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二人の家庭教師と母親

 その日の夕食には珍しく父親もいた。


「お父様ぁ。伯母様に『お願い』するの、お姉さまにダメって言われてしまったんですぅ」


 どうやらアリアが言ったことを理解していないらしいリリスは、そう父親に告げ口をした。

 もちろん、アリアだってその気持ちは分からなくもないし、父親に言うのも分からなくもない。しかし、この場には母親もいる。案の定、母親を見ると思いっきり顔をしかめていた。


「分かった、リリス。欲しいものって何だい?」

 父親はリリスに甘かった。もちろん、昨日までのアリアにも甘かったが、今の態度を見ると、おそらくあの後にフレデリカから何かしらを聞かされたのだろう。

 父親と妹の様子にアリアは軽く頭痛を覚えたが、二人とも変わらないというのならば、仕方がない。せめて自分とミスティア王女だけでも助かるべく動くだけだ。



 それから数日後、アリアは母親の昔からの知り合いだという二人の家庭教師に会うことになった。

 片方は白髪の老齢の男性で、もう片方はこげ茶色の髪をした妙齢の夫人だった。

 二人とも柔らかそうな印象を持つが、その実は多分、切れ者だろうというような印象を何故かい抱いてしまった。


「私自身は残念ながら違う方でしたが、二人とも私の妹であるエンマを教えていました。ちょうど先日、彼女の家の茶会に行ってきた時に会ったものですから、お願いしました」


 エレノアの言葉はアリアを驚かせた。

 なぜなら、エレノアの妹のエンマと言えば、記憶が間違っていなければ国王補佐官だったはずだ。そんな頭のいい女性の子供時代に教師だった、ということは、アリアにとってはこれ以上ないくらい、良い環境なのだ。

 そうしなければ、それを作ってくれた母親にも、『問題児』アリアの面倒を見てくれることになってくれた二人にも、そして、そのなかだちをした叔母にものちのち、顔を合わせられない。


「初めまして。レナード・バイオレットと申します」


 先に挨拶したのは、白髪の老人――バイオレットと名乗った男性だった。

 彼は爵位こそ低いが、あらゆる学問に精通していることもあり、先代国王に気に入られたという。彼は一般教養の担当であり、主に政治や経済、歴史などの座学を学ぶことになるという。


「よろしくお願いします」


 アリアは軽く裾をつまんでお辞儀した。すると、隣の女性が目を少し見開いたものの、何も言わなかった。目を見開いたのはいったい、どういう意味なのだろうかと思ったが、その場では聞けなかった。

 しかし、その女性の次の言葉で理由は分かった。


「初めまして、お嬢様。セリーナ・ブラッサムです。マナーを教えさせていただきますが、あなたは噂で聞いたアリア・スフォルツァとは違うようですね――――――そうだわ。エレノア、あれ(・・)を準備してあるかしら?」


 どうやら、アリアのことを挨拶もできない子だと思っていたらしい。

 まあ、間違ってはいなかったのだが。


「あら、さっそくするの?」


 エレノアは驚きつつも、笑顔で答えた。普段、家では見せない笑みを見せたことに、アリアはこの二人が茶会で出会った以上の仲なのだと気づき、驚くとともに、納得もできた。

 アリアが驚いている様子を見つつも、エレノアはすぐさま持ってくるようにと、専属の侍女に指示した。


「ええ、しますわ」


 マダム・ブラッサムは言葉短く、きっぱりと言った。しかし、その言葉には何故か、アリアを信用しているような雰囲気があった。

 気のせいかもしれないが。


 マダム・ブラッサムが作法の確認をしたい、と言ったのは紅茶の入れ方のことだった。しばらくして侍女やメイドによって用意された茶器や茶葉を前にして、少しだけアリアは頭の中で自問自答した。

 何故かというと、この世界で使われる茶器とか茶葉が、果たして前の世界のもの同じものか分からなかったのだ。


 だが、この世界が『作られたもの』であるのならば、使われる茶器や茶葉は同じ用途のものである可能性が高い、と判断した。


 アリアはポットに少しだけお湯を注ぎ、温めた。


 その後、お湯を捨てて、茶葉を入れ、再びお湯を注ぐ。

 茶葉を蒸らすためにふたをし、数分間待つ。

 普段は、最初に主人や客人の好みを聞いておくべきところだが、今回は聞く余裕がなく、最初から、マダム・ブラッサムとバイオレット氏の二人分と言われていたので、無難だろう渋みやにおいが少ない茶葉を選んだ。


 待っている間にカップの絵柄を確認した後、カップに白湯を少し入れて、軽く振とうした。

 お湯を捨てる。そうして、蒸らして成分を抽出した紅茶をカップに注いで、ソーサーに置き、テーブルに置いた。



「素晴らしい出来ね、さすがエレノアの娘だわ」


 二人の前までカップを運んだアリアは緊張していたのか、肩の力を抜き、少し息をついた。その様子を見たマダム・ブラッサムはにこやかな笑みを浮かべ、アリアを褒めた。


「最初、バイオレットにお辞儀していた時も思ったのだけれど、髪色さえ違わなければあなたそっくりだったわ、エレノア」


 マダム・ブラッサムの言葉にエレノアも破願した。今はアリアの作法の確認という試験が終わったので、アリアもまた同じ席についてよいといわれた。

「ありがとう。そう言っていただけると助かるわ」

「あの女がいなければ、あなたももう少し王族として、威張っていてもいいのに」


 マダム・ブラッサムはフレデリカ伯母のことを『あの女』と呼んだ。

 なにか彼女との間にあったのだろうか。


「子供の目の前でやめて頂戴な。それに、私の王族としての籍はもうないわ」

 この話はおしまい、というようにパチンと扇を閉じながらエレノアが言った。バイオレット氏は何も言わず、ただ出された紅茶を柔らかい眼差しで飲んでいた。


「ふふ。でも、あなたもあの女と対決する気になったから、こうやって早めに私たちにお願いしにきたんでしょう」


 マダム・ブラッサムは微笑みながらそう言った。あながち間違っていないので、エレノアは肯定しておいた。


「ええ、そうよ。フレデリカは公爵家の一の姫なんだから、まともな教育を受けてきたでしょうに」


 エレノアは笑いながら言ったが、言葉にとげがかなりあった。先日までとは違う母親の様子に驚きながらも、こういう一面があるんだ、と感心してしまったアリアだった。


「奥様がた、そう言わずに。二番目の姫であっても、伯爵家のシシィ嬢のように、きちんと受けてきた娘もいるんですから、結局は本人の資質なのでは?」


 それまで黙って聞いていたバイオレット氏が微笑んで、さらりとフォローになっていないことを言った。

 ちなみに、『伯爵家のシシィ嬢』とは現在の王妃であるシシィ殿下の事だった。フレデリカに勢いを抑えながらも、二児の母であり、王位継承者をしっかりと育て上げているという噂はアリアも聞いたことがあった。


「あら、バイオレット様も言われるじゃないの」

 いたずらっ子のように目を輝かせながら、マダム・ブラッサムはそう言った。

「私はすでに王宮を辞している身。何言っても咎められませんぞ」

 バイオレット氏もまた、快活に笑いながらそう言った。

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