私も最近になって思い出したのだがね。おかげで今回彼を説得するのには苦労してしまった。

 ——そうして私の家にやってきたリノバは私の顔を見るなり涙をポロポロと流して、あろうことか私に抱きついてきたのだ。恥ずかしながら私は、その時にコロッと落とされてしまってね。気が付けばその日のうちに彼女に求婚してしまっていた。しかも、リノバもそれにあっさり頷いてしまったのだ。

 ……それから私はフリッツを呼び出して、私の意思を伝え、彼にリノバと別れるように頼んだ。フリッツは、始めはその頼みを断固拒否する姿勢だったが、リノバが怯えている様子を見ると、意外にも潔く引き下がってくれて、その後私たちの前に現れることはなかった。

 ……こうして、少々変な形で始まったリノバとの共同生活だったが、少なくとも私は夫婦円満でいられたと思っている。それに、二人の子宝にも恵まれた」

「フェノさんと、ウィータさんですね? 二人は、どんな人たちだったんですか?」

「フェノは、生まれたばかりの頃からその非凡な才能を開花させ始めていた。10歳の頃には洞察力ではリノバを、霊力では私を圧倒して、立ち振る舞いも大人びていた。正直、フェノの前では親としての面目もまるで保てていなかったような気がするな。

 ……ウィータはフェノとは対照的で、特に目立った才能も現れなかったが、小動物顔負けの愛くるしさを備えている子だった。フェノもそんなウィータが大好きだったようで、弟と一緒にいる時はいつもニコニコしていた

 ……ああ、あの頃は本当に幸せだった。幸せだったのに……フェノがデウスになどなっていなければ、少しは違っていたのだろうか……」

「……フェノさんは、どういう経緯でデウスとなったのですか?」

「……フェノの類まれな才能は、学校から世間へと広まり、あれよあれよという間に担ぎ上げられ、教会から4代目のデウスに推挙されるに至ってしまった。それを聴いた当時の私とリノバはそんなフェノをこの上なく誇らしいと思ったが、同時に抵抗を感じていた。まだ30歳という若さのフェノにそこまでのものを背負わせてしまうのは、親としては心配だった。

 ……しかしフェノは……当時先代デウスの訃報でヴィジーニエ全体に広がっていた不安を和らげたい。それに、ウィータが安心して暮らせる世の中を守りたいと、私たちの前で堂々と言い切ったのだ。それを聴いた私たちに、それ以上反対することはできなかった。

 デウスとなってから、フェノは『聖殿』に住むようになり、私たちとは滅多に会うことができなくなった。フェノが各地の災害を収めるニュースを聞いてその身を案じるくらいしかできなかった。

 そして、それから八年後——星暦2000年、あの忌まわしいモンスター災害が起きた。ウィータはあの時、多忙を極める兄に送るプレゼントを買うために出かけていたところを襲われてしまったのだ。あの頃はウィータの面倒を世話係に任せていたのだが、その人もろともやられてしまった。

 ウィータの葬儀は、フェノのプライバシーを守るため、我々家族だけで行なった。私の人生の一部が奪われたような、そんな気持ちに襲われて、涙が止まらなかったよ。リノバも大泣きしていた。ただ……フェノだけは全く泣いていなくて、逆に心配になったことは今でも印象に残っている。ここには家族しかいないんだから、我慢しなくていいんだと私たちがいくらいっても、あの子は涙を流そうとしなかった。……それが結局、私が見たフェノの最後の姿だったな。

 ……アシナスめ……あそこまで傷ついたフェノにつけ込み、リノバまで利用して……やはり奴を生かして置くわけにはいかない」

 トリフォは拳を振るわせながら言った。

「……もし、明日の作戦が成功して、アシナス一派を一掃できたら、その後はどうするつもりなんですか?」

「『フラトレス』としての活動は、綺麗事だけですませることはできなかった。時には違法なシノギに手をつけて、多くの人々の人生を狂わせたこともあった。……全てに方がついたら、その『清算』をせねばなるまい。……リーフ君はどうするのだね?」

「俺は……これまで巻き込んできた人たちに最低限の義理は通したいと思ってますけど……人造人間のことが公表されたとして、それまでにヴィジーニエの法を犯した自分のことを人々に受け入れてもらえる可能性は低いかなと思ってます。それに、今日まで自分のことを調べ続けて、なんとなく、分かってきました。ヴィジーニエは俺の『故郷』だけど、そこに俺の『居場所』は無いって。

 ……だから、少なくともほとぼりが冷めるまではフォラシアに帰ろうと思います。そこの、ゾンヌ村という場所で、俺の帰りを待ってくれている人たちがいるので」

「そうか……君にはそんな人たちが……それを聴いて少し安心したよ。その人たちとの生活を大切にするといい」

「……あなたも一緒に来ませんか?」

「なんだって?」

「あの村の人たちは、傭兵として多くの人々を傷つけてきた俺のことだって受け入れてくれました。だから、あなたのことだってきっと受け入れてくれます。それに、何もヴィジーニエの法で裁かれることだけが贖罪の唯一の手段というわけではないはずです」

