少女とぬいぐるみと少年と
あるところに、小さな女の子がいました。
女の子はお母さんもお父さんもいつもお仕事に行っていて、一人ぼっちでした。
友達はいません。幼稚園は行っていますが、引っ込み思案な女の子は他の子に話しかけることができなかったのです。
そんな女の子は、でも、寂しいとは思いませんでした。なぜなら大切なぬいぐるみがそばにいてくれるからです。
大きな犬のぬいぐるみ。
三歳の誕生日プレゼントにもらったそれは、女の子のたった一つの宝物です。
どんな時でも女の子は、ぬいぐるみを離しません。
ぬいぐるみはいつも女の子に寄り添ってくれました。
女の子が悲しい時には慰めてくれ、楽しい時には一緒に喜んでくれる。表情は変わりませんが、女の子にはそれがわかるのです。
ぬいぐるみだけが彼女の友達でした。
「ぼくがいなくなったらどうするの」
たまに、ぬいぐるみがそんな風に言っている声が聞こえる時があります。
ぬいぐるみの命だって永遠じゃないことは、女の子にもわかっているつもりです。でもぬいぐるみが不安そうにしている時、彼女は決まってこう言うのです。
「大丈夫。わたしとあなたはいつまでも一緒だからね」
しかし、そんなある日、突然ぬいぐるみが破けてしまいました。
お家の近くの公園の滑り台を滑っていた時のことです。滑り台の上に小さな枝があって、女の子と一緒に滑っていたぬいぐるみはそれが刺さって破けたようでした。
女の子の大事なぬいぐるみは、破けたところからワタが出てどんどんしぼんで行ってしまいます。
「どうしよう。どうしよう」
小さくなっていくぬいぐるみを腕に抱えた女の子は、今にも泣き出しそうです。
「どうしたの?」
するとその時、知らない男の子がひょっこり出て来ました。
近所の子でしょうか。男の子を見た途端、女の子はビクッとなって立ちすくんでしまいます。
男の子はどんどん女の子の方へ近づいてきます。
そして女の子の持っていたぬいぐるみをじっと見て、言いました。
「ああ、破れちゃったんだね。大丈夫、それなら僕のお母さんが直してくれるよ」
「……直して、くれるの?」
おずおずと声をかけた女の子に、男の子はゆっくりと頷いて、手を引いて歩き出します。
女の子は知らない男の子のことが怖くてたまりませんでしたが、大切なぬいぐるみのためならと、勇気を出してついていきました。
男の子のお家に行って、男の子のお母さんにぬいぐるみを直してもらいました。
「ぬいぐるみに綿を詰めて、こうやって縫い縫いしたら……ほら、元通り」
「ありがとう!」
女の子は男の子とそのお母さんにお礼を言って、ぬいぐるみを連れて帰ろうとします。
しかし男の子は彼女を引き留め、こんなことを言い出しました。
「きみ、ぬいぐるみが好きなの? もしそうなんだったら僕の部屋においでよ。ぬいぐるみ、たくさんあるから」
「本当? なら、見てみようかな」
恐る恐るやって来た男の子の部屋には、ぬいぐるみが所狭しと並んでいました。
小さなウサギ、熊、猿、羊、その他にも数え切れないくらいいっぱい。
男の子もぬいぐるみが大好きなようです。
女の子の手の中の犬のぬいぐるみが、嬉しそうに尻尾を振っている気がします。
そんなぬいぐるみの様子を見て、女の子は「仕方ないなあ」と思いながら、他のぬいぐるみたちと遊び始めました。
もちろん、男の子も一緒にです。
二人とたくさんのぬいぐるみたちは、日が暮れるまでずっとずっと遊んでいました。
何日か後、女の子がいつもの公園でぬいぐるみと二人で遊んでいると、また男の子と会いました。
鉄棒をしていた男の子は、女の子の姿を見つけるなり駆け寄って来ます。「今日もまた一緒に遊ぼうよ」と言うのです。
女の子は他の子供が苦手でした。
でも不思議と、この男の子のことはもう、怖いと思いません。ぬいぐるみを直してくれたし、それより何より遊んだ時とても楽しかったからでしょう。
「いいよ。今から行かせて」
少しモジモジしながら女の子がそう言うと、男の子はにっこり笑ってくれました。
大きな犬のぬいぐるみも、なんだかニコニコ笑っているように見えました。
「おめでとう」
そんな声が聞こえて来たのは、気のせいだったのかどうか、女の子にはわかりませんけれど。