プロローグ
私立國華学園に入学して初めての夏休み。
真夏の昼下がり、俺、櫻木颯は無気力なため息をつき横たわっていた。
いつもに増して無気力な理由は猛暑による疲れだけではない。その理由はほんの一時間前に起きたことである。
―――ピンポーン
惰眠を貪っていた颯の部屋にインターホンが鳴り響く。
「はーい」
宅配も頼んでいなかったので休み中のこんな時間に来る人の心当たりがなかった。睡魔と呼ぶには弱いものと戦いながらドアを開けてみる。
「よ。久しぶり。上がらせてもらうぜ」
バタン。もう一つ戦わないといけないものが増えたかもしれない。
「おい、ちょ、閉めるな!」
「俺の家は暇人の溜まり場じゃないぞ」
仕方なく再びドアを開けると唯一の仲の良い友人、古谷樹が立っていた。樹は中学の時からの友達でもある。
「すまん、少し相談があってだな」
「俺の家は相談所でもないぞ」
「まあそう言わずに、頼む」
普段はチャラいやつだが今日は少し困ったような表情をしている。不思議に思いながら家に入れた。
俺は都内のマンションの三階で一人暮らしをしている。俺の部屋はキッチンや風呂などの設備は充実してるがワンルームで小さい。だが家賃は親が払ってくれてるので文句は言えない。
部屋が小さいため二人だけでも狭く感じる。
昨日買ってきたばかりの二リットルのペットボトル麦茶を二つのコップに注ぎ、ポツンと部屋の真ん中ある机に置く。
「お、サンキュ」
「ん。で、早速本題に入るけどけど相談ってなんだ?」
「実はな、昨日彼女と揉めちまってよ。そこで相談に乗ってもらいたいなぁと」
「恋愛相談は遠慮したいのだが・・・なぜ恋愛経験のない俺に相談する」
「相談ぐらいは乗ってくれるだろと思ってさ」
俺は彼女などできたことがない。正確に言えば作ろうとも思わない。
樹は顔が整っていてイケメンと呼ばれる部類に入り、他人のことも気遣えて性格が良い。そうとくれば女子の中ではもちろん、男子の中でも人気が高い。恋敵にする人もいるが。
とりあえず揉めた理由を聞いてみる。
「何を揉めたんだ」
「勘違いというか、誤解されちまったんだよな。クラスのやつらと文化祭の打ち上げも兼ねて遊園地に遊びに行ったんだよ。そしたらたまたま沙耶も女友達で来てて鉢合わせてさ。それで浮気してるとんじゃないと疑われてな・・・」
國高の文化祭は夏休み直前に行われるため、文化祭を楽しんだあと、夏休み中に打ち上げと称して遊びに行く生徒も多い。
彼曰く、一緒に打ち上げで行った人の中に女子もいたらしい。
沙耶とは樹の彼女である、隣のクラスの葉山沙耶のことだ。葉山は元気という文字が具現化したような人である。学校の中でもかなりの美女であり可愛いと人気だ。沙耶のとびきりの笑顔に惹かれ、好意を抱いている男子も多い。
「ほら、あいつ結構はやとちりするだろ?」
「お前が他の女子と一緒に遊園地なんて勘違いするのも無理がないだろ。嫉妬なんて可愛いじゃないか」
「だろ?」
「惚気か。...とにかく誤解解くしかないだろ、それ。ちゃんと伝えるなら直接会って話した方がいいぞ」
電話やメールではまた誤解が生じかねないという危惧がある。
「やっぱりちゃんと弁解しないと何も進まないよな・・・でもどうやって?」
「打ち上げで行ったってこととか言ったのか?」
「イッテナイデス」
「言ってないならそりゃ余計疑われるだろ」
ため息をついて少し呆れた。
樹は忘れてたと言わんばかりに「あっ」と口を開けている。
こいつは天然なのかアホなのか。多分後者だ。
「そ、それもそうか。アドバイスありがとよ。明日直接会って話すわ」
「おう。頑張れよ」
「ところで今からゲームしないか?」
「断る」
「つれないやつめ」
樹は手をひらひらさせながらケラケラと笑っていた。
来た時より明るい表情になった樹の帰りを見送った。
「これ、俺がアドバイスするほどのことだったのか?」
嵐が去り、静寂を取り戻した部屋で一人で呟いた。だが力になれて悪い気はしない。
「まあいいか」
恋愛は大変だなぁと自分とは無関係なことに疲れて無気力に寝そべった。