「……ありがとう、リーフ君。だが……その気持ちだけで十分だ。……先ほどは伝えていなかったが……私は『真実』を世に知らしめる希望を捨て切っているわけではないのだ。明日の作戦の開始と同時に、これまで集めたアシナスの悪事の証拠を公開する手筈も整えてある。だが……それを人々に少しでも信じてもらうためには、私自身が筋を通さねばならない。私はもう……人にまた同じような過ちを犯してほしくないのだ」

(……これ以上口を出すのも、無責任というものだろうか……)「……分かりました。話を聞かせていただき、ありがとうございます」

 リーフは立ち上がって礼をした。

「礼などいらない。……誰かに自分のことを知ってもらうというのは、存外満たされるものだ……」

 リーフはトリフォの部屋を退出した。すると、部屋を出てすぐから見える範囲にカニスとフリッツがいることに気づいた。

「オカシラ。こんなところで何してるの?」

「おう、こいつを監視してやろうと思ってな」

「ふん……」

 フリッツはリーフたちから顔を背けた。

「……お前、相当酷い目にあってたらしいな。もう体は大丈夫なのか?」

 カニスがリーフに言った。

「うん、もう平気。そんなことより、いくつか聴きたいことがあるんだけど……オカシラは最初俺と会った時、俺がボスの息子さんと同じ顔してることに違和感感じなかったの?」

「ああ、俺は『フラトレス』の初期メンバーじゃないからな。ボスとそこまで親しいわけじゃなかった。それに、まさか死んだ人間と同じ姿の人間が現れるとは思わないだろ?

 ……今日になって急にリーフと名乗る少年を確保しろ、っていう命令が回ってきて、魂消たもんだ。すぐに念話機でお前を呼び出そうとしても繋がらないから、何事かと思ってたんだが……まさか同じ敵と戦っていたとはね」

「今日まで俺が教会と因縁があることを知らなかったってことか?」

「ああ、こいつがつい最近まで頑なに協力を拒んでいてな。それで情報が回ってくるのに時間がかかってしまった」

 カニスはフリッツを指差して言った。

「なるほどね……フリッツ」

 リーフは懐からリノバの写真が入ったロケットペンダントを取り出し、フリッツに向けて差し出した。

「これ……返す」

「いらん。……もう俺には必要ないものだ」

「そうか……だが、お前にいくつか聞きたいことがある」

「……何だ?」

「お前がこれを俺に渡した時、この人が俺の『本当の母親』だって言ったが、あれはどういう意味だったんだ?」

「……以前、ヴィジーニエでリノバが子供達を連れているところを偶然見かけたことがあってな。お前がその時の子供の一人と同じ顔をしてたから、俺はお前をリノバの息子だと思っていた。……人造人間のことは、教会からも知らされていなかった」

「お前は、俺のことを……リノバさんの仇だと思っていたのか?」

「……そんなことを聴いてどうする? 俺はお前を明確な殺意を持って殺そうとした。その事実は変わらねえぞ」

「いいから答えろ」

 リーフはフリッツを睨みつけて言った。それに対してフリッツはため息をついてから話し始めた。

「……確かに、教会の奴らからそんな話は聞かされていた。だが、俺を無理矢理拘束して働かせた連中の言うことなんか信じるつもりはなかった」

「……」

 リーフはペンダントを懐にしまい直してから、口を開いた。

「フリッツ……この起動キーの指輪をくれたことと、今日の脱出を助けてくれたことには礼を言っとく。……だけど、俺の育ての親と、ギンを殺したことは一生赦すつもりはないからな」

「……お前の許しなんて元から期待してねえよ。俺もアシナスには恨みがある。だから明日の戦いにも俺は参加する。そう釘を刺さなくても、死ぬ気で働いてやるから安心しろ」

 リーフはしばらくフリッツの顔を見つめてから、返事をせずにカニスの方へ向き直った。

「……そうだオカシラ、明日は俺も作戦に参加することになった。ボスにはもう許可をとってあるから、よろしくな」

 リーフが言った。

「ほう? まあ、ボスがそう決められたのなら文句はないがね……あと、俺は明日の作戦には参加しないぞ」

「そうなのか?」

「『フラトレス』だってみんながみんな命張る覚悟できてるわけじゃねえ。次の作戦に参加するかどうか、各々が自由に決めて良いというお達しをボスは出されている。それで、俺は残ることを選んだ奴らの今後の世話を任されたという訳だ」

「そうなのか……だったらついでに、ネルさんとか……俺に協力してくれたみんなのこともお願いできるか?」

「……ま、部外者をウロチョロさせるのも危険だからな。しっかり見張っといてやるよ」

「ありがとう」

 リーフはそう言ってその場を後にした。

「……お前、あいつに相当恨まれてたんだな」

 カニスがフリッツに言った。

「フン……」(……だが、わざわざその意思を俺に伝えるあたり、あまちゃんなところは変わってないみたいだな。チビ助)

