◇第2節◇
それから数日後、俺は使用人たちを引き連れ馬車でカンペリ入りした。
ボブが手配した宿泊所へ到着。
「暑いなここは」
「だから申し上げたでしょーに」
同道してきたヨハンは上司セビスの目がないのをいいことに、だらけ切った服装で団扇をさかんに扇いでいた。団扇は先日、俺の発案で俺だけが使う目的でアローラの職人を呼び作らせたものであるが、知らぬ間に使用人にも広まったらしい。
「それにしてもボロい宿舎ですね」
「造りからしてもともと宿泊客をもてなすための施設ではないのだろうよ」
そこへ、地元の代表者が挨拶に来たと取り次ぎがあった。
「このようなむさ苦しい場所にようこそいらっしゃいました。侯爵様には甚だ失礼かとは存じますが、生憎こういった宿舎しか無くて誠に相済みません」
「いや、このようなところも鄙びてなかなかよい。キャンプに来たみたいでこれはこれで楽しい」
するとヨハンがこれを耳ざとく聞いていて、
「なんです? きゃんぷ、って?」
「自然の中で宿泊して遊ぶんだよ」
「そんなことして何が楽しいんです」
「いいからおまえちょっと黙っていろ」
「それで……そなたは?」と地元の代表者に目を向ける。
「ああ申し遅れました。私はエドガと申します。役場からこの地域の取り纏め役を任されておる者です」
「村長であったか」
「どちらかというと自治会長です」
「そうかエドガよしなに頼む」
「及ばずながら精一杯務めさせていただきます」
何を考えているかは分からぬが表向きは丁重な人物だ。
「しかし侯爵はやめてほしい。そう呼ばれるべき人は俺でなく父だ。俺はその息子にすぎない。謙った態度も接待も要らぬから、ほどほどによろしくな」
「は……さいでございますか……」
エドガは目を丸くする。領民に親しい父の威光がどれほど浸透しているのかわからないが、貴族のボンボンといえば偉そうにふんぞり返って領民に恭順を強い迷惑をまき散らすだけの能足りんくらいに思っていたのだろう。知らせを受け取ったとき、きっと何様が来るのかと訝しんだことだろう。
「ところでエドガ」
「はい」
「早速だが泳げる場所に案内してもらえないか」
「泳ぐ? 何のために?」
「決まってるだろう。暑いからだ」
「まさかそのためにここへ参られたのですか」
「そうだが? お前らの若いころは夏だ、海だー! とならんかったのか」
「なりませんな。海は魚を捕りに行くだけです。暑ければ庭で水でも浴びますな」
「楽しみのために泳ぐ習慣がないのか」
「ありませんな。漁師が海に落ちても溺れぬように泳法を習うと聞いたことはありますが」
「ふうむ……」
「シエール様……また何か良からぬことを考えていらっしゃいますね」
ヨハンが溜息をついた。