工場(こうば)にて①
彼に連れられて近くの建物に入った。そこは集団で作業する場所で、大人数の女性たちが火にくべた釜の中身と格闘していたり、たくさんの野菜の処理を行っていたりしている。
「レウニス」
一人の若い女性がアリアとともに来た青年の名を呼んだ瞬間、その場にいた女性たちの視線がすべて二人のほうに向いた。
「なにやってんのよ、あんたは。今、領主様の館に客人が来てて、その方に提供してもらうための食材を準備してるんだけど」
「すまない。この娘がここを見たいって言って連れてきた」
アリアを連れてきた青年、レウニスは最初に声をかけてきた女性にそう頼んだ。彼女は腰に手を当て、彼女を見つつ少し考えているようだった。アリアは自分がまさかその領主の館にきている客人だとは言えなく、ただバツの悪い気分になっている。
「いいよ、教えてやるさ」
少し間が空いたものの、そうその女性は言ってくれ、アリアを連れて別の建物へ向かった。
「あ、あの。どちらに向かうのですか」
彼女の思いがけない行動に、慌てた声を出した。治安の悪いフェティダ領というのをいまさら思いだしたが、遅い。もし、人攫いなら――――
「大丈夫さ、何にも悪いことはしない。ただ、あんたの服はちっと作業するには向いてないんでね」
アリアの不安を読みとったのか、女性はにこりと笑ってそう言う。平屋建ての建物の中に入ると、迷わず近くの部屋に向かった。どうやらそこには女性たちが着ているたくさんの作業着が置いてあるようで、その中から数着出し、どれがぴったり合うか肩幅や袖口を確かめる。
「まあ、これでいいか」
女性はもう一度にっこり笑うと頷き、アリアにその服を渡した。
「動きやすい――」
渡された服を着てみると、非常に動きやすかった。
「そりゃそうさ。ここではだれもが働けなきゃ意味ないんだ。だから、当然みんな動きやすい衣服になるさ」
女性はそう言いつつ、彼女に対して目を細めた。ちょっとだけこの服が王宮侍女たちの制服に採用してもらえないだろうかと思ってしまったアリアだったが、女性はそんな彼女の思考に気づくことはなかった。
「しっかし、レウニスも上品な嬢さんを連れてきたもんだ。あいつの嫁にもらいたいよ」
アリアが作業着を着ている間、女性は彼女の背筋のよさや肌のきめ細やかさなどからそう呟いたが、それはアリアに届く前に消えた。
その後もう一度、先ほどの建物に戻って、大きな部屋に連れこまれた。
「なにこれ」
そこにあったのは、大きな釜や机に並べられたさまざまな型を見て、おもわず声をあげてしまった。
「チーズ作りの作業場だよ。フェティダ領は見てもらったとおり、畜産が盛んだからね。今は牛のチーズを作ってるのさ」
女性は驚いているアリアに工程の説明をしていく。
「まず発酵させるために必要な菌を入れるんだけど、牛乳の温度が低いといけないから、温めなきゃいけない。とはいっても、温めすぎもよくないからきちんと温度管理をしなきゃいけないねぇ」
そう言いながら、通路を進んでいく。
「で、菌を入れて、少し寝かすんだ。その間もきちんと温度管理をしてね。そっから凝固剤を入れて、また少し待つんだ」
前世では食べることしかなかったチーズ。その工程はすごく辛抱しなければならない、大変なものだった。
「ちなみにこの凝固剤は羊の胃からとったものだ。ここらへんではごく当たり前にあるが、なかなかこの王国では手にいれにくいもんだ。だから、ずいぶん昔の王様はここを手にいれたかったのさ」
結構多くの人がここを訪れているのか、説明に淀みないし、どんなものを使っているのだろうか、なんでここが重要だったのかなど丁寧に教えてくれる。
「かたまったチーズは最後に形を整えて、梱包していくのさ」
女性はどうだい? と朗らかに笑う。形が不揃いで近郊の市場に出さないというチーズを見た彼女はそうだと言う。
「ちょうどいいところに肉の腸詰があるから、それと一緒に燻製にしよう」
今度はそれらを女性たちにどこかへ持っていくよう指示した。
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