 フリッツはリーフの背中を見ながら思った。


 リーフはカニスたちと別れた後、屋外に出た。竜たちに聴きたいことがあったからだ。リーフが建物の周囲を歩いていくと、竜たちが集合している場所に辿り着いた。暇を持て余しているようで、大半は地面の上でゴロゴロしており、女王も丸まって昼寝をしている様子だった。

(多分……あれだよな)〈……タフシさん〉

〈おや、リーフさん。どうなさいましたか?〉

〈実は、俺だけ明日の作戦に参加することになりまして。挨拶に伺おうかなと思った次第です〉

〈それはどうもご丁寧にありがとうございます〉

〈用はそれだけではなくて……一緒に戦うことになった竜の皆さんに伺いたいことがあるんです〉

〈なんでしょうか?〉

〈どうして皆さんは『フラトレス』と共に戦うことを決めたんですか? トリフォさんは竜の事情も絡む話だからと言って、俺には話してくれなかったんです〉

〈それは、女王様が決めたことですから、私にも分かりません〉

〈では、女王様とお話しさせていただけませんか?〉

〈しかし……あの方は今昼寝中で……〉

〈……よい、タフシ。我が直々に話してやろう〉

 女王は目を開いて首を持ち上げながら言った。どうやら聴かれていたようだった。

〈あ……かしこまりました〉

 タフシはそう言ってリーフを女王の元に通した。

〈お昼寝の邪魔をしてしまい申し訳ありません〉

 リーフが女王を見上げながら行った。

〈それはまあいい。だが、お前の質問に答える前に我の質問に答えてもらうぞ〉

〈質問? なんでしょうか?〉

〈お前が明日、教会との戦いに参加するというのは偶然ではないのだろう? お前は何者なのだ?〉

(ムウィンダジーでも妙だと思っていたが……どうしてそんなに俺のことに興味があるんだ? でも……あの時は結果的に協力したもらった形になったし……ここは正直に答えるのが道理かな)

 そう思ったリーフは「アルタープロジェクト」のことを女王に話した。

〈ふむ……つまり、お前はメイルを復活させようとする試みの中で生まれた失敗作ということか?〉

〈……そうです。生まれた当初はメイルの力を使うことができたみたいですけど……それも今はどういうわけか失われたみたいで〉

〈力の使い方を忘れただけ、というわけではないのか?〉

〈その可能性は低いでしょう。真相に近づくにつれて、霊力を感じる力はだいぶ強くなった気がしますが……単独で世界の災厄を収めるほどの力が私に宿る気配はありません〉

〈……つまらん〉

 女王は昼寝の態勢に戻りながら言った。

〈え?〉

〈お前はなんとなく、後々“化ける”ような気がしたのだがな。メイルの気配を感じて勘違いしてしまっていたようだ〉

〈あの……どうしてがっかりされてるんですか?〉

〈お前を食う価値がないと分かったからだ〉

〈え!?〉

〈ん? ああ、そういえばお前からの質問にまだ答えてなかったな。そもそも我が『フラトレス』とかいう奴らに協力してやることにしたのは、少しでも強力なコアを食べておきたいと思ったからだ。

 ……ある日——お前がムウィンダジーを訪れるより少し前、——トリフォが我の元を訪れてきた。奴はその時我に、メイルが死んだことを告げ、その復讐のために力を貸してほしいと頼んできたのだ。

 ……我はその頃、ここ数年メイルの気配を全く感じないことに違和感を感じていた。だから、奴の言葉が真実であることをすぐに悟った。……我は、ずっとメイルのコアを食いたいと思っていたのだ。あれの力を初めて見たのはモンスターが大量発生したあの時であったが、メイルは間違いなくカエルムに並ぶ素質を持っていた。だが、もう我の願いは叶わないと知り、酷く落胆したものだった〉

(もしかして、俺たちがムウィンダジーを訪れた時に不機嫌だったのはそのせいか?)

〈……我はこれでももう寿命を考えなければならない歳でね。メイルに並ぶ素質を持つ人間が現れるのを待つことはできない。そんなことを考えていた時、トリフォはこう言ったのだ。『敵は精鋭を揃えている。彼らを皆食べても構わない』とな。——おそらく、奴はここに来る前に我々の生態をよく調べていたのだろう。

 ……メイルがもう食えないのなら、選り好みしても仕方ない。質は数段劣るだろうが、教会のつわものなら、少しは使える『因子』を持ってるだろう。それに、デウスが不在であるなら危険ということはあるまい。だから我はこの話に乗ってやることにしたのだ〉

〈そうだったんですか……〉(……トリフォさん、ずいぶん思い切ったことをしたな。まあ、欲望に忠実で、それを隠そうとしないあたりは、人間よりいくらかマシなのかもしれないが)

 リーフは竜の女王と挨拶をしてその場を後にした。それからグラウたちと少々ぎこちない挨拶を交わしたのち、フラトレスに与えられた寝室で早めに就寝した。

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