第33話 最強の市民
「あの剣がお前の物で、二人に貸していただけだから返せだと?」
ゼッツさんの計らいで、俺はエブスと接触する。
金髪の見るからに高慢そうな男で、あからさまに此方を見下している感じだ。
正直、今回の一件が仮に無くても絶対に好きになれそうにないタイプである。
「ええ、私の護衛用に貸し出していた貴重な物ですので。出来れば返して頂きたいのですが」
「はっ!無理だな。親衛隊長であるゼッツ殿の口利きがあったから釈放自体はしたが、奴らは今現在も有力な容疑者である事には変わりない。あの2本の剣が凶器である可能性がある以上、返す訳にはいかん。諦めろ」
まあそう言うだろう事は分かっていたし、そこはどうでもいい。
剣を返せと言う名分での接触ではあるが、本気で取り戻そうとしている訳ではないからな。
顔合わせしたのは、彼が本当に犯人なのか確認する為だ。
「ベニイモさん達の話によると、エブス殿が自分達を殺そうとした。と言っているのですが?武器を奪ったのは、上手く行かなかった腹いせとも」
まあ回りくどいやり取りをするのもあれなので、ド直球で聞きたい事を尋ねる。
相手を怒らせる事になるかもしれないが、重要なのは返答を引き出す事だ。
否定の返事さえ貰えればいい。
「はっ!何を言い出すかと思えば!少し厳しく取り調べしたからと言って、私への逆恨みも甚だしい!」
「では、根も葉もない言いがかりであると?」
「当然だ!全てを持つ私が、何故平民如きを手にかけねばならん?そんな言葉は、何も持たない奴等の高貴な物への下らん嫉妬だ。話にならん」
平民である人物を目の前にして、平民如きと言い切るあたり、本当にいい性格をしている。
だがまあ裏は取れた。
――奴の言葉は嘘だ。
――俺には、奴の付く嘘が全て透けて見えている。
アサシンの【察知】と言うスキルには、危険を感じる以外にも、嘘を見抜く効果もあった。
ただし何でもかんでも無条件に見抜くのではなく、その成否はステータス依存となっている。
スキルの発動条件としては、知力と精神の合計が相手より高い事が絶対であり、ステータスの差が大きい程相手の嘘を見抜きやすくなる仕様だ。
――そしてその差が3倍以上になると、100%確実に相手の嘘を見抜く事が出来た。
言うまでもないが、俺とエブスには3倍以上の差が開いている。
騎士系は知力や精神が高くなく、俺はそちら方面のステータスもマスタリー系で大幅にブーストされているからな。
3倍くらい余裕だ。
「そうですか。失礼しました。まあ証拠としてと言うなら、仕方がありませんね。素直に諦めるとしましょう」
こいつが犯人だと分かった以上、もうここに用はない。
エブスと対面するのは不快なので、さっさと退散させて貰うとする。
「エブス殿。貴重なお時間を私事で割いて頂き、ありがとうございました」
「ゼッツ殿に頼まれては断れませんから。しかし……昨晩の王女暗殺未遂の調査があるでしょうに、こんな所で油を売っていていいんですか?」
厭味ったらしく、遠回しに「ちゃんと仕事をしたらどうだ」とエブスはゼッツさんに言う。
本当にいい性格をしている。
まあそこは良いだろう。
問題は、奴が平民である俺の前で堂々と王女暗殺未遂を口にした事だ。
普通に考えれば、トップシークレットを部外者の前で話すなどありえない。
こいつが余程迂闊なアホか。
もしくは意図的に流したか、だ。
まあ普通に考えれば後者だろうな。
その意図は良く分からないが、俺がパッと思いつくのは、噂を広めて親衛隊の評判を落とすとかそんな物ぐらいだ。
それが奴に何のメリットがあるのかは知らないが……
まあ性格が悪そうなんで、単に嫌がらせとしてやってるだけの可能性もあるか。
「城内でその様な事があったのですか?恐ろしいですね。容疑者などは上がっているのでしょうか?聡明なエブス・ザーン殿なら、もう目星がついておられるのでは?」
王女暗殺は俺も少し気になっていた。
関わりがないとはいえ、小さな子供が狙われた訳だからな。
お世辞を交えつつ尋ねたのは、こいつが何か知ってるんじゃないかと思ったからだ。
