5好き
「ぜぇ……ぜぇ、このっ、階段っ!いつまであんねん!」
仕事でとある神社を訪ねていた。
「な、長い……、」
筋肉が強張り、肺から血の匂い。今にでも横たわって休みたい。けど、
「…………、あかん、こんなとこで後ろ向いたら終わる。」
足に氷が巻き付く。
「あ゙ぁ、最後の、一段っ!!」
やっと登り終わった。
「はよ……行かな…………。」
息を整いながら、まだ疲れている足を使って歩く。
――――――
「はい、ですから……、」
「もういい。他所に行ってくれ。話なんぞ聞きたきゃあない。」
今回は無理だった。次会った時には取引しておけば良かったって嘆いていろ。
「では、今回の取引は破棄させていただきますね。金輪際。」
「…………、」
取引相手が反応する。ほら見ろ。やっぱ惜しいんだろ。
後を去る。
「ん゙ー!!あ゙ぁ!!疲れたなぁ。今日は寄ろっかなぁ。」
娘の笑顔が浮き上がる。その存在だけで生きていける。
坂の上で斜陽が包む。
「…………ぁ、きれい、」
世界が輝いている。全ての光を瞳が吸収する。宝石のようだ。手に取って、自分だけのものにして、眺めていたい。
冷たい風が頬を撫でる。
「あははっ!鬼さんこちら、手の鳴る方へ。」
「もー!!待ってよ!」
子供の声だ。楽しそうに、幸せそうに笑っている。無邪気で、純粋で、無垢な笑顔だ。この世界は何も知らない。しかし、目の前のことだけを考えていて幸福に包まれている。
「あれ、俺って」
――このままでいいんかな
「……あぁ、あかん。気がどっかいってしもうた。」
階段を一段一段、丁寧に下っていく。いつもなら、早足で家に帰るのに。落ち葉が色付く。
「……世界ってこんな綺麗やったんか。」
――――――――
「ん、あれ、今日はえらい空いてんなぁ。」
人外、客一人だ。
「いらっしゃい。えぇ、けどさっきまでは五人くらいいらっしゃったんですよ。」
「へぇ、」
二人っきりだ。嬉しい。こゝろが踊る。踊ってしまえ。
「どうぞ、日本酒と、」
机にことっと置く。
「鰹のタタキです。」
「え!なんで、こんな高いもの頼んでないよ。」
いたずらっぽく、ふふふっと笑う。
「以前のお礼です。助けてくださったでしょう。」
「あ、あぁ、ありがとう。」
にかっと笑う。
「……!」
「相席しても?」
隣に座ってきた。ちかい。
「あぁ。」
「「…………。」」
どうしよ。どうしたらいいんや。なんで隣に。
お猪口を口元に止めて、頬が赤らんでいることを隠す。
けど……、
――あぁ、どこ行っての。遅いよ。
――ごめんごめん、じゃあ、行こうか。
知らない男と娘が笑い合っている。
相手も俺ではない、違う思ひ人がいる。
なのに、なんで来たんや。思わせぶらんといて。もっと好きになってしまう。
「あ、あのさ。」
「ん、何でしょう。」
可愛い。こんな心情でもそう思ってしまう馬鹿な自分がいる。
「好き」
「ぇ。」
「な、もんとかある?」
娘は慌てた表情で問いを返す。
「んー、あ、あんまりないですね。仕事ばかりしてますもんで。」
「あぁ。そっかぁ。」
人外は娘とは真反対の方向を向く。着物の長い袖で頭を隠す。
「そうだったら、くしとか、かんざしとか、どうかな。」
「……ぇっ、そ、それって……」
りんごの様に赤い。
「? なんか、変な事言った?」
「えっと、かんざしを贈る意味は、いみは、」
ますます娘は下を向く。
「告白の事です、」
「…………!!」
「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……!僕、学ないから。ごめんね。不快な思いさせちゃった。」
二人とも、リアクションが大きくなっている。
「いいえ、大丈夫です。」
「き、今日はもう帰るね。ご馳走様。」
鰹のタタキ分の代も払って、逃げる様に外へ出た。ちょうちんが揺れる。
またあの細い路地にうずくまっている。
「あぁ、やってしまった。合わせる顔がない。どうしよ。どうしよ。」
体温が高い。外が寒いなんてどうってことない。
「俺はなんて馬鹿なんや。」
「恥ずかしい。」