◇第3節◇
暑い、そして暑い……。
「誰かおらんカー!」
部屋に現れたのは副メイド長のエリザベス。
「おう副長か!」
「お呼びでございましょうか?」
メイド長の石頭ジュディスよりは多少話しがわかるメイドである。
だが無能な使用人どもの中でも輪にかけてお馬鹿だ。
なぜジュディスはこの女を副メイド長に選んだのか理解しかねる。
性質じたいは屈託のない娘なので、どこか憎めないところがたしかにある。
エリザベスは俺がまた何か言い出すのではないかとワクワク顔。
「氷を持ってこい」
「夏に氷があるわけないじゃないですか」
「ナニ! 侯爵家のくせに。氷室とかはないのか」
「なんですかそれは」
「もういい、こんど冬になったらおしえてやる。だったらこの辺りの植生に詳しい者は?」
「は?」
「木とか草花とか、そういう植物の性質とか種類とかに詳しい者だ」
「ああ……。それなら庭師のゴドーさんですかね」という。
そりゃまあそうだろう。
そこへ「失礼いたします」と茶を持って入ってきたのは第二執事のヨハンである。
実質は俺の専属執事であり、数少ない俺の理解者ではあるが、そのため日々筆頭執事のセビスとの板挟みに悩んでいる。
歳は二十七だそうだ。
それにしては老けている。
最近また前髪が薄くなったようだ。
きっと日々の心労がたたっているのだろう。
大部分は俺のせい――と思ったら少しだけ可哀想になった。
「ちょうどいい所へ。ゴドーを呼べ」
「ゴドー、ですか? 庭師の? いったいなんのご用が?」
「いいから早く」
すぐにゴドーがやってきた。
庭師が俺の部屋に入ることなど滅多にない。
ヨハンがキョトンとしていたのはそのためだ。
ゴドーは物珍しそうに俺の部屋を眺めまわした。
庭いじりをしていた最中の汚れた格好を、メイドのエリザベスがくいいるように見つめていた。ゴドーが身動きするたび衣服についた土が床の絨毯にバラバラと落ちる。お願いだからこれ以上自分の掃除仕事を増やさないで~と祈る目だ。
「フー。なんでごぜえやしょう。若旦那」
「この辺に竹は生えていないか」
「なんでごぜえやすか、ソレは?」
「ヤッパリ知らないか。中が空洞になってる木だ」
「そんな木があるわけがねえ」
「ないのか」
「中が空洞ならどうやって葉まで水を吸い上げるんで?」
「空洞じゃない部分からに決まってるだろう」
そんな議論がしたいのではない。
するとヨハンが何かを思いついたように、
「そういえばトトンガが巣を作るのに木の中心部分を囓って中を空洞にしてしまうというのは聞いたことがあります」
「それだ!」俺は手を叩く。「どこにある?」
「知りませんよ」
庭師に目をうつせば、「それならわっしも聞いたことがありやす。どこにあるかはトトンガ次第ですがね」という。
「とにかく領の山へ行こう。そいつを探すのだ! 三人とも山歩きの服装に着替えてついてまいれ!」
屋敷から近隣のフォーレライ直轄領までは馬車で四分の一日ていど。
飛ばせば昼前には着く。
「あたしもですか?」
とエリザベスが自分を指す。
「おまえもだ。探し物をするとき人は多い方がいい。他にも手の空いている者がいたら連れてこい。それと人数分の弁当を用意しておけ」
「急すぎませんか?」とヨハン。
「厨房のジェムスに俺の言いつけだと伝えろ。あの男に料理人のプライドがあるならどうにかしてくれるだろう。ゴネたら俺がそう言っていたと伝えれば覿面だ」
「そんなもの探して一体何をするつもりなんです?」
「フ……まだ内緒だ」