俺達を襲撃した相手と、王女を襲った相手はよく似ていた。
まあ暗殺者なんて全員同じ様な武器格好で活動していると言えばそれまでだが、聞くだけならタダだし。
「ふ。いくら私が万能でも、流石にそこまでは分からんよ。王族に仇なすなど、本当に恐ろしい話だ」
はい、嘘。
どうやらエブスには、犯人の見当がついている様だ。
もしくはこいつ自身が関わっているか。
嘘の内容まで分ればいいんだが、まあそれは流石に無い物ねだりか。
「そうですか。一刻も早く犯人が捕まる事を、一国民として願っております。では」
聞く事ももうなさそうなので、俺は一礼してゼッツさんと共にその場を離れた。
王女暗殺の一件は、奴を始末する時もっと詳しく聞くとしよう。
「ゼッツさん。奴が犯人で間違いありません」
「そうか……どうしても君が手を下すのか?」
「勿論です。それと王女暗殺の件ですが、情報が入り次第お伝えしますよ」
「……分かった、頼む」
ゼッツさんは今の一言で、エブスが関わっているかもしれない事を理解したのだろう。
特に詳しい説明を求められる事はなかった。
「ん?」
長い廊下を歩いていると、前方から50代程の壮年の男性が近づいて来る。
その人物と俺の視線がかち合う。
瞬間――
「――っ!?」
男の体から、凄まじい殺気が放たれた。
察知所か、直接肌に感じるほどの物だ。
正直意味が分からない。
男は殺気を放ったまま、静かに此方へと近づいて来る。
「ゾーン・バルター様……」
ゼッツさんが苦し気に男の名を呼ぶ。
肌に直接感じるほどの強烈な殺気だ。
当然彼もそれは感じている。
しかし……こいつが最強の市民か。
漠然とだが、目の前の男がゼッツさんやイモ兄妹よりもずっと強い事は俺にも分かった。
この域に至るまでに、この人はどれ程の努力を重ねてきたのだろうか?
それは素直に凄いと思える事だ。
「ああ、すまんな。別格であるその少年を見て、つい血湧き肉躍ってしまった」
血湧き肉躍るなんて言ってはいるが、明らかに憎しみや殺意の籠った様な殺気だった。
確実に嘘だが、察知はそれを見抜けない。
ステータスに大きな差がないせいだろう。
「そうですか。彼の力を一目で見抜くとは、流石バルター卿ですね」
強烈な殺気が収まり、ゾーン・バルターの顔は柔和な笑顔へと変わる。
だが察知は今尚、目の前の男が危険だと告げていた。
俺、この人に何かしたかな?
知能のステータスが高いので、俺は一度見た相手の顔なんかは決して忘れない。
だが、この人物に関する記憶は特になかった。
恨まれる理由はない筈だが……
「ひょっとして、君がゼッツ君やソアラ君が言っていたアドル君かね?」
「はい。初めましてゾーン・バルター様。アドルと申します」
ソアラから俺の話を聞いていた様だ。
ひょっとしてそのせいか?
って、流石にそれはないな。
話を聞いただけで、強烈に憎むとかありえんし。
「君の事は市民でありながら、勇者に匹敵する程の天才と聞いている。若いのに大したものだ」
「恐縮です」
適当に返事を返しておく。
正直、彼とのやり取りは居心地が悪かった。
意味不明の敵意を向けられているせいで。
「ソアラ君の事は残念だったが、君の様な若者がいればこの国の未来は明るいだろう」
「……」
まるでソアラの事が、もう終わった事であるかの様な口ぶりだ。
それに対し、俺は素直にはいと答える気にはなれなかったので口を噤む。
「バルター様、それは……」
「む……私としたことが失言だったな。すまなかった」
「ああ、いえ。お気になさらずに」
失言……ね。
静かな殺意を向けられているこの状態で言われても、本気でその言葉を信じる気にはなれない。
まあ多分わざとだろう。
「おっと、用があるのを忘れる所だった。じゃあ私はこれで失礼するよ」
そう言うと、彼はその場を去っていく。
途中からは平然とした態度を取っていたが、その姿が完全に見えなくなるまで察知は相手の殺意を俺に伝え続けた。
ゾーン・バルター。
一体俺にどんな恨みがあると言うのだろうか?
ソアラやゼッツさんが俺の悪口を言ったとも思えないし、全く分からない事だらけだ。




