◇第2節◇
俺は転生者だ。
十歳くらいまではこの家で貴族の息子として普通に育っていたと思うのだが、なぜか最近になって前世のことを頻繁に思い出すようになってきた。
俺の前世はたぶん、大陸の東の端あたりのとある島国でふつうに暮らしていた一般庶民だと思うのだが、連続した明瞭な記憶があるわけではない。ただ、その不明瞭な記憶の場所が明らかにこことは文明的に異なる別世界だということはたしかだ。ここではない異世界の暮らしぶりや言葉の断片がうたかたのように思い浮かんでくる。
転生するにいたった明確な経緯は覚えていないが、おそらくは自分の身に良からぬことが起こって……たぶんその直後だったと思う。崇高なる何者かの存在の前で、何かの書類にサインしたことを朧気に記憶している。
そして転生したはいいのだが……。
この世界のつまらぬことといったら!
スマホもなければゲームもない。
籠の鳥のような生活で毎日に色がない。
セビスは今日も俺に算数をやらせようというのだ。
やがて算数教師がやってきた。
いつものように問題集を開いてよこす。
「それではお坊ちゃま、先日の続きから……」
俺は相手にひと睨みをくれたあと、
「シエール様と呼べ」
「は、し、失礼いたしました!」
俺は示されたページの問題についてぱっぱと解いてみせる。
いつもより迅速、かつ正確に。
「ホラできたぞ」とペンを放り投げる。
「もうでございますか!」
「うむ」
俺の解答にしげしげと目を通しながら算数教師は、
「なんとこれは驚いた……全問正解でございます」
とかなんとか。
はっきり言ってこの国の学問レベルは低い。
学問がまったく発達していないのだ。
十八歳にもなって小学生レベルの四則演算とは。
だからこんな中世で文明が停滞しているのか。
調べると文明レベルはここ千年ほとんど変わっていないという。
このままではいつまで経っても産業革命やハイテクなどないだろう。
正直、この家庭教師が代数幾何や微積分を知っているのかすら怪しい。
「もうよいだろう。あとは休憩だ」
「そんな勝手に……」
算数教師は途方に暮れたような声。
「おぼ……シエール様が優秀なのはわかりますが、これでは私の立場というものが」
「知ったことか」