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日常の風景シリーズ

日常の風景6:ブレない私とエコバッグと小玉

作者: けーくら

「こーだま、こだま。こーだまちゃん……」


 謎な歌が部屋中に響く。我が妹の美織(みおり)だ。三人掛けのソファーにワンピース型の部屋着で正座して近所のスーパーのチラシをニコニコしながら吟味中。


「ももももももー、こだまもこだまも……あははっ!」


 おおっ……自分で歌っている変な歌詞で笑っている。幸せなヤツめ。なんか片膝をペシペシと掌で叩きながら大ウケしてるぞ。


「あははっ、こだまもももも……うぷぷっ。あはははっ」


 これが、せめて五歳児くらいの女の子なら可愛いものだが二十歳過ぎの女が謎にテンションが高いのは正直怖い。

 

「さてと、準備しよーっと。ふーんふふーん」


 鼻歌を歌いながら美織さんは自分の部屋に帰っていった。と思ったら、お出掛け用の服装になって兄の前で仁王立ちしている。


「お兄、車出してよー。買い物に⚪︎オンに行きたいの。おねがーい!」


 コイツ、これでも大学ではお嬢様キャラで通しているらしい。どんなゴツい猫を被っているのやら……。


「いや、今は忙しい……」


 椅子に座ってスマホを眺めながら目も合わせずに呟くと、妹は怒り始めた。


「何が忙しいのよ。めちゃめちゃ暇そうじゃない!」

「いや、暇な時間を満喫するのに忙しいんだ。誰が好き好んで混み合うスーパーなんぞに行きたがるかよ」


 兄妹ならではのゴリ押し理論を展開する兄。しかしここは引かない美織さん。


「お願いよ! 正味一時間だって。後で美味しいもの分けてあげるからぁ〜、どう? 楽しみでしょ? ワクワクでしょ?」

「オレ、スイカ嫌いなんだよね。タネ出すのが面倒い……」


 びっくり美織さん。


「な、な、な何故にスイカを買いに行くと分かったの? お兄はエスパーなの?」


 本気で驚く二十歳を過ぎた妹。少し唖然としながら……いや、アホの子を見る目で見つめてしまう。


「な、何か失礼な視線を感じる!」

「オマエ、ずーっと『こだま、こだま』って歌ってたろ。あれでバレないと思ってるのか」

「えーっ、口に出てた? な、なんか恥ずかしい……」

「あと、桃でも安いのか?」

「うっ、やっぱりお兄はエスパー……じゃない……の?」

「パンツ見せながら歌って大笑いしてたろ。ダダ漏れだったぞ」


 恥じる気持ちはあるらしい。誤魔化すためにプンスカし始める美織さん。


「うるさーい! パンツ見たならそれがお駄賃よ! さぁ連れて行きなさい!」

「お前のウル⚪︎ラマンなんか見たくねー」

「あーっ! 嘘つきよ!」


 ダダダっと自分の部屋に駆け込むと、スカートを捲って自らのパンツのお尻の柄を鏡に映して確認。そこには女の子二人組のアニメ絵が描かれた派手な女児用パンツが映っていた。

 またダダダっと兄のいる部屋に戻り仁王立ち再開。


「今日はパリキュアだったからね! 嘘つきー、嘘つきー!」

「くっ、バレたか。しっかし……お前黙ってりゃ美人なんだからもう少しお淑やかになれよな」


 くるっと半回転してモデルのように腰に両手をやり顔だけ向けて自信満々のポージングを決める。


「面倒いわっ! ほらっ、このままだと自転車で買いに行くわよ! ほらほらっ、世間の皆さんにパリキュア見せびらかすわよ!」

「いや、ダメだろ……せめて見せるつもりなら年相応なパンツ履けよ。ったく……一時間だけだからな。着替えたら車出すから待ってろ」

「いえーい!」


 まぁ、わーわー言っても最後は一緒に行ってくれる優しい兄です。ふふふ、そう、実は尊敬してます。


 えっと……ウチって私が五歳くらい迄は普通のラーメン屋さんだったの。パパとママ、毎日夜遅くまで頑張ってたのを覚えてるわ。今思えば寝る暇なんか無いくらい忙しかったんじゃないかな。

 それから少しすると、ウチの業態が世間で流行りまして、急に店舗数が拡大したのよ。あれよあれよという間にラーメン屋さんの三人兄妹から、『シュガーフードコーポレーション』グループ七社、店舗数四百二十五店、従業員二千人を従える大企業のご令嬢に変身よ。


 だから、私、チグハグなの。

 妹の美奈(みな)は大丈夫。生粋のお嬢様。だから羨ましいし、憧れなの。

 兄も大好き。だってブレないの。未だにラーメン屋の長男から変わらない。

 私だけチグハグ。小学校低学年迄は普通の公立。突然にお嬢様学校に転入よ。まるで異世界転生モノみたいだったわ。

 だから……色々と……ワタシはチグハグ。

 自信がないの。


――ケチだし

 だって、小二迄はオヤツもなかったのよ。サルビアの蜜を吸ったりしてたのよ! ファッションはママのセンス……というより安いがサイコー大量購入。下着なんて快適ならなんでも良いわ。パリキュアは可愛いし! それにね、なんかこれ履いてると美奈は凄く私に優しいのよ。


――すぐ歌うし

 だって、暇な時は歌を歌うくらいしかなかったのよ。百円ショップで買い物するお小遣いも無かったのよ。一人歌うくらいしかないじゃない。もう癖になってるの。頭の中で一人考えてると口に出ちゃうの。で、歌った側から忘れるのよっ!


――だらしないし

 だって、小三迄は家にクーラーもなかったのよ! ラーメンの湯気は二階に上がってくるし。だからパンツ一丁で床を転がるしかなかったのよ! ちなみに冬は布団オンリーよ。コタツなんて無かったわ。電気代は敵よ!


 だから……私はチグハグ。家族以外には絶対に見せない秘密の姿だらけ。

 でも……私は自信を持って全力で自分らしくいる。ケチな私、お嬢様の私。どちらも絶対に捨てない。

 だからこそ……いつの日か全てを認めてくれる人が現れることを信じている。


「準備できたぞ……って、小さいエコバッグだな……」


 自慢げに持つエコバッグはハンドバッグくらいの大きさしかない。


「ふふふ、()()()専用だから良いのよ」

「……桃はどうするんだ?」


 小さなエコバッグから、更に小さいエコバッグを取り出す美織さん。


「桃専用よ。使い道に困ってたの。あー捨てなくて良かった!」

「お前……ブレないな」


End

【パリキュア】

正式名『パリピーキュアキュア』という女児アニメ。オシャレなアウトロー女子が魔法の()()()をつけて『パリキュア』に変身。真面目ぶった悪者を肉体言語でお仕置きする痛快格闘アニメ。

女児に絶大な人気。

大きなお兄さん達にも大人気。

ちなみに妹の美奈ちゃんも大好き、というより信者。

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